第29話「迫る断罪の影」
ヴェルサイユ宮殿、王妃私室……
日が傾き、静けさが深まる中、マリー・アントワネットは三銃士を前に座していた。
彼女の表情は穏やかでありながら、その瞳の奥にはかすかな緊張が走っている。
「……内通者は、やはり存在しました」
シャレットが低く報告する。
「文書管理係の中に、外部と繋がる者が一人。厨房を通じた女官の密告者。そして、枢機卿補佐官ド・ラニエ……」
「一部はすでに動き出しているはずです」 ド・モードが補足する。
「急がねばなりません」 ピシグリューも力を込めた声で続けた。
マリーはゆっくりと頷いた。
「内通者を逆に利用しましょう。敵の動きを封じるのではなく……泳がせて、こちらに引き込むのです」
三人は驚きを隠せなかった。
「陛下、危険です」
「分かっています。でも、こちらが受け身でいるだけでは、いずれ追い詰められる」
マリーの声は毅然としていた。
その時、サンジェルマン伯爵が静かに歩み出る。
「王妃様の仰る通りです。敵はすでに次の一手を用意しています」
「次の一手……?」
マリーが問い返すと、伯爵は懐から一枚の手紙を取り出した。
「陰謀派は、王妃陛下を“公開裁判”にかける準備を進めています。
告発状、偽造された証拠書類、証人……すべて手配済みのようです」
三銃士が同時に顔を強張らせた。
「裁判が開かれれば、王妃の無実を訴えるのは不可能に近い」 ド・モードが低く呟く。
「では、どうすれば……?」 ピシグリューが問う。
「……敵の“切り札”を先に叩く」
シャレットが静かに答えた。
マリーは彼らを見渡し、改めて言った。
「この宮廷には、未だ見えぬ真の敵が潜んでいます。それを暴くことが、私たちの勝利への道」
そして、サンジェルマン伯爵がわずかに笑みを浮かべた。
「ご安心を。別働隊も、すでに動いておりますので」
マリーは目を細めた。
「別働隊……?」
伯爵はそれ以上は語らなかった。ただ、夜の窓辺に目を向け、低く呟く。
「……彼も、そろそろ動き出す頃でしょう」
その頃……
パリ市街地の外れ。
一人の若者が、夜の霧の中を静かに歩いていた。
黒髪を風になびかせ、鋭い光を宿した瞳。
……リュシアン。
彼の手には、密かに託された一冊の手帳が握られていた。
「もう時間がない……動くしかない」
彼は独りごちると、夜の闇にその身を溶かしていった。
王妃と三銃士の戦い、そしてリュシアンの孤独な戦いが、静かに交錯し始める……。




