新郎は騎士団長にご挨拶する
──人生というものは、予測不能なものだ。
私は数え切れないほどの糸を張り巡らせてきた。
ありとあらゆる計画、あらゆる手段を用いて、最悪の事態を避けてきたつもりだ。
だが──自分が張り巡らせた糸に絡め取られる未来があるとは思っていなかった。
「……クロード、久しぶりだな」
──来たか。
式の途中、現れたのは例の騎士団長だった。金髪に陽光を受けて光る鎧は、今も変わらず輝きを放っている。
騎士団長の声は相変わらずまっすぐだった。無駄のない立ち姿、整った笑顔、鎧に反射する光──全てが“理想的な人間”そのものだ。
彼がこの場にいるだけで、式場の空気は引き締まる。
「騎士団長殿……お越しいただき、ありがとうございます」
私はすっと頭を下げた。
「……先日は、無礼を働きました。あなたを巻き込んでしまったこと、深くお詫びいたします」
言葉に偽りはない。
彼を巻き込んだことは、心の底から申し訳ないと思っている。
すると、横に立っていたお嬢様──アトラが、軽やかに笑いながらこう言った。
「騎士団長様、本当にごめんなさいね。あと……クロード、あなたもね」
「……え?」
思わず声が漏れる。
謝罪すべきは私だけのはずだ。
「実は……あの時、私があなたにヤキモチを妬いてほしくて、騎士様を使ったの」
時間が止まった。
ヤキモチを……妬かせるために……?
使った……? 騎士団長を……?
私の脳内で糸が一気に絡み合い、混乱という名の巣を作り上げた。
「だって、いつまで経っても気づいてくれないんだもの」
アトラはいたずらっぽく微笑む。
しかし、その笑顔は、私を心底参らせる力を持っていた。
「でも、おかげでプロポーズされたわ。ありがとう!」
私は目を見開き、驚愕のまま彼女を見つめる。
──感謝、されている?
私の隣で騎士団長も沈黙していた。
互いに顔を見合わせる。
どちらの顔も、おそらく似たような表情をしていただろう。
そこには言葉にならない“共通の理解”があった。
そういうことか──と、気づいてしまった二人の、無言の交わり。
「……やれやれ」
騎士団長は溜息をつき、少しだけ肩をすくめた。
「二人とも……本当にお似合いですね」
その声は皮肉ではなく、むしろ本心からの祝福だった。
静かながらも確かな響きがあった。
「末長くお幸せに」
言葉を残し、騎士団長は再び短く息を吐き、軽い敬礼をして立ち去った。
背中にあるのは、潔さと苦笑いだった。
私はその背を見送る中で、未だに信じがたい現実に浸っていた。
だが、横でアトラがふんわりと私の腕に触れ、穏やかな声で言った。
「もう……婚約者を追い払わなくていいのよ?」
──ああ、終わったのだ。
けれど、それは始まりの合図でもある。
私はお嬢様の瞳に映る自分の姿を見つめ、静かに目を閉じて頷いた。
──これが“運命”なら、私は喜んでその巣を張り続けよう。
彼女のためだけの、決して解けない糸を──