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03_47A 寄る辺なき者

 黄昏の世(トワイライトエイジ)における旅人の暮らしは、時には死と隣り合わせの辛く厳しい日々であった。曠野での放浪は、ある意味で中世暗黒期のそれよりも危険に満ちた過酷な暮らしを強いられる。安全な定住地は限られており、旅する者たちは盗賊や屍者、変異獣や巨大蟻、飢えた獣たちの脅威に晒されていた。だが、それでも旅人たちは歩みを止めることはない。生活の糧を得るために、安住の地を探すために。


 かつての文明の残骸が散らばる不毛の大地での終わりなき放浪に疲れ果て、定住を望む旅人も少なくない。しかし、一見、安定しているように見える居留地や集落での生活も、実態は脆いものだった。居留地の多くは、怪物や略奪者の襲撃に脅かされ、食糧や燃料の不足に苦しみ、貧困や暴力が何処にでも蔓延っている。飢饉や戦争、襲撃によって、一夜にして築き上げてきたなにもかもを失うことも珍しくない。


 定住している人々も、積み上げた土嚢や木柵に拠りながらクロスボウや火縄銃を握って日々を辛うじて生き延びているか、或いは、廃墟の中で細々と生き延びているに過ぎなかった。結局、生きる手段が違うだけで、人々は皆、黄昏の世をさまよい続ける旅人なのかもしれない。




 自由労働者の大半は、近隣の小集落や農村から都市や大規模居留地へと出稼ぎに来た労働者だった。帰る故郷があり、家族や血族が残っている。例え、故郷を飛び出してきた若者であろうと、各地を転々とする放浪者であろうとも、自由労働者たちは渡り人(オーキー)とは異なっている。


 渡り人(オーキー)には、帰るべき故郷はない。彼らは、寄る辺を喪ったものたちだからだ。戦争で。災害で。飢饉で。変異獣の群れや、屍者の行進で。略奪者の襲撃で。故郷の村や町、都市を失い、終わりなき漂流を定められた人々であった。だからという訳でもあるまいが、渡り人(オーキー)たちは、比較的に他の旅人。放浪者や牧童、行商人や旅芸人などを歓迎した。ある種の同病相憐れむ(シンパシー)がそこにはあったかも知れない。


 黄昏の世にも、旅芸人はいる。厳しい生活環境の中でも、人々は娯楽を求めるし、芸に対する対価を惜しまない者もいる。しかし、それだけで生計を立てるのは難しい。ましてや、居留地の外れや廃市街では、人間よりも屍者ゾンビや飢えた獣に出くわす可能性のほうが高い。そして盗賊たちも度々、旅芸人たちの前に立ちはだかった。


 しかし、そうした略奪者や盗賊であっても、敢えて旅芸人たちに危害を加える者はそれほど多くはなかった。大抵の場合、旅芸人たちはそれほど裕福ではなかったし、彼らの芸や話術は、退屈な野外生活にとって格好の暇つぶしにもなった。加えて、各地を旅する旅芸人たちは、情報通で様々な土地のうわさ話や面白い話題にも通じていたからだ。



 ポレシャはかなり富裕な大規模居留地で、しかし、その防衛力と強力な戦力から盗賊も滅多に近寄らず、略奪者の徒党さえ対立を恐れて通常取引に終始する程であった。数年前、数百匹もの巨大蟻の軍勢に襲われたが、それを粉砕し、女王蟻を売り飛ばしたことはあまりに有名で、部下からポレシャを襲う提案をされたある略奪者の女頭目が、「ポレシャを襲うつもりか?それともあたいを奴隷商人に売り飛ばしたいのかい?」と却下した逸話でも知られている。故に、辺土の隊商や鉱夫団、遊牧民の小集団などはこぞってポレシャでの冬越えを望んでいた。


 旅芸人たちの小さな旅隊キャラバンが面会を求めた時、市の議員たちはかなり胡散臭そうに旅芸人の団長を眺めていたが、旅芸人ギルドの認定書と団長を何度も見比べてから、最終的には門前町の大広場の片隅で冬越えすることを許可してくれた。どうやら、自由都市で昔開いた公演の記録が評議員のなにがしの記憶に残っていたようだった。


