新しい推しができました1
ついにこの日が来てしまった。
「わ、お嬢。スッゲー綺麗にしてもらったじゃないっすか」
「ありがとう私もそう思う」
アルの褒め言葉にそう答える。
普通に考えるとナルシストっぽい発言だったかもしれないが、これにそういう意味合いはない。
前世や前前世の姿とは全く違うセラフィナの容姿が、あまりに整いすぎているため、鏡に映った自分がどこか他人みたいに思えちゃうのよね。
ちなみに私の支度を終えた侍女たちが出て行った後なので、今自室にはアルとふたりだけだ。
まだ混乱……じゃない、信じられないけれど、日が経つのは早いもので、婚約のための顔合わせの日を迎えてしまったのだ。
そう、今日これから王宮にて顔合わせが行われる。
『婚約は不本意ですけれど、うちのお嬢様がとにかくものすごく美しい女神であることは知って頂かないといけませんわ!』『そうです、間違っても見くびられるようなことがあってはいけません!』と息巻いた侍女たちが、前日から私の準備をそれはもう頑張ってくれた。
肌や髪のお手入れやらマッサージやら、今朝もお風呂で隅々まで磨かれた。
そのおかげで今日の私は、いつも以上に非の打ち所がないくらい美しく整えられている。
ちなみにフローラはというと……。
『お姉様が婚約だなんていけませんーーーーっっ! 反対! ぜぇーったい! 反! 対!』
婚約が知らされた日、そう叫び髪を振り乱して全身全霊で私の婚約を反対していた。
どうやら第二王子は、私の相手としてお気に召さなかったらしい。
もちろんフローラは王子本人に会ったことはないはずだが、その評判と噂で不合格の烙印を押したようだ。
しかしこの婚約を無効にすることは不可能だと知ると、手がつけられないくらい暴れた。
使用人たち五人がかりで大人しくさせ説得を続けた結果、とりあえず暴れることはなくなったのだが……。
「『相手のクソ……じゃない、第二王子がお姉様に相応しいか、実際に私がこの目で確かめなきゃ!』って朝から騒いでついて来る勢いだったので、自室に軟き……いえ、閉じ込……いや、なんて言えば表現が柔らかくなりますかね?」
「……アル、言い換えが多すぎて取り繕うにはもう手遅れよ。というかフローラ、いつからそんなに口が悪くなったのかしら……」
あんな形相で暴言を吐くフローラを、初めて見た。
あははとアルは笑っているが、いつも天使な妹の知らない顔を見てしまったようで、姉としては複雑である。
というかあの子、顔合わせについて行こうとしていたのか。
そしてそれを阻止するために、部屋に閉じ込められてしまったと。
「顔合わせに同席って、それはそれで第二王子がフローラに一目惚れしたりなんてしちゃって、面白いことになりそうな気も……。そうしたら私はお邪魔虫? いかにもなラノベ展開ね。フローラは文句なしにヒロインの要素を持ち合わせているし……」
「なにワケわかんねぇことブツブツ言ってんですか。そのオヒメサマみたいな格好でおかしな言動は慎んで下さいよ。違和感がすげぇから」
確かに。
元オタクの心をなんとか押し込めて背筋を伸ばし立ち上がる。
私によく似合う、金の刺繍が入った深い青のドレスの裾がふわりと広がった。
「さあ、行くわよ」
「うぉ。いきなり切り替わらないで下さいよ、ビビるから」
相変わらず失礼な護衛ねと思いながらも、普段と変わらないアルに少しだけほっとしつつ、私は王宮へと向かうべく自室を出たのだった。
「それではこちらでお待ち下さい」
「ありがとう」
顔合わせが行われる貴賓室に案内してくれた侍女に、笑顔でお礼を言うと、侍女はぽっと顔を赤らめて退室して行った。
原因は多分、正門前で花びらがついていますよと侍女の髪に触れて取ってあげたことだろう。
いや、その後『あなたの髪色に似合う色の花びらだったので、そのままでもかわいらしかったのですが』と声をかけたやつかもしれない。
扉の側に控えているアルの、「こんなところでもファン増やすなよ」という心の声が聞こえた気がした。
もうこれは自然と身についてしまっているものなので、とやかく言われても困る。
さて、そんな侍女の様子に気付いていない両親も、微妙な表情で私の隣に座っているが、言葉少なだ。
公爵家とはいえ、あまり地位や権力に興味のないふたりのことだ、今回の婚約話を勝手に決めてしまって私に悪かったなぁとか思っているのだろう。
まぁ結婚相手を自分で決めさせてくれるかもという期待もちょっぴりあったけれど、腐っても公爵家のお嬢様だもんね、こういう展開になることはある程度覚悟していた。
先日のパーティーで見た第二王子の姿を思い出す。
顔は文句なしのイケメンだった。
むしろ好みの。
人間性という話になるとまだよく分からないが、私を心からかわいがってくれている両親が、渋々とはいえ婚約を受け入れた相手なのだから、そこまでひどい人間じゃないはず。
……と思いたい。
それにあの日のパーティーでの言動だって、少々冷たい印象ではあったけれど、もしかして――。
そこまで考えた時、貴賓室の扉がノックされた。
扉が開かれると同時に、私と両親は立ち上がって頭を下げる。
「待たせたな」
「お待たせいたしました」
たったひと言なのに、威厳に満ち溢れた声。
国王陛下夫妻だ。
足元しか見えないけれど、第二王子もおふたりと共に入室し、ソファに腰を落とした気配がした。
顔をあげて座ってくれとの声に、両親と私も応える。
失礼にならないように、ゆっくりとその顔に視線を移す。
……改めて見ても私好みの美形だ。
まじまじとは見れないが、神秘的なオッドアイも彼にとても良く似合っている。
あ、遠目で見た時は真っ黒な髪だと思っていたのだけれど、毛先がところどころ青みを帯びているのね。
不思議、でもそれも似合っている。
うーん、本当に見た目は好み、どストライクだわぁ。
……っていうか、推せる。