第41話「王妃暗殺未遂」
ヴェルサイユ宮殿――夜。
月光が差し込む静寂の中、王妃の居室には重苦しい空気が漂っていた。
机の上には、一通の匿名の手紙。
『次の標的は、貴女の“真実”』
マリーは震える指でそれをなぞり、深く息を吐いた。
(……真実、とは何を指しているの……?)
背後で控える三銃士がそれぞれに視線を交わす。
「警戒を怠るな。影は必ず“夜”に紛れる」
シャレットが低く言った。
ピシグリューは腕を組み、豪快な口調で応じる。
「来るなら来いって話だ。王妃様には一本の髪も触れさせねぇ」
ド・モードは窓辺に立ち、月明かりを睨みながら呟いた。
「火を囮にする可能性が高い。……奴らは混乱を利用するはずだ」
その言葉の直後だった。
――遠くで鐘が鳴り響き、続いて中庭から悲鳴と炎の光が立ち昇った。
「火事だ!」
侍女が駆け込む。
三銃士は即座に動いた。
「シャレット、王妃様を守れ。俺とド・モードで外を塞ぐ!」
ピシグリューの声に、マリーは思わず立ち上がった。
「いいえ……私も逃げません」
その瞳には、夢で見た“炎の中の聖旗”の残像がよぎっていた。
(……私は、あの時も炎の中に立っていた。ならば――)
次の瞬間、窓の外から黒い影が飛び込んできた。
ガラスが砕け、燭台が倒れ、炎が床に散る。
黒衣の刺客が短剣を構え、一直線にマリーへ迫る。
「王妃殿下ッ!」
シャレットが剣を抜き、間一髪で刺客の刃を受け止めた。
火花が散り、鉄の匂いが室内に満ちる。
「下がれ、殿下!」
シャレットの声を合図に、ピシグリューが背後から飛び込み、巨体をぶつけて刺客を壁際に押し付ける。
「テメェら、王妃を獲物に選ぶとはいい度胸だ!」
ド・モードは素早く回り込み、扉を塞いだ。
「逃げ場はない。……ここで終わらせる」
室内は一瞬で戦場と化した。
剣と短剣が交錯し、燭台の炎が揺れる。
刺客は異様な執念で暴れ、口元を布で覆ったまま、声を発さない。
しかし――
追い詰められた一人が、低く絞り出すように言った。
「……侯爵ではない……我らに命を下すのは、“仮面の主”……」
そのまま懐に仕込んだ毒刃を自らの喉に突き立て、崩れ落ちる。
沈黙。
焦げた匂いと、荒い呼吸だけが残った。
マリーは胸に手を当て、震える声で呟いた。
「……仮面の主……」
シャレットは剣を収め、静かに彼女に向き直る。
「陛下。敵はまだ、この宮廷に潜んでいます」
ド・モードが拾い上げた短剣には、見慣れぬ紋章が刻まれていた。
「……この印。侯爵派のものではない」
ピシグリューが吐き捨てるように言った。
「つまり……まだ裏がいるってことか」
その時、背後の影が揺れ、サンジェルマン伯爵が姿を現した。
「“仮面の主”……ようやく本当の舞台が開き始めましたな」
マリーは彼を見上げ、強く唇を噛む。
「ならば、その仮面を暴かなければ。……私は逃げません」
伯爵の目がわずかに細められる。
「その覚悟こそ、闇を照らす光となるでしょう」
夜風が吹き抜け、燃え残った炎を揺らした。
ヴェルサイユの夜は、もはや静けさを取り戻すことはなかった――。




