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黄昏のガンダルヴァ  作者: 猫弾正
第3章 Z_273年 冬を越える話

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03_03 黄昏の渡り人マギー。クレジットのゆくえ

 街道を歩けば、いずれは何処かで屍者の群れを見掛けるだろう。時には数百、数千とも見当もつかない巨大な群れが、彼方の大地に微かに浮かび上がることさえあった。巨大な群れが動く様子は、海中に蠢く魚群のようにも見える。目に見える範囲に限らず、まるで地平にまで続く黒い波のように広がり、世界の果てまでの行進を続ける屍者の群れ。


 或る日、唐突に死の群れを直視してしまった翌日、マギーは自由都市のゲームセンターへと向かった。ゲームをする。都市建設コロニー型のタワーディフェンスで敵にゾンビを選び、育てた都市で思う存分に迎撃し、重砲で蹂躙する。十万匹を粉砕し、肉片にし、大地にばら撒いた。次のウェーブが来る。二十万匹、三十万匹……次々と粉砕し、寄せ付けない。重砲の火花が光り、画面に広がる血のような赤い残骸。五十万匹、百万匹……百と七十万匹を粉砕した直後、全身から変な冷や汗が噴き出てきてマギーはうなだれた。


 ぶるぶると震えて、手元のコントローラーを握る手がおぼつかない。乱れた呼吸を整える。現実で強力な都市の所有者とはなれないだろうが、代償行為も偶には役に立つ。


 気まぐれに廃墟から出てきて、至近で遭遇したら死んでいた。マギーもニナもあの一員となっていた。対策はない。手に負えない恐怖と衝撃も、時間の経過で胸のうちで咀嚼できる程度には和らぎ、小さくなっていた。どのみち、直近に迫ってる脅威ではない。今のマギーは、遠くの雷雲を見て、脅える小動物と同じだった。


 現実的な対処が思い浮かぶ。危険な廃墟には近づかない。だけど、貧しい渡り人(オーキー)は街道を往来して、仕事を探さなければならない。究極的には、運、としか言いようがない。目を逸らして忘れられてしまおうとマギーは決めた。手に負えない恐怖や災厄への忘却は、マギーの特技のひとつだった。生きるには、充分に役立ってくれる。今は、それでいいのだ。



 ※※



 街道を歩けば、怪物に追われることもしばしばだ。ゾンビが後を追ってくることもあれば、数匹の巨大蟻に襲われもする。時には、岩陰に身を潜め、変異獣の鋭い嗅覚をやり過ごす。ゲッコーの鳴き声が聞こえれば、それが一匹とは限らないし、野犬の群れは容赦がない。行商の旅に出るたびに、生きて帰れる保証はどこにもない。


 マギーたちは対処できても、顔見知りはポツポツと櫛の歯が欠けたように消えていった。街道筋の宿駅や寂れた酒場で他の行商や旅の渡り人(オーキー)と顔を合わせる度、次は誰が消えるのだろうかなどと陰鬱に考える日もあった。



 文明崩壊後ポストアポカリプスの黄昏の世に、それでなくても自由労働者や渡り人(オーキー)、ホーボーの暮らしは明日も知れない。旅の途中で壊れる者もいれば、盲目的に知ってる土地から出るのを嫌い、居留地や集落にしがみつく者たちもいる。誰もが今日の飯を確保できるとは限らないし、明日を無事に過ごせる保証もないのだ。


 マギーにしても、ストレスはどうしたって溜まる。時には質の悪い密造酒ムーンシャインやどぶろくを浴びるように飲み、パイプを嗜んだ。煙草の吸いさしを浮浪児たちから買い、それを解してラベンダーやカモミールなど、野のハーブと混合したブレンド品だ。お世辞にも上質なものとは言えない。むしろ、身体にはよろしくない。酒もそこら辺の農民や怪しげな屋台で買った安くて怪しげな代物。せめて、もうちょっといいお酒を飲みなよ。ニナに言われて、瓶入りの地ビールも啜っている。夜には、ニナと身を寄せ合って眠りについている。時折は、肌を合わせることもあった。厳しい世の中に多分、誰もが小さな慰めが無ければ、生きていけないのだ。多分。





 トリスは廃墟に暮らす少女だ。最近、マギーたちと知己となり、時々、鼠の肉を届けに来る。二人に助けられたので恩に着ていると主張してるのだが、マギーたちは代金を支払っている。義理堅いならなおさら、長く付き合いを続けるには両方が得しなければ、とマギーは考えたからだ。今も、廃墟や曠野で採取した堅い野生の芋や人参に幾らかの雑穀と鼠肉を合わせた雑炊を鍋で茹でて三人で食べていた。


