第11話:動き出す運命
リュシアンがベルナールに自分の正体を明かしてから数日が経った。隠れ家では彼を受け入れる者もいれば、いまだに疑念を抱く者もいた。しかし、ベルナールの「リュシアンは我々にとって必要な存在だ」という一言が、彼の立場を決定づけた。
その間にも、パリの情勢は悪化の一途をたどっていた。王党派の動きはますます封じ込められ、革命派の内部でも急進派と穏健派の対立が激化している。特にロベスピエールを中心とする急進派は、革命の「敵」を排除するために、より強硬な手段を取るようになっていた。
そんなある日、隠れ家に一人の男が息を切らせて駆け込んできた。
「ベルナール、重大な知らせだ!」
それはベルナールの古くからの同志であり、情報収集を専門とするジャン=ポールだった。
「どうした?」ベルナールが地図の上に視線を落としながら尋ねると、ジャン=ポールは汗を拭いながら答えた。
「急進派が、穏健派を『革命の裏切り者』と決めつけ、本格的に粛清を始めるつもりだ。ジャコバン・クラブ内で密かに会議が開かれ、国民公会の中でも穏健派の議員を次々と逮捕する計画が進められているらしい。」
「…とうとう来たか。」ベルナールの表情が険しくなる。
リュシアンは静かに考え込んだ。ここまでの流れは、彼が知る歴史とほぼ同じだった。このまま進めば、革命はより過激化し、最終的には恐怖政治へと突入することになる。
「どの程度の規模で動くつもりなんだ?」ベルナールが続けた。
「明日にも、パリ市内で急進派による一斉検挙が始まる可能性がある。逮捕された者は革命裁判にかけられることなく、即処刑されるかもしれない。」
隠れ家の空気が重くなった。
「ベルナール、今こそ穏健派が一致団結する時じゃないか?」リュシアンが口を開いた。
「どういう意味だ?」
「ロベスピエールがここまで強硬な手段を取るということは、もはや中立ではいられない議員も多いはずだ。彼らは、自分たちの身を守るためにも動くしかない。」
「つまり?」
「急進派のやり方に不満を持つ者たちを味方につけるんだ。特に国民公会の議員の中には、ロベスピエールの独裁的な姿勢を疑問視している者もいるはず。その人たちが『ロベスピエールはやりすぎだ』と感じるようになれば、彼の支持基盤は揺らぐ。」
ベルナールはじっと考え込んだ。
「確かにその通りだな…。急進派が暴走する前に、我々が先に手を打たねばならない。」
「だが、問題はどうやって彼らを説得するかだ。」ジャン=ポールが腕を組む。「急進派に目をつけられたくない連中は、簡単には動かんぞ。」
リュシアンは静かに言った。
「ロベスピエールを倒せばどうなる?」
一瞬、空気が張り詰めた。
「お前、まさか…」
「ロベスピエールが失脚すれば、革命の流れは変わる。彼は今、革命の象徴的存在だ。でも、歴史を見てもわかる。独裁的になりすぎた指導者は、いずれ味方にすら見放される。」
「…確かにな。」ベルナールはうなずいた。「だが、それは容易なことではない。」
「わかってる。でも、何もしなければ俺たちは粛清されるだけだ。だったら、動くしかない。」
ベルナールはしばらく沈黙していたが、やがて決断した。
「リュシアンの案を採用する。我々はまず、穏健派の議員たちに接触し、急進派の暴走を止めるために手を組むよう説得する。そのためには、ロベスピエールの独裁を示す証拠が必要だ。」
「証拠?」ジャン=ポールが尋ねる。
「そうだ。ロベスピエールがどれほど独断で粛清を進めようとしているか、それを示す証拠を見つければ、国民公会の連中も考えを変えるかもしれん。」
リュシアンは深く息を吸い、決意を込めて言った。
「それなら、俺にやらせてくれ。俺には、この時代の人間にはない視点がある。もし誰も気づいていないことがあるなら、それを見つけられるかもしれない。」
ベルナールは彼をじっと見つめた後、ゆっくりとうなずいた。
「よし。お前にはロベスピエールの動きを探る役を任せる。ジャン=ポール、お前は穏健派の議員たちとの交渉を進めろ。我々には時間がない。」
「了解!」
こうして、リュシアンたちは新たな作戦を始動させた。まだ革命は完全に成されていない。だが、確実に歯車は動き始めていた。ロベスピエールの独裁を崩すための戦いが、今まさに幕を開けようとしていた。




