第34話 「裁かれるは、真実か虚構か」
ヴェルサイユ宮殿の一角に設けられた特別審問の間。
燭台に灯る炎が、荘厳な天井の陰影を揺らす中、廷臣たちが静まり返る。
重厚な扉が開き、マリー・アントワネットが姿を現す。白金のドレスに身を包み、静かに、しかし一歩一歩を踏みしめるように歩む彼女に、場内の視線が集中する。
審問官の前に立ったマリーに向けて、まず読み上げられたのは「王妃による国家反逆の告発状」。
「王妃は、外国勢力と通じ、王政を転覆させようとした……」
高らかに読み上げるのは、陰謀派の急先鋒、サン=ジュスト。その言葉に呼応するように、周囲の廷臣たちがざわつく。
しかしマリーは一言も発さず、ただ鋭く、審問官の目を見つめていた。
「証拠は?」
静かに問いかけた審問官に、サン=ジュストが数枚の文書を差し出す。そこには、王妃の筆跡を模した偽造書簡と、革命派との密通を示す“密書”が含まれていた。
「……これが、王妃が裏で交わしていた取引の証です」
そのとき、扉が再び開いた。
「異議あり。」
三銃士の一人、フランソワ・シャレットが堂々と姿を現す。彼は手に一通の文書を掲げていた。
「この密書……筆跡を見ていただきたい。書いたのは王妃ではない。侯爵派の書記官、セヴランだ」
場内がざわめく。
続いてピシグリューが進み出る。
「こちらが“贋作命令書”の模写。侯爵邸へ運ばれたものです。その写しを渡した者も証言を用意しています」
そして最後にド・モードが一人の侍女を連れて現れる。
「ロザリンド。彼女は王妃に仕える侍女であり、同時に侯爵家の元使用人。密かに文書をすり替えていた人物です」
ロザリンドは蒼白な顔でうつむく。
「これらの事実は、陰謀によって仕組まれた“告発”が虚構であることを示しています」
シャレットの言葉に、廷臣の中から小さく感嘆の声が漏れる。
その時……
「それでも、王妃の存在がこの国を乱していることは変わりない」
サン=ジュストが食い下がる。
「王妃は浪費と不和の象徴だ。たとえ証拠が虚構であろうと、その罪は……」
そのとき、場の空気を切り裂くように一人の男が立ち上がった。
サンジェルマン伯爵。
「証拠の上に証拠を重ねましょう。こちらが、王妃の書斎に仕込まれていた盗聴器具の設計図。そして、それを仕込んだ侯爵派の証言記録です」
彼は静かに、しかし確信を持って語る。
「この“審問”は、真実のためのものですか? それとも、政治の道具ですか?」
沈黙。
その中で、マリーが初めて声を発した。
「この命が、国の火種となるなら……どうか私の首を以って、未来を守ってください。 ……ですが、それが虚構の刃であるなら、次に裁かれるべきは……」
彼女の視線が、陰謀派を貫いた。
「虚構を振りかざす、あなた方です」
長い沈黙ののち、審問官が告げた。
「審問は、一時中断とします。証拠の再検証を行う」
静かに幕を閉じる特別審問の場。
だが誰もが感じていた。
……戦いの火蓋は、今しがた切って落とされたのだ。




