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黄昏のガンダルヴァ  作者: 猫弾正
第3章 Z_275年 牛を買い付ける話

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03_50 夜を越えて

 マギーとニナが暮らしている新聞と木板の粗末な天幕がおかれた空き地。と言っても、二人は他所に泊まる事も多いのだが。

「うっひょおおお!」「わお!ルガリエ製!」

 ニナがお猿さんのようにぴょんぴょんと飛び跳ねていた。後ろでトリスが駆け回っている。脳みそお猿さん化光線を当てられた訳ではない。


 二人が手にしているのは、手製の木製クロスボウであった。基本的には粗製乱造されてそこらへんで売っている品物とそれほど変わらず、これで屍者やら変異獣と戦えと言われたら、熟練の狩人でも少し躊躇するだろう代物であった。

 威力も精度もたかが知れている。十五の少女でもなんとか引ける程度の弦に細いクロスボウボルトを番えて発射する。壁に立てかけた段ボールの的のど真ん中を貫いた。十五メートル先の的のど真ん中に段ボールと木材を貫通して、コンクリートの瓦礫に少し傷をつけた。威力は充分。ニナとトリスの二人。いや、二匹はきゃうきゃうと騒ぎながら、再び、家の前の敷地を飛び跳ねたり、はしゃぎまわる犬のように駆け回った。


 ルガリエ地区。穴倉ホールの手土産であった。酷い代物だが、兎も角も頑丈で、そこらで作られたり、居留地で売ってる多くの手製品よりは精度はマシである。クロスボウボルトも、削った木材を簡単に加工した代物で、兎に角、安価なだけが取り柄だが、何処でも買えるし、再利用を出来なくもない。


「巨大鼠を狩りに行こう!」トリスが叫んだ。

 巨大鼠の頭蓋骨は、脆くて柔らかい。それだけに体躯の割に狭い場所にも潜り込んでくる厄介者だが、武器を手にした少年少女でも、数に勝っていればなんとか立ち向かえなくもない怪物として知られている。勿論、多数の巨大鼠に襲われて、抵抗空しく骨まで食まれる哀れな人々も少なからずいるのだが。



 廃墟暮らしのトリスも、何度となく追いかけられたり、追い詰められた事がある。

 つい最近にも、廃墟一帯に煙草を売りに行った際、追いかけられて見知らぬ廃墟に逃げ込む羽目に陥った。トリスがよじ登った壁の真下に巨大鼠が頑張って、高い窓によじ登った状態から、身動きが取れなくなったのだ。

 肉を食べたい。食べさせてと、食べたいよう、とつぶらな瞳でトリスを追いかけながら、よだれを垂らす巨大鼠には、居留地で一緒に寝泊まりするようになった今でも、悪夢にうなされる夜もあった。幸い、戻ってこないトリスを探しに出たニナが駆けつけて、投げ槍で仕留めてくれたものの、トリスにとっては怨み骨髄の害獣なのだ。


「毎日、狩っておかずにしてやるぜ!」トリスが気勢を上げている。ニナも奇声を上げながら、まだぴょんぴょんと飛び跳ねていた。文明崩壊時代の子供たちだから、武器が大好きなのは分かるが、怪物を殺傷可能な武器を与えたのは早まったかな、とマギーは些かの危惧を覚えないでもなかった。

 二人の腕は悪くないし、木製クロスボウも巨大鼠くらいは仕留める威力は持っている。浅いところの狩りであれば、万が一も殆んどないと踏んでいる。



「行ってまいります!」「夕飯までには帰ってきます!」二人の少女は敬礼して、廃墟へと旅立った。勿論、目的地は浅瀬である。何処へ行くかもはっきりと告げていた。こん棒や槍を持ち、厚手の服にプロテクター代わりにタオルを巻き付け、野犬が出ても追い払うことくらいは出来る装備だし、かと言って、身動きも鈍くなってはないので、危険な相手からは逃げ切れる筈だ。


