表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黄昏のガンダルヴァ  作者: 猫弾正
第2章 流れ斥候

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

59/202

02_09 無法者と警備隊

 味方の来援を待ち侘びるマギーたちを他所に、チェスター……A分隊からの支援射撃は何時まで経っても来なかった。それどころか、かつてA分隊に向いていただろう無法者連中の銃撃の半ばがマギーたちに割り振られている。なにかしら手違いが起きたのだろうとは、マギー以外の別動隊の面々も薄々、気づいているようだ。戦場では侭ある事とは言え、実際に不都合に振り回される駒の身としては溜まらない。


 前方には無法者たちが大岩に遮蔽を取って陣取っており、後方は見通しのよろしい傾斜で、迂闊に下がれば狙い撃ちとされる。進退窮まった状況にも拘らず、マギーは口元に薄く笑みを浮かべていた。

(……今日、死ぬかもしれないな)幾度となく死線を乗り越えてきたマギーは、何時しか危険な状況で笑みが口元を彩るようになっていた。これが勇気なのか、鈍磨なのかも分からないが、取り乱す事がない代わりに死を恐れる感覚が薄くなっている。


 タイミングを見計らい、マギーは隠れていた岩陰から地面へと倒れ込んだ。目星をつけた位置にドンピシャ。レバーアクションライフルで狙いを付けながら、側面の岩肌から飛び出た無法者を一撃で撃ち抜いた。マギーに正確に頭に当てる自信はない。胴体を撃たれた無法者が舞踏のようにきりきりと舞うのを目にしつつ、横倒しに寝転がった姿勢で手元のレバーを素早く動かし、次弾を装填。


 複雑な機構を持つレバーアクションライフルの通弊として、弾薬は火力に欠けている。地面をのたうち回り、叫んでいる無法者を案の定、即死させることは出来なかったが、倒れ伏した仲間を岩陰へと引き入れようとする無法者の腕よりも早く、第二弾を倒れた敵へと命中させた。


 無法者が動かなくなった。ほぼ確実に仕留めた、と確信して、マギーは倒れ込んだ姿勢から、下半身の力だけで蛇のように素早く岩陰に戻った。一瞬後、反撃の銃弾が激しい雨のように岩肌を打ってきた。

「……まず、独り」マギーは一人ごちた。腕は僅かに震えている。命懸けで、やっと一人、とも言えた。仲間を失った人攫い連中は、しかし、激昂せずに冷静に後退している。火力のポイントを設置する布陣場所として、見抜かれては割に合わぬと判断したようだ。もう、同じ試みはしてこないと思うが。兎に角、手強い。


 側面の岩肌は、回り込むのであれば此処。という位置だった。マギーは、だから、待ち伏せていた、といってもいい。連中が回り込んでくる少し前から射撃が激しくなったのを牽制だと疑っていたのだ。念のために言えば、他の民兵は誰も気づかなかったようだ。


 なんとか一人仕留めたマギーに、民兵の女の子がなんとも頼もしげに、しかし、同時になにか恐ろしげなものを見るかのような視線を向けているのに気づいて、マギーは己の口元に浮かべた薄い微笑みを引っ込めた。勇敢ならまだしも、或いは危険を楽しんでいると誤解されるかも知れない。ため息一つついてから、民兵の女の子に二度、三度と頷きかけると、相手もぎこちなく頷き返して来た。


 危険に慣れ過ぎたかも知れない。取り乱す事が少なくなった代わり、死神を身近な友のように感じる感覚はきっと健全ではない。死を恐れていた昔の自分の方が、きっと戦士として真っ当で強かったように思う。


 岩陰の彼方から激しい罵声が飛んできていた。相も変わらず無法者どもは脅し文句にレパートリーがなく、捕まえたら、拷問して四肢を切断してやるぞなんのと何時もの似たような罵倒ばかり並べてくるので、マギーは鼻で笑ってしまった。




