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忠実なる糸──『夜を渡る覚悟』

──信じるとは、疑わないことではない。疑いの果てに、それでも手を取ることだ。


私の歩む先には、もう揺らぎなどなかった。


夜の王都は、昼間とは異なる顔を見せている。


普段華やかな大通りも、人の姿が絶えれば陰鬱な空気が辺りを満たす。そんな中を、私たち三人は無言で進んでいた。


「サンゼール先輩、ティタお嬢様の行きそうな場所に何か心当たりはありませんか?」


沈黙を破ったのはイワンだった。彼の声には焦りと期待が入り混じっている。


「申し訳ありません……お嬢様がどこへ向かわれたのか、私には見当がつきません」


サンゼールの表情は、これまで見たことがないほど沈痛なものだった。その瞳には、深い悔恨が静かに滲んでいるように見える。


「大丈夫ですよ、イワン。サンゼール」


私は二人に向けて穏やかな微笑を浮かべて見せた。その言葉に、イワンが不思議そうに顔を上げる。


「クロード先輩、なぜそんなことが言えるんですか?」


彼の素朴な問いに、私は静かな路地にかかる夜の店の軒下を指差した。そこには微かな月明かりに照らされ、細やかな網目を輝かせる蜘蛛の巣と、その中央に鎮座する一匹の蜘蛛があった。


「これです」


イワンが思わず顔を近づける。


「……蜘蛛、ですか?」


私は小さく頷き、静かに語り始めた。


「聞いたことはありませんか? 私は、元『蜘蛛の執事』なのですよ」


一瞬、言葉が落ちた。サンゼールが無言で息を呑み、イワンがぽかんと口を開ける。


「えっ、『蜘蛛の執事』……って、あの……人間になったって噂の化け蜘蛛?」


私は微笑んだまま、さらりと言葉を継ぐ。


「全盛期のような力はありませんが、蜘蛛たちは未だに私の眷属のようなものです。さきほど、近くの蜘蛛たちに『赤毛の若い女性を見なかったか』と訊いたところ、しっかりと返答がありました」


「そ、そんなことまでできるんですか、クロード先輩……」


イワンの呟きに、私はやわらかく頷いて答える。


「蜘蛛は物静かで慎ましやかな存在ですが、非常に忠実で情報収集に長けていますから」


サンゼールは、未だ言葉を見つけられずに立ち尽くしていた。私は彼に視線を向けると、ひとつ思い出したように言葉を継いだ。


「そういえば、あの侯爵夫人のおもてなし勝負の時も。私があらかじめ準備万端だった理由、気づいていましたか?」


サンゼールが小さく顔を上げる。私は微笑みながら答えた。


「実は、あのときも事前に伯爵と侯爵夫人が会話していた内容を、蜘蛛経由で聞いていたのですよ。どんな趣向を好まれるか、知っていたのです」


イワンがまた驚きの声を漏らすが、私はその驚きを受け止めるでもなく、たださらりと次の言葉へと進める。


「さて。ティタ嬢は、どうやらアポロの別宅に入ったようです」


サンゼールが目を見開く。その表情は緊張と決意で引き締まっていた。


「急ぎましょう。猶予はありません」


私の言葉に、サンゼールもイワンも強く頷いた。夜の風が背を押してくる。蜘蛛たちの報せは確かだ。ならば私は、その静かなる忠義に応えるまでだ。


たった一つの確信が、千の不安に勝る。だから私は迷わず進む。

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