02_07 賞金首
キャシディの見るところ、どうにも容易ならざる戦況であった。A分隊は、高い位置から狙い撃ちにされている。無法者は遮蔽物の多い急斜面や急崖の上に薄く広く散っており、対するA分隊と農民の一隊は、三台の馬車の背後に隠れて縮まっている。
(……なに考えて突っ込んだんだ?小娘の作戦に従うのが気に入らなかったとかか?訳が分からないな)キャシディは腹を立てつつも、兎も角はA分隊を救わねばならない。
人攫いどもは岩や窪みで遮蔽を取っている。小高い丘陵に陣取った無法者どもを真正面から攻撃したとて然程の効果は期待できない。天然の要害だ。連中の弾切れを待つか、とも考えてみたが、A分隊の方が先に力尽きかねない。
「なんぞ手はないかね?」取りあえずマギーとマカロヴァ老人に聞いてみた。手練の斥候と熟練の狩人。なにか良い知恵はないかと頼ってみるが、二人は難しい顔で無法者たちの丘を睨んでいる。
「敵の側面に廻る?」自信なさげなマギーの提案に、マカロヴァ老人が首を横に振った。
「街道を渡らなけりゃならん。バレバレで狙い撃ちだな」
人攫いどもは街道を隔てた北の丘陵に陣取っている。素直に街道を渡っても、丸見えだと老人は指摘する。
「かと言って、大きく迂回するとさらに時間が掛かる。それまでA分隊が保つとも限らない」呟いたマギーだが、突然に指を鳴らそうとして失敗した。
しまらない音を鳴らした自分の指をじっと見つつ、マギーが提案した。
「囮を使うとか?」
「囮?……具体的には?」気が進まない様子でキャシディは尋ねた。
「主力が南西から土手を盾にしながら援護射撃。意識を引き付ける間に別動隊が南東から大回りして、さらに敵の北へと回り込む」
「……悪くはないけど危険な役割だな」キャシディは考え込んだ。
挟撃によって圧力を減じればA分隊も後退する余裕ができるし、立て直せば三方向から人攫いたちを包囲できる。
一方で丘陵地帯で大きく迂回すれば、道に迷う恐れもあった。マギーか、マカロヴァ老人のどちらかを斥候として別動隊に入れる必要がある。そして老人は、B分隊でキャシディに次ぐ射撃の腕を誇っている。消去法でマギーを見た。
「……頼めるかな?」と副保安官。
「……此の侭だとA分隊が全滅しかねない」雇われ斥候のマギーが、物凄く嫌そうな表情をしつつも渋々と頷いた。
「マギーの判断で退いてもいい。命大事で」キャシディの一言は有り難かった。
人攫いどもが用いているカフカ機関銃は、火力は高いものの、短時間で弾薬をばらまくフルオート時での集弾性能はかなり低かった。集弾率とは、銃を固定化して発砲した際に、狙った標的に対して弾着がバラけるか、それとも集中するかを表したものである。
フルオート状態のカフカは、ライフル弾を使用しているにもかかわらず十メートルも離れてしまうと弾着がかなり散ってしまう。屋内など近接戦でも変異獣もズタズタに切り裂く威力の安価な機関銃がカフカのコンセプトで反面、野外である程度の距離を取って撃ち合っている現状、人攫いどもは当たらないフルオートでの使用を避けて、弾を絞るようにセミオートでの攻撃に終始していた。
セミオート射撃に対し、ライフルを持たされたA班の火力自体はそう劣るものではないが、訓練の浅い民兵にとって上方から狙い撃ちにされる状況は、けして楽観できるものではなかった。また全員に軍用ライフルを配布できた訳でもない。ライフル弾は高価で貴重である為、拳銃弾を使用している狩猟用ライフルやリボルバーライフル、先込め式マスケットまで持たせていた。
「糞!当たらねえ!」A分隊の民兵たちも、丘陵の稜線や岩陰から狙ってくる人攫い目掛けて反撃するが、相手は小まめに場所を移動しながら、巧みに連携を取りつつ、嫌な位置から射撃してくる。
すぐ近くの地面がバシンと地面を叩きような音を立てる。至近弾に気づいた民兵は、歯を食い縛りながら馬車へと引っ込んだ。
厚手の木材の荷台に衣服に食料、毛布、材木を山積みにした馬車は、ライフル弾とは言え安価な火薬を用いた弱装弾をかなり防いでくれた。
「頭出すな!ドラン!B分隊は、まだか?!」
「まだですね。予定に拘ってるかもしれません」
呟きながら、僅かに馬車の荷台から顔を出して覗いた民兵が、次の瞬間に顔面を撃ち抜かれて崩れ落ちた。
「参事どもめ。経験の浅い小娘に指揮させてこの様だ」
チェスターは、ライフルに弾を込めながら吐き捨てた。
「ポレシャの保安官、一匹ヒットォ!」