「二日ぶりのまともなご飯だよ」トリスが感慨深そうに言った。食事の時もスノーゴーグルは外さない。暖かい粥の湯気に曇っても外さない。けして誰にも素顔を見せようとしないトリスだが、マギーもニナも探ったりはしない。隠したいなら、隠せばよろしい。誰だって、見せたくないもの。触れられたくないものはあるのだ。

「普段は何食べてるの?」ニナが尋ねる。同じような廃墟出の身の上とは言え、場所が違えば食事事情も変わってくる。トリスは、すん、と表情から色を消した。

「どうしても、お腹が空いた時はね……湿った土の石の裏をひっくり返すと」

「ああ、分かった。言わなくていい。言わないでください」

 雑穀粥というのは最低の食事だが、しかし、それは渡り人(オーキー)や労務者などの仕事に有りつける労働者にとっての最低水準である。上を見れば限りはないが、世の底にも限りはないのだ。


 聞いていたマギーが懐から、ごそごそと袋を取り出した。

「上げる。これで稼ぎなよ」

 布に包まれた、煙草の葉だった。自由都市の路上で浮浪児たちから買い取った代物で、パイプ草に混ぜようと考えていたものだ。浮浪児たちは吸いさしを拾って解したり、或いは吸いさしのまま売ったりと色々と工夫している。

「マギー姉さん、ありがてぇ。ありがてぇ」トリスが頭を下げた。ここら辺、衒いはない。素直に好意を受け取るし、互いに役に立ち、助け合うのが大事と考えるマギーも、礼の形で色々とやっている。勿論、トリスの為人を確かめたからだが。


 吸いさしを解した煙草草など、煙草やパイプ草の売ってるポレシャ居留地では到底、商売になるまいが、トリスの暮らしている廃墟一帯では、こんな代物でもそれなりに売り物となるのだ。元より、ポレシャと近隣の小集落など、加工品の類には自由都市より高い相場を保っている。物々交換や廃墟民、浮浪者の使う鉛やら鉄の小銭(ペニー)と引き換えに、食べ物や寝床を購う事も出来る。


 マギーが面倒を見てやってる代わり、トリスは廃墟の噂を色々と話したりする。とは言っても、面白い噂や変わった事なんてのは早々、耳に入らない。この時も、ゾンビの群れで小さな隠れ村が滅んだの、当たり障りのない噂を話した後、トリスは塒を後にする。




 春先は仕事も多くなる。居留地から居留地へと流れる自由労働者たちにとって、稼ぎ時だ。暖かな空気が戻ってくる時期、冬の間、閉じこもっていた人も物もようやくに動き出す。秋の収穫期を境に冬の間は仕事も減り、寒さと共に重労働が増える。それでいて賃金はそう変わらないのだから、春先にどれだけ稼げるかが、自由労働者や渡り人(オーキー)たちにとっては一年を左右するほどに重要だ。この時期に浪費をすると拙い事になるのだが、後先考えない浮かれ者も結構いたりする。


 だから、思わず浮かれ出しそうになる気分を抑え、気持ちを引き締めてかからねばならないぞ、とのマギーの号令に、ニナも深々と頷いている。

「……情緒壊れそう」言いつつも、日当4ポンドを稼いでマギーたちは日々を生きている。行商人と渡り人(オーキー)の二足の草鞋には、少し無理があるかも知れないが、やるしかないのである。


 朝食とも昼食とも付かぬ食事を済ませて、マギーとニナが路地裏のねぐらから出てくると、細い表通りの路傍には隣人のリリーちゃんが地べたに座り込んでいた。

 やはり渡り人(オーキー)の若い娘だが、なにやら見覚えのある茶色い葉を前に、うきうきした様子で古新聞を四角に切り裂いていた。


「これをこうして……こうじゃ!」

 アイパッチをした隻眼のリリーちゃん、新聞紙の上に草を置いて丸めながら、涎を垂らしている。

「マギー、あの葉っぱ。変なの入ってた?」思わずニナが尋ねてくるが、マギーは首を振った。

「いや、ただの煙草の葉のはず……」近づいて煙の匂いを嗅いでみるも、やはり普通の煙草の葉としか思えない。

「あぁ~、ニコチンが効くんよぉ」

 女の子がしたら駄目な顔をして、隻眼のリリーはケラケラと笑っていた。


(……変な成分でも入ってたか?)思いつつ、マギーは歩み寄ってリリーに挨拶した。

「あれ、リリー。煙草?幾ら分、買ったの?」

「四クレジット。切らしてたからねぇ。安かった」リリーの言葉に、マギーとニナは目配せした。毎日、仕事にありつけるとも限らないのに、煙草に安い日当の四分の一を吹き飛ばした女が目の前にいた。

