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第48話 「檻の気配」

ヴェルサイユの朝は、いつも通りに始まった。

 廊下を磨く音。窓を開ける音。衣擦れの音。

 王妃の一日は、誰にも狂わせられない――それが宮廷の常識だった。

 だが、その常識は、目に見えない形で変わり始めていた。

 マリーが私室から出ようとした時、侍女が小さく言った。

「本日は礼拝堂の使用時間が、短くなるそうです」

「短く? 誰が決めたの」

「……安全上の理由、と」

 その言葉に、マリーは一瞬だけ黙った。

 表情は崩さない。崩せば“王妃”が揺らぐ。

「分かったわ。いつも通りに行くわよ」

 いつも通り。

 その言葉を口にした瞬間、マリーの中で、別の感覚が静かに鳴った。

 ――いつも通りではない。

 回廊の角で、シャレットが立ち止まった。

 視線の先には、見慣れない男が二人いた。礼装だが、動きが固い。

 宮廷の者ではない。

 兵でもない。

 それなのに、歩き方だけで分かる。

 “見ている”。

 シャレットが戻ると、ピシグリューとド・モードがすでに状況を拾っていた。

「侍女が増えましたね。顔が違う」

 ド・モードが低く言う。

「増えたんじゃない。入れ替えだ」

 ピシグリューは壁に背を預け、淡々と続ける。

「古い者を外して、新しい目を入れる。よくある手口だ」

 シャレットが言った。

「礼拝堂も、時間を削られてる」

 ピシグリューは眉一つ動かさない。

「次は手紙だな。検閲が入る」

 ド・モードが頷く。

「既に一部、止まっているそうです。返事が届かないと」

 静かな会話だった。

 だが、その静けさの中に、刃があった。

 シャレットは短く言う。

「囲いだ」

 ピシグリューが目を細める。

「檻の作り方は丁寧だ。丁寧なほど、逃げ場が消える」

 ド・モードは視線を上げ、回廊の向こうを見た。

 王妃の行き先は変わらない。

 だが、王妃へ届く“道”だけが狭くなっていく。

 その頃、パリでは、別の机が同じ方向を向いていた。

 机の上に置かれた紙は、派手な文言が一切ない。

 それが逆に恐ろしい。

 話す者の口調も丁寧だった。

「王妃に危害が及ぶ可能性がある。安全を確保する必要がある」

「民衆の動揺を抑えるためにも、“管理”が必要だ」

「過激派が勝手に動く前に、こちらが“手順”を踏むべきだ」

 誰も「逮捕」とは言わない。

 誰も「処刑」とは言わない。

 使われるのは「保護」「移送」「事情確認」という言葉だけ。

 だが、その紙が意味するのは一つだった。

 ――手が届くようにする。

「まずは、通告の準備を」

 そう言って、男が筆を取る。

 書かれる文字は淡々としていた。

 淡々としているほど、止めづらい。

 ヴェルサイユへ戻る。

 マリーが礼拝堂へ向かう道の途中、普段は見かけない者が数人、壁際に立っていた。

 視線が、合う。

 合った瞬間、彼らは目を逸らす。

 目を逸らすのが仕事だ、とでも言うように。

 マリーは歩みを止めない。

 止めたら、負ける。

 礼拝堂の扉の前で、シャレットが一礼した。

「王妃陛下。少しだけ、動線を変えさせていただきます」

「……理由は?」

 シャレットは正直に言った。

「見られています」

 マリーは、息を一つだけ飲み込んだ。

 そして、頷く。

「分かったわ。あなたたちに任せる」

 王妃は、何も知らない顔をして歩き続ける。

 三銃士は、何も起きていない顔をして守る。

 それが、今できる最善だった。

 回廊を曲がったところで、ピシグリューが小さく呟いた。

「……始まったな」

 ド・モードが答える。

「ええ。静かに」

 シャレットは最後に、短く結論だけを置いた。

「檻が、作られている」


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