第40話「眠れる真実、揺らぐ宮廷」
ヴェルサイユ宮殿・王妃私室。
夜更け、マリー・アントワネットは深い眠りの中で“夢”を見ていた。
――赤々と燃える炎。
――振り上げられる剣。
――群衆の嘲笑と怒号。
彼女の手には、白き旗が握られていた。
旗の先には十字の紋章、風に翻りながらも、焦げた灰がまとわりつく。
「……わたしは……誰?」
夢の中で声を上げたとき、鎖の音が鳴った。
彼女の両手は枷で繋がれ、炎が迫る。
「あなたはまだ仮面を被っている。
けれど……その下にある“真実”は、永遠には眠らない」
耳元に届いた声は、女か男か判別できぬ、不思議な響きだった。
熱風に頬を打たれ、彼女は思わず叫ぶ――
「わたしは……!」
そこで、目を覚ました。
冷たい汗が首筋を伝う。
カーテン越しに差し込む月光が、夢の残滓を照らしていた。
(……いまのは、ジャンヌ・ダルク……?
いいえ、でも……どうして私が……?)
震える指先を胸に押し当てると、鼓動は確かに早鐘を打っていた。
その頃、宮廷は再びざわめいていた。
侯爵派の失脚で収まるはずだった動揺が、逆に王妃派と残党の対立を先鋭化させていたのだ。
「王妃の庇護を受けては国が乱れる」
「いいや、王妃こそが正義の象徴だ」
議場も、廊下も、ざわめきに包まれる。
三銃士はその混乱を縫うように奔走していた。
裏切り者の追跡、潜む間者の炙り出し。
シャレットは険しい表情で呟いた。
「侯爵派は崩れた……だが“影”は、別の場所から宮廷に入り込んでいる」
その夜。
マリーはサンジェルマン伯爵の呼び出しを受け、秘密の応接室で再び相まみえた。
「殿下、敵はもはや一人の侯爵や派閥ではありません」
伯爵の瞳は、深淵を覗くような冷たさを帯びていた。
「“時を越えて影を運ぶ者たち”。
彼らが背後にいる以上、争いはまだ始まったばかりです」
マリーは顔を伏せた。
「……では、私は何をすれば……?」
「まだ役を演じ続けなさい」
伯爵は穏やかに告げる。
「真実を暴くその日までは、“王妃という仮面”があなたを守るのです」
マリーは静かに頷いたが、その胸の奥で恐れと確信がせめぎ合っていた。
一方その頃。
王宮の外れ、石畳の路地。
リュシアンは仮面の男を追っていた。
追跡の末、ふと見上げたバルコニーに、一瞬だけ王妃の姿を目にする。
(……やはり、守るべきはあの人だ)
拳を強く握るが、マリーはまだ彼に気づいてはいなかった。
二人の道が交わるその時を、まだ物語は待っている。
夜。
王妃の居室に、一通の匿名の手紙が届けられる。
「次の標的は、貴女の“真実”」
震える指で文をたどり、マリーは息を呑む。
窓辺に立ち、差し込む月光を浴びると、その光はまるで舞台に降るスポットライトのように彼女を照らしていた。
「……眠れる真実……」
その囁きが、夜に溶けた。
――そして、次の一手が動き出す。