 門前町の大広場には鉱夫団や職工団、小規模な隊商、牧童や遊牧民などの一行も冬越しのための宿営を行っていて、いくつもの馬車が停まり、大きな天幕も張られていた。同じく辺土を旅する集団同士。古い顔馴染との再会に互いの無事を喜び合って抱き合い、或いは、昔話に花が咲いてと、あちらこちらで懐かしい笑い声が響き渡った。


 黄昏の時代(トワイライトエイジ)に、芸に金を出そうという酔狂な人物はあまり多くはない。小さな集落や農村などでは大抵、食料や薪、木工品や数日の寝床の形で対価を支払われることが多い。



 サラは普段、相棒の写真屋と二人で各地を放浪している。偶々、ポレシャに向かう途中、知り合った団長の好意と組合証で旅隊キャラバンに加わったのだが、同業者には身体を売る娘もいた。サラ自身は身に着けた軽業やジャグリングなどの受けも悪くなく、副業も持っているので、今まで生きるために身体を売る必要はなかった。これからも、そうありたいと願っている。副業は――賞金稼ぎである。


 黄昏の世(トワイライトエイジ)に芸だけで食べていくことは難しく、旅芸人たちはそれぞれに生き抜く術を持っている。それは必ずしも戦う技術とは限らずに、話術であったり、或いは鍛冶や鋳掛の技。機械の整備や修理。木工や彫金、大工仕事、変装、薬草の知識や調合、医療、縫物や服飾、軽業に動物使い、乗馬。人によっては掏摸や鍵開けなどを得意とすれば、各地の法律資格や知識に長じている者もいる。


 幸いと言うべきか、娯楽の少ない退屈な冬にポレシャ市民や居住者たちはかなり気前が良かった。ポレシャ近郊でしか使えない食糧チケットや農村貨幣のおひねりも多かったが、鉱夫団の団長が紹介してくれた赤い鼻をした両替屋の老爺は公正で、為替相場の実際レートに12%から20%ほどの手数料で都市の広域紙幣やらポレシャの正貨へと替えてくれた。ポレシャの正貨は、春や秋の収穫期に小麦と交換できる。そして、質のいいポレシャ小麦は、自由都市や各地の交易市で高く売れるだろう。


 他に豆や芋、塩に薪、布や針と糸などを買い込むには、地元の通貨でも十分で、馬車の修繕にも、ゆっくりと取り掛かれそうだった。スリの子に、この冬は仕事をしないように団長が入念に釘を刺していたが、サラも見張るように頼まれていた。

 

 兎も角も、この冬は穏やかに過ごせそうだと、一座の大人は誰もが安堵に溜息を洩らしていた。小さな村での滞在と大型居留地での滞在は、やはりいろいろと勝手が異なっている。僻地の村に滞在した時など、冬に食べ物の尽きた村人が旅隊の馬車に盗みに入った挙句、一座の方が濡れ衣を着せられ、村人に襲われそうになって這う這うの体で逃げ出した事などもあったそうだ。あくまで団長の話では、だが。


 時がゆるやかに流れて冬が始まった頃、しかし、強姦殺人が発生した。被害者はすぐ近場にある酒場の親切な女給で、宿営地の人々とも比較的に交流を持っていた。旅芸人たちもよく出入りしていた酒場の若く美しい娘が被害者との事で、痩せた副保安官が幾人もの保安官補や自警団員を連れて乗り込んでくると、旅芸人の皆のアリバイを……特に仲間同士の証言は信用せずに、宿営地近くの住人たちの証言で入念に確認したのには、誰もが腹を立てた。兎も角、痩せた副保安官は、それでも誰かを強引に逮捕することはなかったが、一方で、流れ者である一座の人々に近隣住人からの猜疑の目が向けられるのは避けられなかった。



