出会いは突然に2
か、かっこいい……!!!!
招待客から少し遠巻きにされたその人物は、他とは全く違うオーラを放っていた。
すらりとした長身、整った顔立ち。
さらりと流れる黒髪。
そしてその少し長めの前髪から覗くのは、赤と青のオッドアイ。
「こ、これは第二王子殿下……! お出迎えもなく、申し訳ありません!」
コーラル子爵が慌てたようにその人物のところへと駆け寄る。
「いや、急に来たのは私だ。出迎えなど必要ない。……子爵令嬢には、お祝い申し上げる」
素っ気ない返しと祝いの言葉に、子爵夫人と令嬢も慌ててカーテシーをして挨拶をする。
ざわざわと周囲も困惑している様子だ。
「……陛下に、戦場を共にして世話になった子爵とそのご令嬢を祝ってはどうだと言われて、赴いただけだ。私に気を遣わなくていい。贈り物はもう使用人に言付けたし、こうして挨拶も済んだ。すぐに失礼するから気にするな」
……あらあらまあまあ。
第二王子と呼ばれた人物のぶっきらぼうな物言いに、子爵も夫人と令嬢も、また招待客たちも戸惑いを隠せずにいる。
言葉通り取って良いのか、はたまた無作法を咎められているのだと謝罪するべきか。
そんな迷いが伝わって来る。
「で、殿下。せっかく来ていただいたのです、せめて飲み物や料理など召し上がられては……」
「不要だ。気遣いはいらないと言った」
子爵の厚意も、すげなく断ってしまった。
……この人。
「ではこれで失礼する。またな、副団長」
冷たい声色を残して王子が振り返る一瞬、その神秘的な輝きの瞳と目が合った。
いや、気のせいだったかもしれない、それくらい一瞬のこと。
「あ、で、殿下!」
引き留めようとする子爵の声など歯牙にもかけず、そうして第二王子はさっさと会場を去ってしまった。
その後、しばらく会場内に困惑の空気が流れたものの、楽団たちにより優美な音楽が奏でられると、招待客たちもはっと我に返り、少しずつ賑わいを取り戻していった。
「コーラル子爵令嬢、大丈夫ですか?」
コーラル子爵令嬢を気遣い声をかけると、ほっとした表情を返された。
個人的にはすごく好みのイケメンだったけれど、第二王子殿下の突然の登場は、主催者からすると戸惑いと動揺しかなかったようね。
でも悪い人でもない気がする。
ちょっと配慮には欠けていたかもしれないけれど。
「予想外の方の登場でしたのに、ご挨拶のカーテシーは完璧でしたわね。さすがコーラル子爵令嬢ですわ」
「そ、そんな、私もびっくりしてあまり覚えていないのですが……。で、でも、そう見えていたのなら良かったです!」
大丈夫ですよと微笑めば、ずいぶん肩の力も抜けたようだ。
あの方も、別にパーティーを台無しにしてやろうとか、そんな意図で現れたわけじゃない。
子爵達は一応きちんと対応したのだし、あとは楽しむだけで良い。
「さあ、今日の主役と踊りたい殿方はたくさんいるはずですよ? 笑顔で楽しんで下さいませ」
ダンスの時間だと示せば、子爵令嬢が破顔する。
父であるコーラル子爵とファーストダンスを踊る子爵令嬢は、もうすっかりいつもの愛らしい笑顔を取り戻していた。
それを微笑ましく思いながら見つめ、私もそのまま友人たちとのおしゃべりやダンスなど、パーティーを楽しんだ。
「それにしても、第二王子殿下か……」
秘匿されてきたとまではいかないが、今までほとんど公の場に出てこなかった王子が、なぜ……。
その剣と魔法の腕を買われて、十六の頃から学園には通わず、騎士団と行動を共にすることが多かったということは知っていた。
今回、コーラル子爵の在籍する第三騎士団とともに隣国の援軍として戦地に赴き、昨夜帰還したばかり。
彼が子爵にお世話になったのは間違いないだろうし、そのご令嬢を祝うためにここにやって来たのは、それほどおかしなことではない。
普通なら。
先ほど一瞬だけ目が合った、二色の瞳の色を思い出す。
神秘的な輝きの奥には、少しだけ影があった。
「……まあ、そうそうお会いできるような人じゃないしね。あのご尊顔を拝めただけ、貴重な経験だったと思うことにしましょう」
ひょっとしたら、もう二度と会うこともないかもしれないしね。
それに綺麗な顔に罪はない。
イケメンは鑑賞させて頂けるだけでもありがたいものだ。
そう意識を切り替えて、私は友人のパーティーを楽しむことを再開させたのだった。
パーティーから一週間後。
いつも通り学園から馬車で屋敷に戻った私は、馬車の窓から見える使用人たちの様子がいつもと違うことに気付いた。
普段なら私の到着前にエントランスに整列している彼らが、今日は珍しく慌てて並んでいる。
「? なにかあったのかしら? アル、なにか聞いている?」
「さあ。特になんの報告も届いていませんけど」
アルの手を借りて馬車を降りながら聞いてみたのだが、アルにも理由は分からないらしい。
緊急を要するようなこととか、大事件が起こったという感じではなさそうだけれど……?