髭面だが精悍な顔つきの人攫いが岩陰から嘲笑を浴びせていた。
ポレシャの保安官殺害は、曠野の無法者うちではちょっとした勲章となるが、それも先日までの話かも知れない。
「脆いな……こいつら、本当にポレシャの保安官か?」
「指揮官いなくなりゃあ、こんなも……ガペッ」笑っていた無法者が、ターバンもろとも顎の半分を吹き飛ばされて崩れ落ちた。
続けざまに銃弾が近くの地面を弾き、その人攫いは俊敏な動作で岩陰へと隠れる。
「東南の方角から狙撃!敵の新手!」
「東南か!」対応して、すぐに遮蔽物を変えた。直後、真横からの射撃が襲ってきて思わず身を竦ませながら、地面へと転がった。
「南からも射撃!」
慌てて這いずりながら遮蔽となる岩へと後退しつつ、叫んだ。
「あー、惜しい……それでも人攫い、一匹ヒットォ」
嘲るような女の声が微かに聞こえて、舌打ちする。
無防備な側面を晒すのを待って、時間差での射撃。
「やらしい手口だ。二方向からの十字砲火。少しは考えてる」気配を窺うが、増援のポレシャ部隊はあまり撃っては来ない。無法者たちと同様、稜線の後ろに伏せて小まめに位置を変えているようだ。時折、嫌なタイミングで発砲してくるので、迂闊に頭も出せなくなった。中距離での撃ち合いに命中率に優れたライフルをまともに運用されると、人数と装備の差で無法者たちも有利とは言えなくなる。
無法者たちは岩陰に伏せつつ、双眼鏡で新手の気配を窺ってみる。時折、小さく動く影が稜線や物陰の後ろに微かに窺えた。ああまで慎重に遮蔽を取られては、そこらの無法者がそう狙って当てられる距離と位置ではない。
「二、三人動いてるのが見えるな、よく統制が取れてる」
最初の連中とは、動きが全然異なっている。あれではマシンガンで狙っても、初弾以外は碌に当たらない。
「……誰だ?老いぼれリーマンも死んだって話だが」
間近の岩陰に潜んでる仲間が忌々しげに唸った。
「ってことは、キャシディ・エヴァンスか」低い声で囁くように心当たりを告げる。
「どんなやつだ」
問われた人攫いは、少し沈黙してから仲間の反応を予期しつつも渋々と言った。
「……餓鬼の頃から保安官事務所に入り浸って、ウォーゲームで遊んでいた。とか」
「ゲーム?」胡散臭そうに鼻を鳴らした仲間に「そう言う噂だ」と吐き捨てる。
失敗したと内心、舌打ちする。保安官の戦術の弟子とでも言えばよかったものを、最初に耳にした時の意外の感から、伝え聞いた噂をそのままに口走ってしまった。
四六時中を法執行官らに追われ、曠野を放浪しての過酷な野外生活を強いられる無法者からすれば、子供の遊びで戦術に熟達したなんて話は納得し難い。だが、そうした部類の人物を「舐めんほうがいい」と一応の忠告をする。
「ゲーム大好き保安官と爺に、名の知れた悪党がさんざ痛い目見せられてる」
黙り込んだ仲間が、十字砲火を形成する丘陵の稜線を見比べてから頷いた。
「チェスターよりは手強いな。少し後退するとしよう」
「……隊長!応援だ!」「やっときたか!随分のんびりとしたお出ましだな!昼寝していたのか?!」
揶揄と品のない笑い声がキャシディの耳に届いた。味方を鼓舞する為に敢えて大声で笑い飛ばしているのだろう。
「大した上から目線だな、チェスターめ」キャシディ副保安官は吐き捨てた。
窮地に置いて陽気に振舞って士気を鼓舞するのは、キャシディには出来ない真似だ。撃ち竦められながらも持ちこたえた指導力は大したものだが、キャシディには嫌いな性格だ。仲間を無駄死させている自覚があるのかさえも疑わしい。
「まあ、いいさ……頼むからもう少し持ち堪えてくれよ」
キャシディは、部下たち全員にゴーグルと度のない眼鏡を支給していた。早朝の丘陵にそれほどの塵は舞ってないが、昼も近づけば暖められた大気に引き寄せられて東の湖の方から風が吹き始める。出来れば、その前に決着を付けておきたい。
キャシディが狙いを定めて、引き金を絞った。射撃は居留地でも五指には入る。無風状態でスコープを使えば120メートル先の鶏卵にも当てられる自信はあった。民兵隊と無法者が互いに使用しているライフル弾は、100メートルの距離でなら大気を切り裂いてほぼ狙った場所に命中する。
位置取りと遮蔽物。武器の性能と弾薬数。そして射撃技術が戦況を左右する。現在、八十メートルの位置をおいて撃ち合っていた。犠牲が出るのを恐れての間合いだった。
(……中々、当たらない!)
