第39話「目覚めの序曲」
ヴェルサイユ宮殿。
侯爵派の粛清から数日が経ち、表向きは穏やかさを取り戻したかに見えた。
しかし、その静けさは、嵐の前の一瞬の凪にすぎなかった。
深夜、王妃私室。
マリー・アントワネットは寝台の上で汗に濡れた額を押さえ、浅い呼吸を繰り返していた。
夢の中——
そこは見知らぬ荒野、燃え落ちる村、血と炎の渦。
そして、甲冑を纏った少女が剣を掲げ、虚空に向かって叫んでいた。
「——あなたは選ばれし者。立ち上がり、未来を導きなさい」
その声は、まるで彼女自身の奥底から響いてくるようだった。
マリーは息を呑み、目を覚ます。蝋燭の火が小さく揺れる。
「……私……は……?」
その瞬間、サンジェルマン伯爵が静かに現れる。
「その答えは、やがて訪れます。けれど選ぶのは、あなた自身です」
マリーは震える指先を握りしめ、ただ深く頷いた。
一方、王宮の回廊。
シャレット、ピシグリュー、ド・モードの三人が密かに集まっていた。
「侯爵派は壊滅したはずだが……影は消えていない」
シャレットの言葉に、ピシグリューが腕を組む。
「仮面の男だ。奴の正体を掴まねば、第二、第三の侯爵派が現れる」
ド・モードが冷静に付け加える。
「……敵は、王妃の命だけでなく、この国そのものを揺るがそうとしている」
三人は決意を新たにし、互いの視線を交わした。
その夜、セーヌ川沿いの石橋。
仮面の男が数人の密偵と密談していた。
「王妃は裁かれなかった。だが構わぬ……“まだ眠る女王”が覚醒する前に、次の一手を打つ」
その言葉に返答がある前に、風を裂く音。
闇の中から、一人の青年が姿を現した。冷たい青の瞳——リュシアン。
「その“女王”を狙うのなら……俺が相手だ」
密偵たちが刃を抜き放つ。だがリュシアンの剣は月光のように閃き、影を次々と薙ぎ払った。
仮面の男は一歩も引かず、不敵な声を残して退く。
「ふふ……目覚めの時は近い。影は光を追い、やがて世界を覆うだろう」
去りゆく背を見つめながら、リュシアンは呟いた。
「……女王……。それが、あの人を指すのか」
宮殿の尖塔。
リュシアンが静かに立ち、遠くの王妃私室を見下ろしていた。
窓辺に佇むマリーの姿が、月明かりに浮かび上がる。
「まだ時は満ちていない。だが……守らねばならない」
彼は闇に溶けるように姿を消した。
窓辺で月を見つめるマリー。
胸の奥に残る夢の声が、再び囁いた。
——あなたは選ばれし者。
彼女の瞳に、恐れと共に小さな決意の光が宿る。
新たな物語が、ここから始まろうとしていた。
第3章「覚醒と真実編」 開幕




