紅蒼眼殿下の決意2
昨夜1話投稿しております。
まだお読みでない方はひとつ戻って下さい。
フローラにアプローチしてくる男という意味で言ったのだが、そんな感じでもない。
とすると、まさか。
「ひょっとして……ランティス様が?」
「さすがお姉様です。一応解毒剤のお礼という名目で私宛てに贈られてきましたけど。お姉様と一緒にぜひ、って」
なんと、私の希望を言っただけだったのだが、どうやら正解だったらしい。
フローラはソファの背もたれに寄りかかり、少々ふてぶてしい様子ではあるが、それを窘めようという気も起きないくらいに私は浮かれている。
侍女がテーブルに置いてくれたカップに注がれたお茶を見つめて、思わず頬が緩む。
「とても良い香りね」
「まあ、そうですね」
けっ!と舌打ちでもしそうなフローラだが、一応同意してくれた。
そして侍女が退室していくのを確認して、カップを手に取り、こくりとひと口。
「……美味しい」
「疲労回復とリラックス効果のあるお茶らしいですよ。それでもって、爽やかで甘ったるくないように特別にブレンドされた茶葉なんですって」
フローラもお茶を飲むと、まあまあねと評した。
認めたくないけど、悪くわないわという様子のフローラがなんだかかわいらしくて、ふふっと笑みが零れる。
たぶん、ランティス様が私を庇って毒を受けた話もアルから聞いているからだろう。
「あなたの作ってくれた解毒剤、とても感謝していらっしゃったわ。もちろんわたくしもだけれど。効果が素晴らしいのはもちろんのこと、あの短時間であの量を揃えてくれて、助かったわ」
「……お姉様からの頼み事ですもの。それに、あれくらい当然だわ」
ふんと鼻を鳴らすフローラ。
おや、フローラにもこんなツンデレな要素があるなんて。
あれか、私に対してはデレデレだったから気付かなかったけど、男性が相手だと恥ずかしさもあってツンデレになるタイプ?
ここにきて再びランティス様✕フローラの可能性が……?と、そわっとしてしまったが、フローラはなにかを察したのか、勘違いしないで下さいね!と声を上げた。
「お、お姉様の婚約者に相応しくないって気持ちは、今も変わってませんからね!? ただ、お姉様を反射的に助けたってことは評価してるだけです!」
まくしたてるようにそう言って、フローラはぐいーっとお茶を飲み干した。
お行儀が悪いわよとは言わず、私はくすくすと笑った。
「分かったわ。でも、私が油断していたのが悪かったの。ランティス様に申し訳ないことをしたわ。フローラの解毒剤がなかったらどうなっていたことか、今さらながらに恐ろしくなるわ。あなたという妹がいて、私は幸せ者ね。本当にありがとう」
そっとフローラの手を取り、きゅっと握り締める。
かわいくて優秀、ツンデレの要素まで手に入れたフローラは最強である。
「お、お姉様ぁぁぁ! もう! 好き!」
がばりとフローラが私に抱き着いてきた。
「あらあら、私も大好きよ」
柔らかな花の香りがするフローラを抱き締めて、私はランティス様へのお礼を考えるのだった。
* * *
「戻って早々、贈り物をしたらしいじゃないですか」
「クラーク……。余計なおしゃべりは良いから、手を動かせ」
その頃、ランティスは王宮の自身の執務室で、クラークからにやにや顔を向けられていた。
「しかもあえて妹宛てにですって? 先ずは馬から、ということですか?」
注意を全く聞き入れず、なおも話を続けようとするクラークに、ランティスは無視を決め込む。
下手に口を開けばクラークの思う壺だということを、よく知っているからだ。
「たしかに、あの解毒剤も素晴らしい効果でしたけどね。妹君が作ったものだと聞いて、驚いたものですが。しかし、あれがなかったら、私たち死んでましたよねきっと」
はははと笑うクラークを、ランティスはなおも無視する。
そんなランティスのことを気にする様子もなく、クラークはしゃべり続ける。
「ま、その前にウェッジウッド公爵令嬢、セラフィナ様がいらっしゃらなかったら、かなり危なかったですけどね」
その名前に、一瞬ぴくりとランティスのペンを持つ指が反応した。
――のを、クラークは見逃さなかった。
「まさか、あんなに剣も魔法も得意とは、夢にも思いませんでしたね」
「……俺たちの想像を遥かに超える〝完璧令嬢〟だったな」
そう答えながら、ランティスはしまったと思った。
しかしクラークの追撃は止まない。
「泥まみれだろうが、怪我を負ったり毒に侵されたりして醜い姿になろうが、心配こそしてくれましたが、ちっとも気にしていない様子でしたね」
「……森は暗かったからな、よく見えなかったのかもしれない」
「その上、騎士たちに回復魔法や浄化魔法を使うのを、厭うこともしなかった。気位の高いだけのご令嬢とは違う。本当にわざわざ一度戻ってきて、我々を身綺麗にしてくれたのには驚きました」
「……あれだけの魔力持ちなら、大したことではないのだろう」
のらりくらりとクラークの言葉を躱していくが、ランティスの書く文字には動揺が表れていた。
「――殿下、もういい加減観念してはいかがですか?」
「……うるさい」
呆れたように眉を顰めるクラークに、ランティスは力なく返す。
そんなランティスに、クラークはそっとため息をつくと、まるでひとり言を言うかのように話し出した。
「綺麗なだけのお嬢様かと思えば、そうでもない。お菓子を作ったり、わざわざ自分から差し入れにと訓練に赴いたり。剣はまあ、ともかく、魔法の腕前は我々以上。とはいえ本物の戦場は知らないでしょうが、その過酷さに物怖じしない。公爵家のお嬢様が持つには安すぎるでだろう贈り物のネックレスも、あんな風に大切そうに身に着けて。なにより、〝紅蒼眼〟とかいう不名誉な話にも惑わされず、ランティス殿下というその人本人を見てくれている」
クラークの言葉に、ランティスは出会ってからのセラフィナの姿を思い起こしていた。
〝完璧令嬢〟の名に相応しい外見と能力と振る舞い。
しかし、セラフィナ自身は、そんなひと言で表せるような人間ではなかった。
会う度に驚かされてばかり。
いったい彼女は何者なんだ。
そう思いながら、いつの間にか目を離せなくなってしまった。
「……容姿のことで色々と拗らせてしまったのは、仕方ありませんけどね。そうやって、いつまででも疑ってばかりだと、本当に大切なものに気付いた時に、もう手遅れになっているかもしれませんよ」
すっかり手が止まってしまっていたランティスに、クラークはゆっくりと声をかける。
まるで、手のかかる弟を諭すように。
「……認めてしまったら、手を放せなくなってしまう」
「婚約者なんですから、問題ないでしょうよ。それに、あれだけ色々尽くしてくれているんですから、彼女もあなたに好意を持っているはずです」
「俺よりも相応しい男が、彼女を選んだら?」
「そんな男、この世にたくさんいるでしょう。自分以上に幸せにできる男などいないと追い払えるように、努力することですね」
「はっ……。簡単に言ってくれるな」
容赦のない側近の言葉に、ランティスは苦笑を漏らす。
だが、クラークの言っていることは、正しい。
今までもランティスは、そうやって努力してきたのだから。
「……婚約者のために必死に努力するのも、悪くないか」
そう言いながら表情を緩めるランティスに、クラークは穏やかな笑みで頷くのだった。