位置取りを変えてくるし、此方の場所を突き止めて、連携して牽制射撃をしてくる。初弾のようにのんびり構えて、狙いを定める余裕はなかった。
すぐ近くに着弾したので、副保安官は稜線から後退した。吹き出た冷や汗に背中が冷えていた。
「てっごわい!略奪者みたいな動きしてくる」キャシディは吐き捨てた。
奇襲したにも関わらず、人攫いどもは素早い反応をしてきた。こっちの射撃位置を瞬時に割り出して、対応してくる。場慣れしているのか、奇襲を受けた想定の訓練も積んでいたのか。
至近弾が良くやってくる。キャシディが一番、射撃に優れていると見抜いて、牽制に人手を割り振っているのか。それとも平均的に上手いのか。
「……追剥や人攫いでは、そうないな」
同じように下がっていた部下も「同感」とだけ返して来た。なんとなく視線を向けると、身を伏せながらヘラヘラと笑っている。脅えてないだけ良しとしよう。
(遮蔽。早朝。無風。ベテラン兵。状態良のライフル)
「……当てられる確率は100面ダイスで3%かな」副保安官の呟きに、訝し気に部下が顔を見てきた。
「そんな顔をするな、正気だよ」苦笑しながら、キャラメルの包み紙を取って口に放り込んだ。頬に押し込みながら舐める。緊張しきっていた神経が落ち着いたが、集中力が緩んだ感じはしない。屠殺される直前の豚のようにぜいぜいと耳障りだった呼吸が整ってくる。
無線が欲しい。迫撃砲があればいいのに。いや、そこらの居留地の副保安官が入手できる代物なら、無法者だって使ってくる。互いに手持ちで勝負するしかない。
また至近弾。恐怖と緊張に喘ぎながら、M1ガーランドの挿弾子を両手で操作して外す。ポシェットから取り出した高価な.30-06スプリングフィールド弾を嵌め込んでいく。900メートルでの撃ち合いを想定して作られたはずのライフル弾を使用しながら、その十分の一の距離で当てられずにいた。笑える。
「距離をもっと詰める?」部下が提案してくるが、少し考えてから「いや、此処でいい」とキャシディは首を横に振った。
これ以上、近づくと隠れる場所が前の岩陰しか限られる。ちょっと側面に回り込まれたら、丸見えになるし、向こうの射撃も悪くない。当ててくるかも知れない。
そう説明してから、痛いほどに乾いた喉に無理やりと唾を飲み込んだ。
連中の弾薬は、何発だろう?此方は20人に40発ずつ。およそ800発の弾薬。今は五分に一発ほど撃って睨み合っている。マギーが連中の側面に到着するまで1時間弱。かなり浪費している。時間があれば、弾薬はまた蓄えられる。
(……なにか見落としてないか?思いつかない。まあ、いい。あとはマギーが食らいつくまで待つだけだ。今は、現状維持でも上々の筈)額に汗で張り付いた髪をかき上げてから、キャシディはお気に入りのカウボーイハットを被りなおした。
戦闘領域から東に四百メートル。街道を渡り、やや北へ寄りながら、また西へと四百メートル。銃声が近づくにつれて、マギー以外の三人も緊張で多少、表情が強張っていた。
丘陵の裏側まで辿り着いたマギーは、立ち止まった。
(さて、と。どうするかな)
以前よりも臆病になってるとマギーは自覚した。かつてはもっと勇敢に振舞えた。
失うものは命以外に無かった。
今は、死ぬのが恐い。ニナを残していくのが心配でならない。不具に成り果てて重荷となるのも、ニナが心変わりして見捨てられるのも辛い。
色々と考えると膀胱が縮まった。小休止して岩陰で小用を済ませる。
「皆、小便は済ませた?」他の隊員が、若い娘の言葉に鼻白んだ様子を見せた。どうでもいい。小休止してマギーは岩陰へと向かった。
犬。地雷。狙撃手の待ち伏せ。刺付きの落とし穴。爆薬やクロスボウのワイヤートラップ。注意を払ってきたが、仕掛けられた形跡はなかった。