 畜生、と石を蹴り飛ばしているのは一座の若者のケインで、他にもカイルやノア、ジンなども指紋や髪の毛に唾を取られた。それで容疑が張れるならと、男性一堂は大人しく聴取と遺伝子検査に応じたものの、かと言って、それで疑いの目がなくなったわけでもない。特にまだ少年と言っていい若さのカイルやノアなどには応えたようだ。女給の娘は、旅芸人にも親切に色々と町の事を教えてくれたし、商売でも愛想が良かったので、少年少女らは懐いていたのだ。


 女給の娘が渡り人(オーキー)の出で、ポレシャに居つくまでは各地を彷徨っていた経験があったのも、彼女が旅芸人一座に対して親身になっていた理由の一つかもしれない。


 兎も角、件の酒場は火が消えたように活気が失せてしまったし、両替屋の老爺もすっかり元気を無くしていた。赤鼻の老爺にとって入り浸っていた酒場の女給は、娘のように可愛がっていた相手だったようだし、女給娘の親しい友人だったと言う青年も度々、訪ねてきては怪しい者を見かけなかったか、いまだに聞いて回っている。


 しかし、市民でもなければ、正規居住者でもない娘の死に対し、保安官事務所はどうにも熱心さに欠けているようで、他所者一人の死は、町の秩序を揺るがすほどの事件ではなく、衝撃も時間とともに風化する運命にあった。

 

(そう言えば、マギー。市の保安官補に任命されたと耳にしたけれど……)

 昔の知己のひとりに心当たりがあった。木っ端役人とは言え、捜査の状況のひとつも聞ければいいとサラは思いつつ、しかし、再会が中々できずに日は過ぎていった。




※※※※




 冬市でも稼いでいる一部の商人は、暖かな衣服に身を包み、穏やかに燃えている炭団子の傍らでぬくぬくと時間を過ごしていた。今も昔も、富める者は火の傍で過ごす。

 ニナの目の前、マギーがちょっと駄目気味になっていた。

「昔の人は言いました。非課税の現ナマほどうまいものはない、と」商売上手のマギーちゃんは、ぐふぐふと不気味に笑いながら、札束と貨幣を数えている。


 ニナとマギーは、裕福な商人用スペースの一角で過ごしていた。一時間を2~3の居留地クレジットで暖まることが出来る、かなりお得価格の休憩スペースだった。基本的に下層地区における税金は、僅かな地代と労役の形で掛かるようになっているのだが、零細行商人でありながら、上手く稼ぎ続ける女が此処に一人。マギーとニナの手持ちは都市通貨で七千を越えていた。十年稼いだなら七万、などとマギーは皮算用を決めている。勿論、そんな上手くいくとも限らないが、しかし、七万あれば、店舗を構えたり、隊商を整えたりできるかもしれない。或いは、それでも足りないかも知れないが、しかし、無一文よりは随分とマシである。


 燃え盛る火の上では、大鼠が丸ごと炙られていた。マギーちゃんは、暖かな火の傍で身体を暖めながら、傍に積んだ肉の山に手を伸ばすと、ペロリと食べた。此の侭では、ジャバ・ザ・ハットに一直線かも知れないとニナが戦慄する。

「偶にはのんびりする日があっても良いと思います」言い張るマギーの隣で、ニナが毛布を敷いたベンチに楽な姿勢で寝ころびながら、冬の市を眺めてみる。


 冬市の品揃えは、日を追うごとに乏しくなっている。開始から一か月ほどで当初の四分の三ほどまで減っているように見えた。売れたらそれきり、補充も殆んどされなくなってきている。元より、春から秋までの間に貯めた不要品を冬の前に放出し、現金なり、必需品に換えるための時限の市だから、どうしたって在庫は減っていくし、客も少なくなっていくのだ。何時までも顔を出してるのは廃墟漁りくらいのものだが、めぼしい品は見当たらない。それでも元手と伝手を兼ねた地元商人なら、まだ小銭を稼ぐ程度は出来るけれども、長居をするほどの魅力はなかった。元手がある商人ならば、近隣の小さな集落や地区、農村などを巡って物資を買い集め、まだいくらでも稼げるのだ。それは居留地の他の行商人たちが稼いでいる方法でもあった。