 変異獣や屍者相手だったら、基本的には逃げるようには命じている。いずれ。何年か先には、戦えるだけの装備も都合してやる。だから、今は無理をするな。と、言い含めてある。それでも、保護者目線のマギーは不安を覚えてしまう。些かはしゃぎすぎにも思えて心配になるのだ。とは言え、ニナたちも子供ではない。

 二人の小冒険は単なる遊びではなく、いずれ過酷な世界を旅するための準備であり、訓練であって、マギーとしては見送るしかない。行商の相棒ニナや、いずれ同行させるトリスがクロスボウに習熟することは、悪い話ではない筈だ。


 近所の渡り人(オーキー)の小僧が親代わりの姉の袖を引っ張っていた。

「ねえちゃん、おいらもクロスボウ欲しい」しかし、姉に額を指ではじかれる。

「自分で買いな」「子供のうちに使い慣れないと、上手く慣れねえよ」小僧はぶつぶつと文句を言いながら、未練がましくクロスボウの標的となった段ボールを眺めていた。




 ため息を吐いたマギーも、マギーでやるべきことが多々あった。春の日に、まずは日雇い仕事に出なければならない。冬が明けた今、町外れの人々の時間も再び動き出していた。


 居留地での仕事を探す場として機能している朽ちた駅舎に足を踏み入れれば、茸の養殖場や豚小屋の掃除など、壁には何枚もの張り紙が張られており、隅の方では手配師たちが声を枯らして人を集めていた。もっと割のいい仕事もあったが、マギーは目もくれない。目的である段ボールや天幕を建てる手伝いや、泥や土で作られた掘立小屋の修繕などを引き受ける。三、四時間の仕事で、報酬は食料チケット8クレジット。都市通貨にしたら5クレジットにも満たない半端仕事だが、冬明けにはそうした仕事が沢山、溢れている。


 商人としてのマギーは、一度の行商で都市クレジットにして六百から七百ほども稼いでいる。月に二、三度の行商をこなしているので、商売としての安定性や旅の危険性を別とすれば、マギーは殆んどの市民や土地持ち農民よりも稼いでいたが、そうした日雇い仕事や半端仕事を今も度々、引き受けている。


 余り己を偉いと勘違いしない様に自己を律する為と、地域のコミュニティに顔を出して伝手を繋いでおくこと。地区の人間関係を把握し、噂や景気の動向を伺う事。それにもう一つ。技能や知識を習得し、腕を磨いておく為でもあった。


「家作りの手伝いに来たよぅ」手伝いを募集していた顔見知りのところに、張り紙を携えてマギーは訪れた。渡り人(オーキー)や自由労働者が、他の渡り人(オーキー)や自由労働者を雇う事例もあるものの、相場として大した金は出せない。マギーはかなり金を持ってると見做されているので、顔を出すと驚かれる事もあった。


「あれ?ええんか?大した日当でんよ?」怪訝そうな知人だが「いいの、いいの」言いながらマギーは荷を運んだり、壁を作るのを手伝い始める。段ボールの組み立て方に、テープでの固定の仕方。くい打ちに縄の縛り方。ワイヤーの使い方。藁ぶきの屋根の燻方。木の枝を編む骨組みに、蔦と木槌を使った囲いの作り方。泥や土を使った壁の仕上げ方。細かなコツを含めれば、学べることは幾らでもあった。仕事の後はノートに書きつけ、分からない所は、仕事を引き受けながら考えてみる。何度も学び、時に質問をしながら、マギーは丁寧に知識を蓄積し、技術を習得していった。ニナやトリスも手伝いをしに来る日もあるが、まだ落ち着かない年ごろなのか。狩りや遊びに飛び出していくことも多い。


 マギーは焦らず、淡々と出来ることを増やしていった。日々の合間合間には、行商や商売を行って金を稼ぎ、また身体を動かして、戦闘能力を維持するための鍛錬も重ねている。いずれにしても、実り多く幸福な日々を過ごしているとマギーは感じていた。




 ※※※




 段ボールと布、それに幾らかのビニールとダクトテープ。縄や針金など。渡り人(オーキー)には、家を建てるに当たって数か月から数年掛かりで材料を揃える事も珍しくない。勿論、それはかなり大型の家であろうし、マギーは単なる段ボールハウスという違いもあるが、それでも一応、物資調達の専門家と見做されているだけあって、空き地に広げた資材を揃えるのにさほど苦労はしなかった。