この先にも仕掛ける時間も無ければ、計画もなかったと思いたい。
大半の無法者は罠を仕掛けない。拠点なら兎も角、一時的な陣地で後背を守ったりもしない。やっても見張りや犬、音を立てる紐付きの缶なんかが精々だ。仕掛け爆薬も、大抵は簡単な仕組みで注意してれば引っ掛からない。
しかし、曠野では装備や技術、思考の読み合いで上手の敵と遭遇することもある。相手の戦術や経路を読んで、必殺の待ち伏せを仕掛けてくる凄腕の無法者だって何処かにはいる。だから、賞金稼ぎなんて何時までもやってられない。
当たるのが百にひとつでも、瓶の何処かに毒入りキャンディーが入っている。毎日、食べればいつかは当たる。でも、年に一つなら死ぬまで生きられるかもしれない。
兎に角、そうした腕利きは大抵、賞金が掛かってるし、名前と同時にやり口が知られている。敵を退却には追い込めても、戦闘で皆殺しなんてまず起こらない。
生き残った賞金稼ぎや法執行官は執念深く狙い続けてくるし、誰か同業者が仇を撃ってくれるように味わったやり口を広めることもある。
グラツィアーノはしぶとい相手だし、射撃も相当の腕前ではあるが、トラップを多用したとの話を耳にしたことはない。無法者も賞金稼ぎも技能や知識、性格、持っている伝手や得意とする武器によって用いてくる戦術は異なってくる。小高い丘に陣取ったのは戦場の流れだ。それはいつものグラツィアーノの戦術の妙だが、一方で後背に備えを置いた形跡は伺えなかった。時間に手間暇と危険を秤にかけてのコストの問題だ。背後に見張りはおいても、罠を仕掛ければ手間暇も金もかかる。三方向と銃撃戦となっていれば、見張りを置く余裕すらなくなる。
街道上、死んだ馬に車輪が外れて擱座した馬車が遠目に見えた。数人の無法者に崖上からけん制されて、A分隊と渡り人らしき農民の数家族は馬車を盾に動けずにいる。
渡り人は、全財産を身に付けて持ち運ぶ習性を持っている。地面に転がった毛布や食糧の樽、雨具やテント、そして馬車そのものを手に入れるまで、彼ら彼女らはどれほど働いただろう。
マギーは持ち物を置いてきた。死んだときには、ニナに託される。死より悪いことはあるだろうか。マギーが動けない不具になったら、ニナは面倒を見ようとするだろうか。あの子の人生の重荷となるのも、心変わりされて見捨てられるのも恐ろしい。
唇を噛み、埒もない想像を振り切ったマギーは、辺りの地形や地面、物陰の罠や待ち伏せに注意を払いながら台地を稜線近くまで這い上がった。そこで中腰となり、そっと覗き込んで敵の位置を確かめてから、攻撃のタイミングを窺った。こちらに神経を配っている見張りはいないようだ。手枷足枷を付けられて地面に転がっている者たちは、連中の『戦利品』だろう。二名が見張りについていた。無法者どもは真正面ではなく、マギーたちの二時から二時半の方向。テーブル上に隆起した地形に沿って陣伏せ撃ちや遮蔽を取っていた。後背に廻るには、恐ろしく聳える岩塊と深淵めいた亀裂が邪魔をしている。斜めから攻め寄せるしかない。
グラツィアーノは手練だ。無辜の農民や旅人を浚い、売り捌いて暮らしてる糞野郎ではあるが、人を殺すなんて屁とも思ってない。ただ、腕が立つのだけは確実なので前に戦った時と同様、きっと今日も厳しい戦いになるだろう。
手元の散弾銃の装填を確かめてから、マギーはトール神に淡々と祈りを捧げた。
(勇敢に、ベストを尽くして戦えますように。良き判断を下せますよう。アスガルドの神々も勇気を嘉し給うよう)それ以上、神々に望むことはない。敵と味方のどちらが生き残るかについては運否天賦。おのれの技量と判断が生存を引き寄せるし、死を招きもするだろう。仲間たちに頷きかけてから、一番手近な無法者の背中に狙いを定めて、マギーはそっと引き金を引き絞った。