 マギーたちと無法者どもを挟んで反対側の丘陵に伏せていたキャシディたちだが、今は発砲を殆んど控えて沈黙していた。

 丘陵の稜線沿いで耳の後ろに手を広げ、音を拾おうとしていたコーデリアが囁いた。

「さっきの銃声は、スタンフィールドのウィンチェスター。多分ね」

 コーデリアの耳は頼りになると、キャシディは頷いた。

「汚い悲鳴も響いてきた……キャロおじ。普段はあんなだけど頼りになるな」シェリーが言うが、キャシディはくだんのキャロル・スタンフィールド氏をよく知らない。キャシディが能力と勇敢さを見込んで別動隊に頼んだのは、マギーだった。


 なにしろキャシディ、子供の頃から保安官やリーマス副保安官にべったりだった。加えて、農園の娘のシエルと一緒でいぶし銀の年上が理想の異性であり、おかげで同年代との付き合いがやや浅くて狭かった。一方で噂に聞くスタンフィールド氏は、何故か若年者たちから軽んじられている節が見えつつも、どこか親しげに名前を呼ばれているが、キャシディやシエルの交友範囲には含まれていなかった。


 居留地ポレシャの住人が三百。出稼ぎの渡り人(オーキー)や作男などの流動人口を含めれば、優に五百人近くが居留地に暮らしている。近隣小集落や廃墟の住人も含めれば、さらに増えるだろう。平均寿命が四十から六十としても、付き合いを広く保てば、おおよその同年代が四、五十人はいる計算になる。スタンフィールド氏も、一回り下の世代と年がら年中を付き合っているのはどうなのだろうともキャシディは思うが。しかし、曠野から怪しげな仏像?を拾ってきて偽仏教を流行らせたり、卵から奇妙な動物を孵したりと、罪のない騒動を巻き起こす割に、スタンフィールド氏が大人にも子供にも奇妙な人気があるとはキャシディも耳にしてる。


 兎も角、別動隊は今もまだ健在で、途切れ途切れに聞こえてくる銃声からするに少なくとも三名は敢闘しているようだ。


 銃声の聞こえてこない一名については、キャシディは最初から期待していない。彼の装備は悪くはないが、民兵のお偉いさんである小僧の親父さんに頼まれたから連れて来ただけで、明らかに経験不足だった。まだ若すぎる。

「……小僧が足を引っ張ってないといいけれど」とキャシディが呟いた。

 無法者アウトロー相手の銃撃戦には、明らかに役に不足だった。せめて家畜泥棒の追跡とか、コヨーテの駆逐とか、その程度のならず者相手に経験を積ませてから参加させるべきだったが、小僧の親父さんも最近の蟻の騒ぎなどで心労が祟ったか。此のところ具合がよろしくないようで、幾らか焦っていたのかも知れない。やや強引にキャシディに押し付けてきたのだ。


 なにもかもが思う通りにならない。キャシディが若いから軽んじられているにしても、こうまでグダグダな局面になろうとは想像だにしていなかった。誰もが彼もが勝手な都合を押し付けてくる癖、義務と責任は遂行するよう求めてくるのだ。保安官はよくぞこれを上手く捌きながら、犯罪者や怪物を寄せ付けなかったものだと。銃声も疎らな銃撃戦のさなかに、キャシディはふと追懐に浸った。今までは保安官の傍らでわずかに戦術を補佐して、後は何も考えずに銃を撃っていればすべて片付いた。これからは、なにもかもが自分の双肩に掛かってくる。


 キャシディとて、いずれは保安官になる心算だった。けれど、それは十年か。出来れば二十年も先で、副保安官を経て十分な経験を積み、傍らには引退した保安官が居て適切な助言をくれる。そんな将来をなんとはなしに空想していた。