(こいつ、次の冬を越えられるのかな)危惧しつつ、「良かったねぇ」マギーは強張った笑顔を浮かべた。



 ところがどっこい。冬を越えられるか怪しいのは、別にリリーに限った事ではなかった。

 3月のマギーとニナは、金を貯めるどころか、月末になるまで度々、手持ちの所持金が五十クレジットを下回った。


 ある朝、塒から出て、農場へと働きに出る途中。ニナは唐突に立ち止まって叫んだ。

「靴が破れた!」片足を上げてるニナの靴底が、ブランブランしている。

「おう」旅の途中でなくて、良かったとマギーは頷いた。

「それから……服も薄くなっている」肘に飽いた穴から指を出して、ニナは悲しげに嘆いている。

「取りあえず、靴だけでも応急処置で……」マギーは頷いた。

 その日のうちに、門前町の靴屋にてゴムの靴底を張ってもらう。

「十五です」

「十五?!」

「門前のクレジットで払ってくれ。町外れのチケットなら20で」

 作男ファームハンドとしては、いい日当を貰っているマギーだが半分以上が吹っ飛びそうだった。


 もう少し出せば、中古の安い靴が買えそうな請求額にマギーは呻いた。

 いい靴底を使った。本当に本当だって。

 靴屋に言い負けて、素直に払った。

 思わぬ出費。肌寒さも残るので服も買った。

 替えの少し暖かい綿の肌着を数枚と新しい靴下。

 薄くなった靴下を度々、繕うよりも、稼いで新しい方を買う方がいいと考えたが、その選択肢。もしかしたら、間違っていたかも知れない。修繕時間と引き換えに金が飛ぶ。今までの生活でガタが来ていた服やら鞄などが、此処にきて一斉に壊れ始めた。



 三月も終わり頃の或る日の夕方。自由都市ズールで、賞金稼ぎたちが集まる安酒場の隅。少し高いパイプ草を吸いながら、マギーちゃんは虚ろな表情で煙を吐いていた。ニナは別行動で、図書館で勉学に励んでいるだろう。


 金が全然、溜まらなかった。今週の行商の利益は、七クレジットです。働かない渡り人(オーキー)の日当の、さらに半分くらいだ。一か月掛かって溜まった金額は三十クレジットである。なにが、余裕だよ。全然、駄目じゃないか。むしろ去年よりもひどい事になってる。


 マギーは生粋の渡り人(オーキー)でもなければ、行商人でもない。もしかしたら、彼らは何かマギーの知らない生活の知恵でも持っているのか?

(……きゃつらは金が湧き出る魔法の呪文を隠してるのかな?)自分の思考が駄目駄目になってる事を自覚して、追い詰められたマギーは悲しげに啼いた。



「んああ」マギーの啼き声に、目の前にいた酒場のマスターがギョッとしたように目を剥いた。

「なんだいきなり」

「ねえ、お金ってどうやったら溜まるのかな?」

 まじまじとマギーを見た後、マーカス・ダウエルは鼻を鳴らした。

「そんなん俺が知りたいわ」言った後に、マギーの手に握られた紫煙立ち上るパイプを眺める。

「取りあえず、その高そうなパイプ草止めたら?」10クレジットのパイプ草を止めろと指摘される。

「パイプ止めたら死んじゃうよぉ」マギーが泣き言をほざいた。ゾンビに追いかけられた上、パイプ草まで吸えなくなったら、ストレスでマギーちゃんは死んじゃうのだ。

「だったら、お金溜まんないねぇ」一時的な我慢すら効かない人間に、金が貯められる筈もないとマーカスの眼は告げていた。

「お金欲しいよぉ」マギーは駄々を捏ねた。この時のマギーは、マギーの人生中でまがう事なき底辺のマギーちゃんであった。

「パイプ草止めなよ」

「パイプ止めたら死んじゃうよぉ」とマギーは世の無情を嘆いた。

「お前、行商人なんか向いてないわ。さっさと賞金稼ぎに戻れ」マーカスは無情に告げた。




 3月末のマギーの所持金  47クレジット 或いは49クレジット。 

              酔っぱらっていたので詳細不明。



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