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廃墟の子_18 廃墟の引っ越し


「帰路のさなか、死んでる放浪者ワンダラーを見つけてね。

 それで幾らか積み荷も回収できた」そうお姉さんは、帰還の理由を語った。

「保存食やパンに缶詰めが15、6キロちょっと。給水塔に隠してある」

 事情を説明された少女は、ただふんふんと頷いていた。ただし、微笑みはぎこちなく、何処か顔色もよろしくない。


 一か月分の食料を手土産としたにも関わらず、少女は喜色をあらわにするでもない。床には広げた背嚢に本と缶詰が詰まっている。部屋の家具も小さなものがいくらか減っていた。

「……もしかしたら、顔を出さなかった方がよかったかな」

 少女が顔をぶんぶんと横に振ったので、お姉さんは友人の背中に近寄って猫を可愛がるみたいにゆっくり撫でてみた。

 全身強張っていた少女がため息を漏らして弛緩したのを確かめてから、隣に座り込んで肩を寄せる。

「どしたん?」尋ねたお姉さんに、安堵したのか。少女が涙ぐんだ。

 少女が腕にしがみつき震えてることから、ただ事ではあるまいと見て、お姉さんは落ち着くまで好きにさせた。

「ふ、そんなに私好き?」などと語りかけながら、心細さにまだ震えている少女の背中を擦ったりしてるうち、冷え切っていた少女の体がぽかぽかと大分暖まってくる。


 大分、血の気が戻った少女が深々と息を吐いた。

「色々……いや、何か近づいてきている」

 落ち着きを取り戻した少女が、端的に事情を説明する。その際、町の様子が変だの、畑荒らしだのはほぼ割愛した。長々と話を続けて、第一に対処すべき危険への注意を散らしても仕方ない。とは言え、怪物たちの様子の変化が危険な兆候であることは違いない。そこは折を見て話そうと少女は考えている。


 少女の話を聞いたお姉さんは、近づいてくる一団が最低四人おり、強力な銃器で武装しているとの情報に思い切り顔を顰めた。

「その小集団……放浪者ワンダラーの仲間か、封鎖を警戒して近寄らなかった廃墟漁り(スカベンジャー)か」

 正体不明の来訪者たちが今すぐにやってくることはないと知りつつ、微かに不安を覚えたのか。少し浮足立った様子で天井や壁を見回したお姉さんだが、少女の怯えた視線に気づくと、年上が頑張らねば、と落ち着きを取り戻した。


「いずれにしても、そこまで深く潜ってくるのはちょっと尋常ではないな」

 難しい表情で呟いているお姉さんに、芋と豆を勧めながら少女はぽつりとつぶやいた。 

廃墟漁り(スカベンジャー)の一団であれば、そんな割に合わない探索はしないと思うんだけど、な。見た感じの経験則に過ぎないけど」

 ふうむ、と考え込んでるお姉さんに、少女は自分の考えを伝えた。

「生き残り。という事はないかな。お姉さんの隊商の」

「んあ。ない」とお姉さんが即答する。

「断言する?」

 少し高くなった少女の台詞に、お姉さんは改めて判断の根拠を口にした。

「多分……隊商に生き残りがいたとしても北か、南へと向かうかな。

 北には、パトロール部隊を出せるくらい強力な軍閥の都市のニオヴとかが。

 クロス砦に逃げ込めば。南は、隊商の本拠地だし……」

 考えを纏めながらぽつりと呟いていたお姉さんが、どうにも元気の無さそうな少女の表情に気づいた。



「兎に角、そいつらが来るまでまだ猶予もありそうだし……」

 意気消沈してる少女を眺めてから、腰のポシェットをごそごそと弄って缶切りと缶詰を取り出す。

「桃缶です。とてもおいしい」

 突然、差し出された缶詰に少女は戸惑った。

「食べたことない」

「人生損してる。あー、時々、嫌いな人もいる。気に入ってくれるといいけど」

 勝手に言いながら、お姉さんは缶詰をキコキコと切り始めて、手近なブリキのお皿に盛るとフォークを添えて「どうぞ」と差し出した。


 お姉さんは普段、高価で好物である桃缶を他人に食べさせない。

 浮浪児に盗まれそうになった時に、叩きのめした事もあった。仕方がなかったとは思いつつ、今でも気が咎めている。痩せてきっとお腹を空かせていたのだろう子供を、市場の者たちで袋叩きにした。

 この子とあの時の子で何が違うと、責めるような考えが浮かんできて、お姉さんは首を振った。

(全然、違う。この子は私を助けた。あの子、あの子は……)

 それ以来、市場で姿を見かけたことはない。死んだかも知れない。

 それでも、荒んだ世界で好んで暴力を用いたことは、あんまりないと思いたい。

 居留地の行商人と言った生き方さえ、他人に舐められると危険なのだ。

 旅のさなか、毒を盛られるのでは、と他人の勧めた食事を口にしない時もある。

 それが今は、少女に勧められた芋と豆を不用心につまみながら、好物の桃缶を惜しげもなく与えていた。


 お姉さん自身が少女に毒を入れられるという事はあるまい。とは考えてない。いや、多分、大丈夫とは思ってる。そのうえで毒を盛られても、騙されてもいいや、くらいの気持ちで食べていた。