 現実には、保安官も、リーマン副保安官ももういない。キャシディが居留地防衛の責任者で、民兵隊長はお飾りとは言わないまでも活力に欠けている。幹部は一人がやや病気がちで、もう一人の有力者、頼りになるかもと考えていた叩き上げのチェスターは敵対して、露骨に足を引っ張ってくる。キャシディが思い描いていた未来とは、なにもかもが違っていた。

(……だけど、これが現実だ。しっかりしろ、キャシディ。もう、お前しか居留地を守れる人間はいない)


 気を取り直すようにカウボーイハットを被りなおしたキャシディは、部下であるシェリーとコーデリアの顔を見据えた。

「マギーたちは持ち堪えてるが、状況はよろしくない。向こう側での銃声が……無法者どもの銃声が複数方向から響いてくることを鑑みるに……どうにも射すくめられて身動きが取れない状況に陥っていると思える」

 二人の保安官助手が無言で頷いているので、キャシディは説明を続けた。

「この状況で後退できるなら、マギーなら後退している」キャシディが言うとコーデリアは首を傾げる。

「……そう言い切れるかな?マギーをよく知らんけど」


「敵が此方の予想以上の火力や人数を持っていた場合など、予め想定して質疑応答してある。とは言え、まさか味方が逃げるとは思ってなかったけれど」汗に濡れた前髪をかき上げると、キャシディは無法者たちの丘陵をじっと見つめた。

(さて、どうしようか。手元の兵力を分割して、A分隊が予定していた位置で火点を設置する?否、幾らなんでも人数が少なすぎる。各個撃破されるだけか)


 キャシディは、打つべき手が思いつかない。そのうち風が吹いてきた。湖の空気が暖められて、大気の流れが生まれている。昼が近い。

 最悪、日没まで睨み合ってから痛み分けで撤退だろうか。冴えないが、何もかも失うよりはマシか。日が落ちれば、人攫いどもも撤退するだろうか?そして、マギーたちは、それまで持ちこたえられるだろうか。分からない。最悪、ニナに怨まれることになる。キャシディには、何も分からなかった。戦闘前にあれほど自信満々だったはずなのに、今は何一つ確信を持てず、まるで無法者に聞かれるのを恐れるかのようにキャシディは小さく静かに息を吐いた。



「……あいつら、逃げてくれないかなぁ」

 弱音とも期待ともつかない言葉がマギーの口からつい零れた。

 戦況を打開する劇的な展開の何一つ起こらないままに、正午を過ぎて太陽が西の空へと傾きつつあった。先刻から無法者たちが隠れた岩は、攻撃してくるでもなく静まり返っていた。いや、しかし、動く気配と細々と話す声から、まだ間違いなくいるのだ。

 互いに隙を狙い、廻り込もうと窺いながらも時折、忘れたように散発的な銃撃戦を行っては再び小康状態が訪れる。焦れるほどに単調なその繰り返しだった。冒険商人の斥候であったマギーにとっては慣れた作業だが、どうにも他の民兵たちにとっては精神的な負担が大きいようで、民兵の若い娘も少年も疲労の色が濃くなっていた。

 

 一口に戦闘といっても、危険な近接での撃ち合いや白兵の局面もあれば、遮蔽と距離を取っての散発的な撃ち合いが続くこともあって、後者であればそうそう当たるものでもない。勿論、運が悪ければ、死ぬことは有り得るのだが。

 とは言え、実戦が初めての民兵たちには戦闘の機微や塩梅が分からないようだ。ただ対峙しているだけでも必要以上に緊張したり疲れたりで、予想以上に撃ちそうな際には諫めたものの、水筒の水を飲み干してしまったものもいた。

 マギーが予備の水筒を投げ渡すと、逃げて来た美少女が受け取って甲斐甲斐しく少年の世話を焼いている。最初に逃げてきた時は、無法者の一味ではと疑ったものの、奴隷や捕虜の逃亡もよくあることで何とも言えない。武器も持っていなかったし、美少女の容貌からして多分に高く売れると連れまわしていた肝いりの商品という気もする。


