正義の匙加減──『美味とは、誠実なり』
──勝負の決着というものは、往々にして沈黙の中で下される。
だが、今回は違った。あからさまな緊張が、伯爵の額に滲む汗となって現れていた。
「さ、さあ……侯爵夫人。そろそろ、ええと……結果をお願いできればと……」
伯爵の声には焦りが色濃く滲んでいる。まるで崖っぷちに追い詰められたような、悲痛な響きすらあった。
男爵様は苦笑を浮かべながら紅茶を啜っていたが、手元のカップが少し震えている。つい先ほどまで、あれほど上機嫌だった少年執事はどこかソワソワと落ち着かない様子で、私と侯爵夫人を交互に見ていた。
侯爵夫人は、ゆっくりとティーカップをソーサーに戻し、優雅に微笑んだ。その姿は、まさに審判者そのものだった。
「ええ、そろそろよろしいでしょう。まず、サンゼールのもてなしは本当に見事でした。お茶も美味しかったし、ケーキや細工菓子も目にも麗しく、たいへん満足いたしました」
サンゼールは穏やかな表情で一礼した。その仕草に一切の乱れはない。彼の育ちの良さと献身の深さがにじみ出ている。
「ですが、正直申し上げますと……少し、重かったのです。ケーキも軽食も、最初の一口二口は良いのだけれど、終盤になると胃にずしりと来てしまって」
「……なるほど」
伯爵が唇を噛みながら呟く。
「その点、クロードのもてなしは非常に計算されていました。ジャスミンや金木犀の香り、ヴェリーヌの軽やかさ。オーギョーチや天心の繊細さ。甘味と塩味のバランス、温冷の組み合わせ、そして見た目の美しさまで……食べ進めるほどに、次の一口が楽しみでした。最後まで、美味しかったわ」
私は黙って会釈する。感謝を述べることは簡単だ。だが、ここで余計な言葉を挟むのは、もてなしの余韻を損なうだけである。
「それにね、不思議なのだけど──食べ終えたあと、なんだか身体がすっきりしたの。重たくなるどころか、むしろ元気になったような感覚すらあるのよ」
その一言に、伯爵の目が見開かれた。サンゼールも思わずこちらに視線を送る。私は静かに口を開いた。
「先ほどお出ししたお茶やデザートには、美肌効果、疲労回復、リラックスなどの効能がございます。味と見た目を楽しんでいただくだけでなく、体にも優しい──三拍子揃ったおもてなしを心掛けました」
「まあ……」
侯爵夫人はまた一口お茶を含み、柔らかに微笑んだ。
「それならば、今回の勝負──クロードの勝ち、ですわね」
「っ……!」
伯爵が声を詰まらせた。男爵様は胸を撫で下ろし、少年執事は俯いたまま耳まで赤くなっていた。
「完敗です、クロード様」
サンゼールが歩み寄り、潔く頭を下げる。その姿は実に立派で、思わず敬意を抱くほどだった。
だが、事はまだ終わらなかった。侯爵夫人がティーカップを置くと、さらりと、とんでもないことを言ったのだ。
「ごめんなさいね、アルフォンス伯爵。事前にお願いされていたのに、嘘がつけなくて」
……静寂。
「……お願い?」
男爵様が眉をひそめる。
「ええ。『うちのサンゼールを勝たせてほしい』って、あなた、頼んでいらしたじゃない? でも、クロードのもてなしがあまりにも見事だったから……ねえ、嘘なんて、とてもつけませんでしたわ」
伯爵の顔がみるみる青ざめていく。私は表情一つ変えず、そっと背筋を正した。
「べ、別に! あれはただの挨拶というか、冗談で……!」
「伯爵様」
私は静かに声をかけた。
「もてなしとは、誠実であるべきです。そして、誠実さとは、味だけではなく行いにも表れるもの──本日は、それを再確認させていただきました」
侯爵夫人はにこやかに頷き、男爵様は「……な? クロードが怒ると怖いだろう?」と小さく呟いていた。
──これにて、勝負ありである。




