第9話:迫りくる闇
倉庫の外から響く叫び声と喧騒が次第に大きくなり、緊張感が倉庫全体を包み込んでいた。リュシアンは剣を握りしめ、ルイとソフィを守れる位置を確認する。二人は不安げな表情を浮かべながらも、リュシアンの背に信頼を寄せていた。
「リュシアン、何が起きてるの?」ソフィが怯えた声で尋ねる。
「心配するな。俺が絶対に守る」
そう答えながらも、リュシアンの視線は倉庫の扉に釘付けだった。外では金属を打ち鳴らす音が響き、侵入者が扉をこじ開けようとしているのがわかる。
倉庫内では、ジュールやエティエンヌ、そして他の若者たちが武器を手に取り、それぞれの配置につき始めていた。ベルナールの低く響く声が指示を出す。
「防御陣形を組め! 奴らの侵入を許すな!」
エティエンヌがリュシアンのそばへ駆け寄る。
「お前も手伝えよ。子どもを守るのは大事だが、戦力が足りない」
リュシアンは一瞬迷ったが、剣を見つめながら決意を固めた。
「分かった。ただし、兄妹に何かあれば、責任を取ってもらうからな」
「了解だ」
エティエンヌは笑みを浮かべたが、その目には緊張の色が濃く浮かんでいた。
次の瞬間、倉庫の扉が激しく揺れ、大きな衝撃音とともに破壊された。
黒い影のような装備をまとった兵士たちが突入してくる。彼らは無言のまま整然と動き、鋭い武器を振りかざして周囲を威圧する。
「くそっ……!」
リュシアンは剣を構え、突進してきた兵士の一人を迎え撃つ。鋼と鋼がぶつかり合う鋭い音が響き、衝撃が腕を痺れさせる。
ジュールがリュシアンの隣に立ちながら叫ぶ。
「こいつら、街の支配者が送り込んだ兵士だ! 俺たちの動きがバレた!」
「こんな人数で、何ができる?」
「勝つ必要はない。ただ、時間を稼げばいいんだ。俺たちにはまだ逃げ道がある」
リュシアンは背後のルイとソフィを一瞬振り返る。
「時間を稼ぐって……子どもたちを守る余裕があるのか?」
ジュールは強く頷く。
「約束する。あの子たちを危険にはさらさない。だが、君の力が必要なんだ」
その言葉に応えるように、リュシアンは剣を振るい、次々と兵士たちを押し返していく。
倉庫の奥から、突然、重々しい轟音が響いた。
リュシアンが振り返ると、床下から巨大な装置がせり上がってくる。それは複雑な歯車と機械部品で構成された、未知の装置だった。
ベルナールが声を張り上げる。
「全員、装置の周りに集合しろ! これが脱出の鍵だ!」
兵士たちも装置に気づき、攻撃の手を緩めることなく迫ってくる。リュシアンは敵を振り払いながら叫ぶ。
「一体、どうやってこれで逃げるんだ!?」
ベルナールは装置に向かってスイッチを操作しながら答える。
「これは、この街の地下トンネルを開く仕掛けだ! だが、起動には時間がかかる!」
「時間を稼ぐって、こういうことか……!」
ジュールとエティエンヌがリュシアンの側に集まり、共に兵士たちを食い止める。ジュールが息を切らしながら声を上げた。
「リュシアン、そろそろ子どもたちを連れて行け! 俺たちがここを守る!」
「馬鹿言うな! お前たちだけで残るのは無理だ!」
エティエンヌが笑いながら、それでも真剣な目で答える。
「大丈夫だ。俺たちもちゃんと逃げるさ。ただ、まずはあの子たちを頼む」
リュシアンは迷ったが、二人の言葉を信じ、ルイとソフィの元へ走る。
「行くぞ。俺たちは先にトンネルに入る」
ルイとソフィを抱きかかえながら、リュシアンは装置の開いたトンネルへ飛び込んだ。
その直後、ジュールとエティエンヌも最後の一撃を防ぎながら装置に駆け寄る。
ジュールがベルナールに叫ぶ。
「もう全員避難した! 俺たちも行く!」
エティエンヌが装置のスイッチを操作し、起動を早めると、二人は無事トンネルに飛び込んだ。
リュシアンが振り返ると、ジュールとエティエンヌが無事追いついてきていた。二人とも傷を負っていたが、笑顔を浮かべている。
「言っただろ、俺たちも逃げるって」
エティエンヌが肩をすくめる。
「無茶しやがって……」
リュシアンは苦笑しながらも、彼らに安堵の表情を向けた。
トンネルの奥へと進む一行の背後では、倉庫内の戦闘が激しさを増していた。
やがて、装置が完全に崩壊し、トンネルの入り口が封鎖される。
ベルナールが静かに呟いた。
「これで時間は稼げた……次の一手を考えねばな」
彼らの旅は続く――新たな危険とともに、希望もまた見え始めていた。