 家の材料を揃えて「これより家を補強します」マギーは腕組みしていた。「はい」「へい」ニナとトリスが頷いた。


「あまり大きな家には出来ないでしょう。するつもりもない」マギーは目的を明確に告げた。段ボールという素材からして実用性に問題があり、強度に限界が存在している。冬までに風雨を凌げて、三人程度で眠れる寝床を作れればいい。とまずは明確に計画を設定する。良い家になれば、冬の間は仕舞うなり、また春になったら手を入れて使うのもよろしい。


「どうせすぐに痛みます。大きくすればするほど、維持に物資とコストが掛かります。維持コストに関しては、月に20クレジット程度までを予定しています」マギーの台詞を耳にしたトリスが、しゃっくりのような音を立てた。

 ビックリしたのかも知れない。それなりの金額ではあるけれど三人で宿屋に泊まるよりは安かった。それにマギーとニナは、行商の旅に出ることが多い為、現状で一番恩恵が大きいのはトリスになる。


「それ以上に大きくするつもりはありません」頷いてから、マギーは設計図を広げて呟いた。

「ええと、まずは……」集めた木材で骨組みを作り、元の新聞と木板の天幕を補強しつつ、組み合わせるように改築して防水用のニスを塗り付ける。作業は一時間足らずで終わった。眠る際、足を少しだけ伸ばせて、地べたに新聞と毛布を敷くよりは、大分、マシな寝心地になった。


「これでよし。いきなり大きな家を作っても、維持に苦労します」マギーは頷いた。

 トリスは微妙そうな顔をして天幕を眺めており、ニナは肩を竦めて「それはそれで楽しいかも」と発言した。

「そんな気力はないです」マギーは実際、他のタスクが積み重なっている。二人の少女を養いつつ、様々な計画を立てなければならないのだ。

「一気に作った方が資材も時間も、少なく済むけど、今は経験値を積む時間と割り切ってください」マギーの言動や行動は比較的に妥当、かつ効率的な事が多いので、ニナとトリスは素直に肯いた。





 夕方が近づくと、三人で夕食の準備を始める。一日の楽しい時間だった。これからはトリスも一緒に暮らすのだ。段ボールの天幕は、まだ少し狭いが、どうせ夜には誰かしらが見張りに出るから大して変わりない。


 春の始まりには、冬の間にバリケードが壊れてないか、自警団が見回りを行っている。二、三年前の巨大蟻の大規模な襲撃と暫く、散発的に続いた襲撃で、バリケードは各所が痛んでいた。ここ暫くは資材の補充が間に合わずに、補修しきれない場所も少なくない。目が届かない場所で怪物や屍者、変異獣などが入り込んでないとも言い切れなかった。


 主要な通りや目立つ場所に関しては、武装した自警団が巡回し、また、高所に見張りを置いていた。例え、十匹やそこらの屍者や巨大蟻、コヨーテだの肉食のゲッコーが侵入しようとも、火縄銃とクロスボウ、弓の斉射で片づけられるだろう。それでも、薄い路地やら廃屋などの抜け穴には見逃しも多かった。通りなど目立つ個所は封鎖しているが、屍者や怪物が人知れず居住区まで浸透してこないとは断言できないのだ。


 夜更けから明け方までは、町の辻などでランタンやドラム缶の炎が燃やされるが、迫る闇に掲げられた明かりはか細く、弱々しい光でしかない。町外れの人々は常に不安を抱きながら、守りやすい路地の入口に荷物を積み、或いは近所の人間同士が集まって不寝番を置きながら、夜が明けるまでを耐え忍ぶのだった。


 マギーや隣人リリーが暮らす空き地の守りは脆弱だった。四方に朽ちた廃屋が佇んでいるものの、どちらからでも侵入することが出来た。比較的に守りの堅い大通りに近いとはいえ、マギーは引っ越しを検討しているが、それほどいい場所は見つかってない。それほどの時間を割いた訳でもないが、いい場所は大抵、他人が占めているし、他の場所は、ひと気が薄いだの、廃墟や曠野に近いだのと何かしらの欠点があった。怪物が住み着いてるかも知れないトンネル近くなども気が進まない。