 桃缶は気に入ったようだ。少女は無言でよく味わうように食べている。

 冷えているともっと美味しいのだが、なんてお姉さんはつらつらと考えていた。

(……なんでこんなに入れ込んでいるのか、自分でもよく分からないにゃあ)

 命の恩人だからか。兎に角、そうしてやりたいのだ。少女を救ってやりたい。

 或いは、僅かな利得の為に汲々とする行商人でも、恩に報いることで、少しでもマシな人間と自分で思いたいのかも知れない。

(ううむ、どうにもよくない方向にくよくよと悩んでる)

 お姉さんは頭を振って、埒もない思考を打ち切った。


 兎に角、持ち帰った食料があれば多分、二か月程度は食い繋げる。

 食料二か月分は大きい。一週間でも隠れて暮らせば、多分、相手も引き上げるだろう。

 それにしても、廃墟でびくびくと鼠のように隠れ潜むのはいかにも辛いし、苦しい生き方だった。生まれる土地が違えば、もっと楽しく、安全な暮らしも出来ただろうに。



 廃墟生活に甘いものは滅多に味わえないと見えて、少女は一心不乱なハムスターのように桃を食べていた。

 が突然、ハッとして手を止め、お姉さんの方を見る。

「美味しかった?」とお姉さん。

「……美味しい」

 遠慮がちな少女の返事に、お姉さんは手を振った。

「全部、食べなよ。高級品だし、そう食べられるものでもない」

 

 産業革命以前の時代さえ、甘い菓子は高価ではあるが実際には庶民層にも食べる機会が侭あった。南方の暑い地方で生産された砂糖は、貿易船を通じて日本にも西欧にも流れ込んでいた。しかし、遠隔貿易と生産が縮小し、土地によっては完全に貨幣経済と流通から断絶している崩壊世界の廃墟の片隅ではどうだろう。甘味と言えば、野生の果物だけが偶の楽しみと言う居留地の住人も少なくない。


「お姉さんにも、好物だよね」と少女が呟いた。

 廃墟生活では滅多に味わえるものではなかろうに、小首を傾けて躊躇していた。

「大人は子供が食べるのを見て楽しむのも有りなのさ」

「言うほど、年齢離れてない」

 ちょっと不満げに唸ってから、フォークに刺した一切れ。

 少女は何を考えたのか、フォークを差し出した。

「あーん」

 お姉さんの前に差し出して、真顔でもう一度繰り返す。

「あーん」

 根負けしてお姉さんは桃を口に含んだ。瑞々しい果肉のつるんとした触感と柔らかな甘さが口内に広がった。

 もぐもぐと咀嚼して嚥下するのを見届けると、少女はひどく満足げに頷いてから、一切れ口にして、また一切れを差し出して来た。


 結局、缶を半分ずつ分け合った。

 少女は残ったシロップをコップに入れてチビチビと舐めては「思考力が戻ってきた」などと呟いている。


 穏やかな雰囲気が流れていた。気の置けない友人と過ごす時間は、お姉さんにとっても心地よく、何時までも浸っていたいとも思えたが、危険が少しずつ迫っている以上、気持ちを切り替えなければならない。


 或いは、まだ時間はあるのだから、此処でもう少し一緒にゆっくりとするべきだろうか。そんな誘惑もお姉さんの脳裏の片隅を過っている。

(……それも悪くない)

 この瞬間が永遠になればいい、とも思う。

 いつ死ぬか分からない。だからこそ、もう少し友人と過ごしていたい気持ちもお姉さんにはあった。

(でもここは……動き出そう。二人で生き残る為に)

 そしてまた、一緒に楽しい時間を過ごす。何度も、何年も、よい時間を重ねていく。そうした未来が欲しくなった。だから、ここは刹那的な道は行かない。

(生き残れる未来を信じて、足掻いて、立ち向かうとしよう)

