第25話:剛腕の探り手
ヴェルサイユ宮殿、厨房棟と地下倉庫が連なる一角——
そこは貴族の気品と絢爛さとは無縁の、汗と煙と騒がしさに包まれた場所だった。シャルル・ピシグリューは、粗末な作業服に身を包み、腰に短剣を隠しながら、使用人たちの間を歩いていた。
「おう、シャルルの兄貴、今日も食材運びかい?」
「ったく、あんたみたいなごついのがいると、樽のひとつやふたつ軽く感じるな!」
笑いと冗談が飛び交う。ピシグリューはその場に溶け込むように、豪快な笑みで応じていた。
「お前らが細すぎるんだ。骨が折れるぞ、食堂まで運ぶのはよ」
使用人たちの輪に入り込みながら、彼は密かに耳をすませていた。この“下層”には、時に貴族の耳には届かぬ真実が、呟きとして転がっている。
(偽の書簡が出回るということは……それを王妃の印に偽装する手段が、このあたりから流れている可能性がある)
ふと、給仕係の一人が怯えたように耳打ちした。
「シャルル……ここだけの話だけどな。最近、妙な人間が厨房に出入りしてる。夜の見回りに交じって、何か盗み見ていくって話だ」
「見たのか?」
「俺じゃない……でも見たって言った奴は、もう来てねぇ。昨日から姿を見ないんだ」
ピシグリューは表情を引き締めた。
(情報屋か、あるいは“消された”か……)
その夜、彼は厨房から倉庫へ通じる裏通路で、見張りもなくぽっかりと開いた扉を見つけた。
そこに足を踏み入れると、古い棚の陰に、落ちた紙束があった。
それは、王妃の印章が押された手紙の写し——だが、微妙に字体が違う。
「……これは練習用の筆写だな。誰かが王妃の書簡を模写している」
その時、背後から音がした。振り返ると、一人の若い女中が怯えた表情で立っていた。
「見られたか」
「や、やめて……!私は命じられただけなの……!」
ピシグリューは剣に手をかける素振りも見せず、代わりに低く、静かな声で言った。
「誰に?」
女中は逡巡したが、震える声で名を告げた。
「……内務局付きの……書記官です。“侯爵様”の紹介で……」
ピシグリューは眉をひそめた。
(やはり、宮廷の中枢に近いところが関わっている)
「お前のことは誰にも言わない。だが、これから私の質問にはすべて答えてもらう」
彼女は震えながらも頷いた。
その夜、ピシグリューは新たな証拠——筆跡の写しと、偽造の命令書を手に入れた。
すべてを懐に収め、彼は厨房を後にする。
(この書簡の出どころは“侯爵”を経由した内務局の一部……そして女中の証言が本当なら、密告者は王妃の身辺にもいる)
ピシグリューは顔をしかめながら、夜の風の中を歩き出した。
「……シャレット、ド・モード。そっちはどう動いてる?」
小さく呟きながら、彼は闇の奥へと消えていった。
——それぞれが、異なる場所で、同じ真実へと近づき始めていた。