「12月一杯かな」ふと洩らしたニナの呟きに「そんなものかね」マギーも同意した。手のひらに息を吹きかけながら、伸びをしたニナも、手を伸ばしてお肉を手に取った。

「お金に余裕があるって、素敵だなぁ」ハムハムと食べながら、呟いてみる。

「税を払ってないからね、それに生活費も少ないから」マギーが言った。

「家を作ると維持するのに色々と掛かる。今みたいには節約できなくなる」マギーの指摘に、ぬぬ、と悩ましげに唸るニナ。



 下層地区の吹けば飛ぶような小屋でさえ、僅かな木材に段ボールとダクトテープ、或いは土や泥、牛糞(‼)に藁ぶきの屋根、天幕でも布に針金と、維持し続けるには資材を消費することになる。大きめの家になればなるほど、維持するのに金や資材、手間暇が掛かるのだ。それでも、段ボール小屋くらいであれば、問題なく維持できる目算も立っている。

「大丈夫、大丈夫。稼げる方がずっと多い。そして来年の夏や秋には、今年と違って雨や風に慌てて逃げ回ることもなく、冬まではのんびりと過ごせるようになっているよ」ニナの頬を撫でてマギーは保証した。

「……本当にそうなるといいねぇ」抱き着いてきたニナがマギーを見つめた

「本当に本当」札束と貨幣をしまい込んだ袋を揺らして、自信ありげにマギーは言葉を続けた。

「再来年には……三年後、四年後かも知れないけど、もっといい家を建てよう。屋根用に藁だって買えるし、壁用に土や泥を買ってもいい。今年よりも来年、来年よりも再来年はいい年になるよ。なにもなければ、ね」

「でも……ずっと、来年も再来年も稼ぎ続けなければ、駄目なんだよね」とニナ。

「生きるというのは、そういうことだよ」マギーは微笑んで、摘まんだ肉の欠片を口に放り込むと指を舐めた。

「少しずつでも自分の意志で前に進める。それはとても幸せな事だ。奴隷や、貧困に踏みにじられている人間には、それさえ許されないんだから」

「うん」ニナは深く息をついて、空を仰いだ。冬の空は鈍く灰色に曇っていて、夜でも星の一つも見えない。それでも多分、来年はきっと、もう少し暖かい場所で過ごせているだろう。再来年やそのさらに先については、もう想像もつかなかった。



 兎も角も、ニナは幸せだったし、マギーもそう見えた。二人は仕事にも、金にも困っていないし、飢えることもない。冬の間は、暖かな火の傍でイチャイチャできる。


 ニナは欠伸をかみ殺した。動いて、食べて、暖かい。眠くなって当たり前だった。仮にも廃墟だけれど、冬の市の商人向けスペースで、商人たちは銃火器などで武装しているし、護衛やら見張りやらもいる。いきなり動ける屍者が飛び込んできたって、対応する時間くらいはあるだろうと考えれば、寝てもいいかなと言う気がして、うとうととマギーに身を預けた。



 

 ※※※




 サラとマギーの再会は、別に偶然でもなんでもない。マギーとニナは、ほぼ毎日を冬市に顔を出していたし、旅芸人一座の買い出しに付き合ったサラの方は、少しでも安い薪や値段の割に質のいい食材を入手するために、冬市を熱心に見て回っていたからだ。年少者の面倒を見るのが、サラに押し付けられた仕事で、中には初めて見る大きな市場に興奮仕切りの少年少女もいるが、兎に角も見失わないよう取りまとめていた。


 廃墟で開かれているという冬の市には、近隣の農民や炭焼き、それに廃墟生活者や廃墟漁りなどが露店に商品を並べていた。さらには下層地区の住人や近隣の廃墟生活者、放浪者や村人たちも顔を出して混みあっている。それでももっとも盛期だった開催当初に比べれば、随分と人出も減っているそうだ。幾度かの交渉を経て旅芸人たちがかなりの荷を背負いこんだ頃には、冬の寒さが身体に染み込んでいた。