 この瞬間を惜しむように強く瞑目してから、改めて少女へと向き直った。



「見つけた食料はね。20キロくらいある。回収すれば、最低でも、一か月か、一か月半を食い繋げる」

「全部貰うわけにはいかないよ」と、お姉さんの言葉に肩を竦める少女。

「貰っておきなさいよ……私の命だって重いとは言えないけど、その程度の価値はあるつもりだよ」

 そう告げたお姉さんの中で、考えが纏まりつつあった。

 指を折って食い扶持や日数やらを計算し、俯いて考え込んだと思うと、今度は頷いて顔を上げる。

「で、ここからが提案だけど……一緒に来ない?」

「……ふみゅ?」

 唐突な発言に、怪訝そうな少女が変な鳴き声を返した。


 少し突拍子なかったかなと思いつつ、お姉さんは説得を試みて言葉を探した。

「二か月分の食料がある。その間に居留地で、なにか活計たつきを立てて……

 突然の提案に少女はぽかんと口を開いた。

【住宅街】(ここ)は、危ない……人の故郷にこんな事言いたくないけど、暮らすにはちょっと厳しい」

 お姉さんは一旦、言葉を切った。

「すぐに結論は出さなくていいけど」言った言葉に対して

「うん」と少女が頷いた。

「え、と」

 勘違いかなという不安と、だったらいいなという期待でお姉さんが詰まった。

「うん。行く」

 大きくうなずいた少女の目には、完全な理解の光が広がっていた。

「自宅も安全とは言いきれなくなってきたし。そしたら、もう、ね」と少女。

「そっか」と停止していたお姉さんが微笑んだ。

 愉快な感情が伝染したかのように、へっへっへ、と少女も笑った

「そうか。そっか。うん……よかった」袖を掴んでうつむき、お姉さんが少し震えた。

「ちょっとドキドキしてる。旅に出るのは初めてだし」

 少女も少し締まりに欠けるが、本当に嬉しそうな笑顔をにへら、と浮かべた。


 そうして引っ越すと決めた二人は、急ぎ、準備に取り掛かった。とは言え、時間はそれほどかからない。持っていく荷物は、第二の自宅に運び込んだ荷をそのまま転用すればいい。

 

「わたしは騙すつもりはないけど、あんまり人を信じすぎたら駄目だよ。特にこれから向かう居留地だと色んな人がいるからね」

「うい、了解」

 まだ廃墟を出てすらいないのに、二人とも少し気分が浮ついたのか。お姉さんの精々、重々しげな居留地に関する忠告に少女が頷いている。


 既に給水塔には、かなりの荷が運び込んである。二人分の水と食料。毛布は十分に用意されている。

 途中に井戸があるから、なんとかなると簡素な地図を描きながらお姉さんが説明する。

 曠野は広大無辺なれど、地下水脈に沿って水場が作られ、水場を繋ぐように街道が伸びていく。結果、通れる道はある程度、定まっていた。

 お姉さん曰く、顔を繋いである井戸も幾つかあるとの事で、水を補充できる見込みも充分にあった。



 通りすがりの隊商か、遊牧民。

 まあ、親切なのもいるけど。身包み剝ぎそうなのもいるし

 旅の為の打ち合わせも済み、準備さえ済めば何時でも出発できる。これだけは大事と、日記と熊の縫いぐるみを背嚢に入れた少女が、荷づくりの途中にうんうん唸りだした。

 お姉さんが首をかしげると、浮かない顔色で少女が口を開いた。

「……接近してきてる連中だけど、生き残りってことはないかな?誰かに助けられて、廃墟に逃げ込んだ仲間を回収しに来たとか……」


 都合よく助けられて?と、懐疑的なお姉さんだったが、自身とて廃墟暮らしの少女に運よく助けられた経緯があり、一概に否定する訳にもいかなかった。


 行き倒れた旅人が拾われるのも、ない話でもない。可能性としては、通りすがりの隊商か、遊牧民。対価は取られるにしても、助けてくれる連中がいない訳でもない。   

 同じ程度には、奴隷狩りやら性質の悪い遊牧民に見つかった行き倒れが奴隷落ちしたなんて話も聞くのだが。

「それは、親切なのもいるけど。身包み剝ぎそうなのもいるし……ううむ」今度はお姉さんが悩みだした。

 顔見知りの隊商には心当たりないが、曠野を往来する隊商全てのスケジュールや経路を知ってる筈もなし。

 窮すればらんすとは言うものの遊牧民や旅人、なんなら放浪者や浪人、傭兵に貧しい乞食の群れさえ善良な者らはいる。見知らぬ土地で遭難するも、善良な人に助けられて生還したなんて話をちょくちょく耳にすることはある。

 それ以上に悪党が多く見込みは薄いとしても、有り得ないとも言い切れなかったのだ。


 確かにオーの隊商の構成員は大方が旅慣れており、それなりに腕の立つ者も幾らかはいた。誰かしら生き残っていても不思議ではないし、顔見知りの誰か。オリヴァーさんなり、ミーシャなりが自分を探しに来て窮地に陥ったら、これは後味が悪いなどと言う言葉では片づけられまい。

 

「違うとは思うけど……生き残っているかも知れない」

 長いこと悩んでいたお姉さん。実際には(この娘が優しいのは、別にわたしに対してだけではないのかな)などとガッカリしかけていたのは秘密だが、とにかくも仕方なしと嘆息して少女に尋ねる。

「……確かめておくべきと思うの?」

 少女は、少し悩んでから頷いた。

「二人より、三人。四人の方が、曠野を安全に旅できるかと。それにお爺さんの隊商の人たちなら裏切る恐れも少ないと思う」

 お姉さんは、隊商では比較的に新顔の部類であった。薄情とは思いつつ、自分と少女を優先して廃墟をさっさと離れたいと思っていたが、少女自身は探すべきと考えているようだ。


「ん」

 了承し、立ち上がったお姉さんだが、髪を後ろに纏めながら少女に警告した。

「分かった……ただ、連中。仲間ならいいけど、悪党という可能性もある。充分に警戒しておこう。なにしろ、弾薬をたっぷりと持っているようだからね」





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