 兎に角も、首を振ってマギーは改めて地勢を鑑みてみる。無法者たちの陣取った地形に比べて、マギーたちが隠れている岩場は狭くて背が低かった。これは明確に不利な条件で、時間が経てばたつほどにマギーたちは苦しくなってくる。とは言え、弾薬の貴重な自警団や無法者同士で、もう互いに生きるの死ぬのというよりは、どうやって幕を引くかの思考になってるのではないか、ともマギーは推測してもいる。


 強力な居留地の警備隊パトロールとの撃ち合いは、無法者たちだって望むところではない筈だ。何故なら、数百人単位が暮らす居留地の人的資源は、無法者から見れば無尽に等しい。小さな徒党が一人、二人の仲間を補充するに苦労しなければならないのと対照的に、大規模な居留地は保安官助手やら傭兵が三人、五人と死んでも取り返しがつくのだ。好んで警備隊パトロールと撃ち合う馬鹿はいない筈だ。特にグラツィアーノのような職業的な悪党。生業として人攫いをしているような無法者アウトローは、絶対に損益分岐点を考える筈だ。

(いや、これは願望が入り混じっているかな……)マギーは都合のよきに流れそうな思考を諫める。

 相手の撤退するケースまで織り込んで、それなりに歴戦のマギーがイケると踏んだキャシディの作戦でも、しかし、現実には膠着状態となるのだから実戦では何が起こるか分からない。まして、相手の思考など正確にとらえられよう筈もなかった。


 小康状態を幸いと、地面に寝かされているスタンフィールド氏にちらりと視線を向けてみた。血の気が薄い程度ではあるが、やや顔色がよろしくない。大分、肌寒くなってきているし、岩地の地面も冷たかった。下手をすれば日が落ちるまで睨み合いとなるだろうが、しかし、出血が止まったとはいえ、スタンフィールド氏は持つだろうか。

「……痛みが薄れてきた」呻いながらもスタンフィールド氏。

「モルパインが効いてきたかな。一時的なものだけど」屈みこんだマギーは頷きながら、彼の額に触れてみたが、しかし、体温も低く感じられた。


 背の低い岩場とは言え、しゃがみ込めば無法者の射線は完全に遮ってくれる。

「……なにかして欲しいことはある?」と敵のいる岩塊に注意を払いつつのマギーの問いかけに、寝転んだままにスタンフィールド氏が震える唇を開いた。

「……マギーさん」

「うん?」スタンフィールド氏は、マギーの胸を見た。露骨ではないが視線は感じた。いや、本来、顔を見上げようとして胸に遮られたのだろうか。

「よろしければ、むね……て、手を握ってもらえませんか?」

「今、胸って言おうとした?」民兵の女の子の突っ込みに「言ってない」スタンフィールド氏は、力強く断言した。


「……お母さん」マギーがそっと手を握ると、スタンフィールド氏がそう呟いた。

 いや、若い兵士にはよくあることで別に不思議でもないのだが、未婚どころか、一応は乙女であるマギーさんは複雑な気持ちで、二十代後半のスタンフィールド氏の独白を聞きながら手を握り続けた。

「キャロおじさぁ。お母さんはないと思うよ。マギーさん、同い年くらいでしょ」

 民兵の女の子は、敵のいるあたりの岩塊に神経を配りつつ、そう窘めた。

「一応……まだ二十二ですが……」

 マギーの言葉が引き起こした反応は、しかし、心に傷を負わせたかもしれない。

「……誰が?え、嘘」民兵の女の子は、茫然とした表情を向けて言い、スタンフィールド氏は愕然と「え?年下?」と呟いた。


 こいつら、見捨てようかな。マギーは三分の一ほど本気で考えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
十代の乙女…20台半ばの背の高い気のイイおねーさんだと思ってたな。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