どちらかというと、戸惑いとか動揺に近いかも。
不思議に思いながら歩いていくと、使用人たちが頭を下げた。
その間を通ろうとした時、息を切らして屋敷内から現れたのは、――なんと、今この時間まだ王宮で働いているはずのお父様だった。
「セラフィナ、待っていた!」
「お父様? そんなに慌てて、いったいどうされたのですか?」
いつも温和なお父様の珍しく焦る姿に、首を傾げる。
すると、お父様は予想だにしなかったことを口にした。
「セラフィナ、君の婚約が決まった、いや、決まってしまった……」
「……は?」
一瞬なにを言われたのか分からなくて、完璧令嬢らしからぬ、間の抜けた声が出てしまった。
「相手は、その……」
モゴモゴと言い淀むお父様の姿に、堪えきれずといった様子で使用人たちが声を上げた。
「「「「「あの〝紅蒼眼王子〟がお相手だなんて、お嬢様がかわいそうですー!!!」」」」」
わぁわぁと(主に若い女性の)使用人たちが泣きながら私を憐れむ。
……〝紅蒼眼〟って、まさか。
「ごほん、おまえたち、落ち着きなさい。……セラフィナ、お、お、お、落ち着いててててききき聞いてほしいいい!」
「……お父様こそ、落ち着いて下さいませ」
ガクガクと震えるお父様を支え、宥める。
大体分かったから、早く結論を言ってほしい。
「そ、そそそそうだな! セラフィナ、おま、おまえと! ラララランティス第二王子殿下とのこ、こんや……「婚約が決まったのですね、承知致しました」
ラララランティスって、なんだか鼻歌を歌って陽気な感じがするわね。
そんなくだらないことを考えながらも、このまま黙って聞いていると長くなりそうなので、お父様に言葉を被せる。
「ということは、近い内に顔合わせが行われますわね。王宮に赴くということになりますね? では、失礼のないドレスを用意しなくては。誰か、仕立て屋に連絡を入れてくれるかしら? それと、わたくしのスケジュールの調整もしなくてはいけませんね」
淡々と話を進めていく私に、お父様は呆然とし、使用人たちはとりあえず返事をしていく。
「〝決まってしまった〟ということは、これは決定事項で断れないということで合っておりますよね? お父様、他になにか聞いておかなくてはいけないことはありますか?」
「いや……今のところは、特に……」
「では、自室に下がらせて頂きます。王子殿下に失礼のないように準備いたしますので、ご安心下さいませ。それでは」
ぽかんとするお父様に頭を下げ、同じく呆然とする使用人達の間を通り抜け、アルとともに自室へと向かう。
「……お、お嬢様?」
「なにかしら?」
スタスタと歩く私のうしろから恐る恐る声をかけてきたアルに、そう笑顔で応える。
「おい、大丈夫か?」
「いやね、アルったら。わたくしは大丈夫よ?」
そうして自室の扉を開け、中に入る。
パタンと扉を閉めると、アルとふたり、どちらからも声が上がらない。
そんな沈黙を破ったのは、震える私の声だった。
「こ、こここここ婚約!? こんにゃく!? って、そんな古臭いボケなわけないよね!? 誰が!? 私!? 誰とですって!?!?!?」
「あ、さすがのあんたでも動揺してんじゃん。顔すげーよ、お嬢」
みんなの前では努めて冷静さを保っていたが、人生三週目にして初めての〝婚約〟という単語に、完璧令嬢の仮面は取っ払われてしまったのだった――。