 廃デパートの一角にある火に当たらせてもらおうと歩み寄っていた時、サラは、そこにかつての上司の姿を見出した。


 人だかりの向こう、ふと目についたのは、大きな布に囲われた一角。風を防ぐように張られた粗末な布の隙間から、ちらと見えたのは、暖かな火の傍らで札束を数えている、着ぶくれしている女商人。襟付きのコートを羽織り、傍らには肉の塊を載せた皿を置いている。傍には、暖かそうな毛布を敷いたベンチに寝転がり、悠々と冬市を眺める美少女が侍っていた。


 女商人は、妙に顔見知りに似ていた。サラは半信半疑で目を眇めた。伝説的な賞金稼ぎの一団、かつてはその幹部の一人として仰ぎ見た気高い女が、火の傍らでぬくぬくと過ごしながら、札を数え、湯気を立てる肉を食らっていた。冬市で見かける者たちの多くが、腹を空かせ、僅かな炭を惜しみ、寒さに震えながらも、なんとか冬の一日一日を生き延びているのに、女商人は寒さも、貧しさも、関係がないとでもばかりに、何の不自由もなく寛いでいる。ついでに美少女も侍らせている。


 幻滅を覚えたのか。サラは、思わず呻きを漏らした。慄く声に気づいたのか、札束を数えていた女商人が顔を上げて、これは以前と変わらない鋭い視線がサラを捉える。

 一瞬の沈黙の後、女商人は口角を上げ、ぐふふと不気味に笑った。

「――やあ、サラ。久しぶり」

 マギーの傍らで怠惰な猫のように毛布に侍っている美少女を見て「……なんでぇ、あいつ」少女のリゼットが面白くも無さそうに呟いたが「……妙な真似はしたら駄目だよ?命の保証は出来ないからね」サラは釘を刺して歩き出した。


「やあ、保安官補」サラが挨拶すると、鷹揚に手を挙げたマギーが、ナイフとフォークを持ったまま肯いた。

「昼飯は食べた?一緒にどうかな。大鼠の肉だが、此処の養殖されたのは中々にうまい」呑気にそんな事を言ってる。

「あ、うん……」戸惑い、迷いつつも、サラは切り出した。

「この間、あなたの地区で起きた事件……被害者が知り合いなんだ」

 マギーは目を細めたが「……捜査は進んでいる?」サラはやや性急に踏み込んだ。

 少し鼻白んだ様子でマギーは「部外者には話せないかな」

「賞金稼ぎとして気になる。私は少なくとも、悪漢の仲間になる人間ではないと知ってるでしょう?」言ったサラをじろじろと見て、マギーは、ふうむ、と唸った。

「犯人の精液を鑑定に出した。後は怪しい容疑者を抑えたら、鑑定に出して一致すれば、捕まえられる」小声で明かす。

「めぼしは?」サラが尋ねると、「それが全然」とマギーは首を振って続けた。

「ただ、次の事件は起きてないから怨恨じゃないかって見方もあるねぇ」他人事の呑気さでマギーは呟いている。実際に他人ごとなのだろう。


「それじゃ捜査は殆んど進んでないのか?」横から苛つきを隠し切れないケインの質問を、なんだこいつは?とでも言いたげに一瞥したマギーは、ベンチに侍る美少女を抱き寄せた。

「あまり、熱心には見えないよ、マギー」サラが首を振ると、マギーは微笑んだ。

「人は誰しも、稼がないといけないからねぇ。保安官は副業のパートタイムなんだ」

「姉ちゃんが死んだんだぞ!あんな、無残に……」ケインの言葉にマギーは煩そうに眉を顰めたが「うん、危険だから、君たちも用心しなさい」口に出してはそう言った。

「……豚が」リゼットが吐き捨てた。

「……なんて言った?」美少女が眦を吊り上げ、リゼットを睨みつけた。


「……おい。そこの。今すぐ、訂正し、謝罪しろ」美少女が怒りを抑えた声でリゼットに告げた。

「あんたは豚だよ。すぐに保安官バッジを返して、豚小屋に帰りな!」リゼットの罵りに「ぶっころ!」美少女が立ち上がった。肉食獣めいた、しなやかな動きだった。昔のマギーを思わせる動きに、どうやら、体術の師匠としては衰えていないようだ、とサラは他人事のように思った。どうするんだ、これ?



 十二月中旬


  7245クレジット





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