 手持ちの武器が脆弱で、貧弱な段ボールの家に住んでいる限り、不安は払拭できないのだろう。それは町外れに暮らす貧しい渡り人(オーキー)や自由労働者の殆んどが抱いている不安でもあったのだが、マギーは腕利きの行商人でもあった。時間さえあれば解決できるのではないか、とも考えていた。しかし、絶対の自信がある訳でもない。


 鍋で鶏肉と豚肉、大根やキャベツを煮込みながら、マギーは考え込んでいた。

(一年……は、無理だな。二年か、三年。あと三年あれば、何とかなるか?)或いは今、無理してでも資材を集めて、一気に家を建てるのが正解なのだろうか?

 どちらを選ぶにせよ、それなりのリスクとメリットが存在している。

 正解が一つではないように、きっと陥穽も一つではない。比較的に生き残り易いと思える道を模索しつつ、マギーは答えのない日々を生きていた。時には、他人に思考を委ねたい弱気にも襲われるが、ニナもトリスもマギーを頼りにしている。


「……予定だと、今はまだオーの弟子してる筈だったんだけどな」マギーは苦笑して、取り皿を手に取った。

 マギーが多めに食べるとしても、三人分には些か多かった。隣人の隻眼の娘リリーはもう寝込んでいた。一応の誘いをするとして、煮込み料理である。食べなければ、暖めて翌日の朝食に回せばよい。


 本当は、一生をオーの隊商の一員で過ごしても良かった。年老いても健脚の老商人になるのだろうと将来を思い描いていた。今は、生き残るために拠点を築いて、徒党を組まなければならない。己だけではなく、面倒を見ている者たちの為にもだ。

 ニナがリリーを誘いに、段ボールの小さな家へと駆け寄っていった。こんな時でも槍を手にしているのは、万が一、リリーが転化してゾンビになっていた際、抵抗できずに喰われるのを避ける為だった。元気のなさそうなリリーは単に軽い体調不良か、気分が沈んでいるだけだろうけれど、暖かな食事で癒せない病気であったり、或いは、屍者に噛まれている事だって、無いとは言い切れない。何時、誰と別れる羽目に陥るのか分からないのが、町外れでの暮らしであって、それでも大半の居留地や曠野での廃墟暮らしよりは遥かにましなのだ。


 天幕をそっと覗いたニナが跳び退って槍を構えたけれど、リリーがぶつぶつと言いながら、出てきた。どうやら不気味に唸ったのを勘違いしたらしい。今はまだ生きてた。そして輪になって腰かけると、礼を言いつつも遠慮なく食事に手を出した。

 それでいい。今はまだ小さな段ボールの天幕だが今年一年、建物を建てるノウハウを積んだら、来年には、もう少し頑丈な家屋を作り始めよう。


 五人、六人と、広がって眠ることが出来て。屍者が体当たりしても持ちこたえて、変異獣が忍び込めない程度に頑丈な家屋を。武器も揃えよう。相応に戦えるだけの武器と弾薬も。それくらいの金と資材を調達するだけの腕は、今のマギーにはある筈だった。


 街路の向こう側から小さな影が駆け寄ってくる。ココだ。手を振ると、振り替えしてきた。その場で飛び跳ねてみせる動作は、屍者ではない、人間だという証明のようなものだった。近寄ってきたフードの少女を掲げ上げると、酷く軽かった。「冬をやっと越えた野良猫みたいに痩せてしまったな」言うと、マギーはココを抱え込んで席へと戻っていった。


 五人で一緒に食事を取る。好き勝手に眠るココは頼りにならず、リリーは調子悪そうであったが、深夜の見張りにも、それほど心細さは感じないで済むだろう。










 ズール暦 275年 3月中旬


  所持金_8536 都市ズールクレジット


  ※5都市ズールクレジット=食費1日分 麦パン主体の食事




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