推しが討伐に出かけまして3
昨夜1話投稿しております。
まだお読みでない方はひとつ戻って下さい。
「――確認ですが、お嬢は王子殿下に対して好意は持っているが、色恋のそれではなく、応援する気持ちに近いと」
「そうね、それでだいたい合っているわ」
その日の昼休み、学園に行く馬車の中では説明するだけで終わってしまったため、こうして人気の少ない中庭で、アルから確認のためにと質問を受けている。
もちろん前前世の記憶のことなど話すわけにもいかないため、常識の範囲内でそれらしく説明したのだが、アルとしてはやはり驚きが大きかったようだ。
ちなみにどのように説明したかというと。
私は公爵令嬢という立場もあり、恋愛結婚ができるとは思っていないが、それなりに穏やかな結婚をして幸せに長生きできたらと思っている。
色々と複雑な事情のあるランティス様との婚約には驚いたが、悪い人ではないし、むしろその生い立ちや人間性から、応援したいという気持ちが沸き上がった。
ランティス様の人となりには好意を持っているし、愛し愛される関係をとまでは望まないが、婚約者として良い関係でいたいと思っている。
しかしランティス様の様子から考えるに、友好な関係を築けるようにと向こうから私に働きかけようとはしないだろう。
だから婚約が決まった後、私は精力的にランティス様の情報を集め、好意を持ってもらおうとまではいかないが、警戒されない程度には信頼してもらえるように、そして味方であることを示したかった。
――とまあ、こんな感じ。
推しを全力で応援したい気持ちが強すぎたため、アルには恋心だと勘違いされてしまったようだが、後々のことを考えると今のうちに誤解は解いておきたい。
だってさ、この先なにがあるか分からないじゃない?
ひょっとしたらランティス様に認められないまま結婚しちゃうかもだし、なんならランティス様に好きな人ができてしまうかもしれない。
失恋で傷ついたお嬢が不憫で……!とか思われても、ちょっと困る。
「だから、別に剣を扱えることをこの先ずっと秘密にしておきたいとは思っていないわ。ランティス様はそんなことで嫌ったりはしないと思うし」
むしろ、ペンより重いものなんて持ったことありません!というか弱い令嬢や、香水臭いギラギラした令嬢の方が苦手なんじゃないだろうか。
剣を持って戦えるなんて言えば、逆に好感度が上がるのではとすら思う。
「まぁ、もしもランティス様と婚約破棄する事態になってしまって、他の方に嫁ぐことになってしまったら、その時は秘密にしておいた方が良いでしょうけどね」
できればそうなりたくはないが、未来のことは分からないものね。
「……そうでしたか。俺の勘違いってことですね。……あれ? でもお嬢がなにかを隠したがってるのは本当ですよね? いったいなに……「あーっと、でもやっぱり心配は心配よね! 魔物討伐! ランティス様大丈夫かしら⁉」
鋭いアルの発言を思い切り遮り、私は棒読みでランティス様を心配する素振りを見せる。
なにか言いたげではあるが、アルもそうですねと頷いた。
「……さらに心配をかけてしまうだろうと思って、お嬢にはまだお伝えしていませんでしたが、事態はかなり悪いみたいです。一体とはいえ、討伐するのに相当の人数が必要とされているSランクの魔物がいるのに、Aランクの魔物も複数体目撃されているとか……。たしかに王子殿下はかなりの腕前だと思いますが、いくら精鋭揃いの第一騎士団とともに出たとはいえ、被害は少なくないかと……」
「え。ちょっと待って、それってそんな大変な感じなの?」
深刻な表情のアルに、たらりと冷や汗を流す。
しまった、前世の記憶が残っているゆえに、魔物討伐事情は前世も今世も似たような感じだと勝手に思っていた。
存在している魔物は前世も今世もほとんど同じ、強さも恐らく同程度。
前世の感覚で言えば、SランクとAランク複数体の討伐はよくあることだった。
たしかに手こずるけれど、騎士団が対応するならば、よほどヘマをしたり油断をしたり、予想外のことがなければ死者が出ることはほとんどない。
だってみんな剣術や弓術、槍術はもちろん、魔法もかなりのものだし……って、あ。
「……そ、そうか、魔法……」
今世、実戦とは全く無縁の生活を送っていたから気付かなかった。
この世界は、前世よりも魔法が発達していないんだった。
「……お嬢は剣も魔法も堪能ですけど、本当の戦場に出たことはないでしょう? 今回の討伐がどれほど過酷なものかを分かっていないのが、良い証拠です。……戦場というのは、ちょっとやそっとの覚悟で正気を保っていられるような甘い場所ではありません。たとえ俺よりも剣の腕が立とうと、精神的に強くなければ使い物になりません。あの場は、貴族のお嬢様が耐えられるような綺麗な場所ではないのですよ」
考えが及んでいなかったことに項垂れる私に、諭すようにアルが語りかけてくる。
うん、そうだねアル、あんたの言う通りだよ。
「ですから、王子殿下を助けたいという気持ちはお察ししますけど、無茶はしないで下さい。最悪、というか十中八九、助けに行っても足手まといになります」
うん、ごめん、それについては全くの杞憂というものだわ。
ここ十八年ほど戦場から離れてはいたけれど、実はアルよりも実戦経験豊富よ?
そもそも心配で助けに行こうなんてすら思っていなかったし。
……あれ、ひょっとして私ってばものすごい薄情じゃない?
だらだらと再び冷や汗が流れる。
なんてことだ、推しの心配を全くせずにランティス様の強さなら大丈夫~と呑気に構えていたとは。
目頭を押さえて苦悩の体勢をとると、アルが心配そうに覗き込んできた。
「お嬢……そう気を落とさないで下さい」
その声から、珍しく心から私を気遣ってくれているのだと分かるのだが、逆に辛い。
「そうね……ちょっと考えさせてもらえるかしら……」
ズキズキと痛む頭を働かせて、これからどうするかを考える。
身勝手なのは十分承知しているが、できれば婚約者兼推しの危機を全く心配しない薄情者というレッテルを貼られたくはない。
前世の感覚でいたからだが、それは言い訳に過ぎない。
じゃあ討伐に出かけたランティス様の後を追う?
でもどうやってアルを説得するのか。
完全に、ちょっと腕は立つが実戦経験ゼロのお嬢様だと思われているし……。
そもそもランティス様が助けを必要としているのかも不明よね。
物語のヒロインぶって周囲の反対を振り切って駆けつけたは良いけど、もう討伐も終盤ですよ~とかだったらどうすんのよって感じだし。
それに騎士たちにもプライドというものがある。
逼迫した状況ならまだしも、そうでないなら素人がなにしに来たんだとか思われるだろうし。
なんなら、第二王子殿下の婚約者殿が暴走して自ら足手まといになりに来たぞ~とか言われるかも。
うーん、ランティス様の立場も考えるとそれは好ましくない。
そう、うんうんと悩む私に、アルが静かに声をかけてきた。




