こうして完璧令嬢ができあがりました2
学園での講義を終え、かわいらしい令嬢たちに別れを告げると、私は公爵家の馬車の前までやってきた。
「おつかれさまでございました、お嬢様」
「ええ、ありがとう、アルバート」
護衛のアルバートの手を借りて馬車に乗り込む。
よいしょと座席に座りほっと息をつくと、正面からかみ殺したような笑い声がした。
「い、今、『よっこらしょ』って言ったでしょ……くくっ」
「あら聞こえちゃった? まったくアルったら耳良すぎ」
否定せずに頬杖をつくと、今度は抑えきれなかったようで、ぶふっ!とアルが吹き出した。
「令嬢モードは終わりですか? 誰かに見られてしまいますよ?」
「大丈夫。便利なことに私の今のこの顔は、一見憂い顔にしか見られないから。それにこの馬車には防音の魔法がかけられているから、外に声は漏れないもの」
詐欺ですよねぇとアルが笑うと、馬車が走り出した。
アルバートは、ウェッジウッド家に勤めている騎士のひとりで、深い青い髪と瞳を持つ二十五歳。
ウェッジウッド家の遠縁であるインディゴ男爵家の、なんと四男だ。
夫婦仲が良くて子だくさんなんだって、それでもって騎士を多く輩出している家柄だってことで、アルバートもウェッジウッド家の騎士となるべく十五歳の時に我が家にやって来た。
ちょうどその頃、八歳だった私もそろそろ外に出る機会が増えるからということで、騎士たちの中から私専属の護衛を選ぶことになった。
実力はもちろんだが、仲良くできるかどうか相性もあるからと、選出のため騎士たちの訓練する姿を見学しに、私も連れて行ってもらったのだが……。
当時見習いだったアルを見て、ピーンときたのよ。
この子、絶対に強くなるわ!って。
若干八歳の私の言葉に、もちろんアルも他の騎士たちもお父様も戸惑っていたし、なんなら苦笑する者もいた。
若くて顔が良いから選ばれたんだろうって嫌味を言う輩もいたっけ。
確かにアルはイケメンだ。
乙女ゲームでいうところの頼りになるお兄さん的ポジション、しかも職業・騎士。
でも私の好みではないんだよねぇ……って、それはどうでもよくて。
とにかく私がアルを気に入ったのは、その太刀筋。
基本がしっかりできていて、クセもあまりない。
若いからメンタル面ではまだまだだろうけど、これからしっかり訓練すればかなりの実力の持ち主になるはず。
訓練の様子を見て、そう確信したのだ。
前世で数多の騎士と剣を交えてきた私には分かる。
それに私は、数百人もの若手を育ててきた実績もある。
この子を育ててみたい。
『決めました。私の護衛は彼に任せたいと思います』
両親に向かって、私はしっかりとそう告げた。
それからというもの、護身術を教えてほしいと言って、アルとふたりで稽古をするようになった。
はじめは子どもの身体で剣を振るうのはなかなか難しかったが、しばらくすれば段々と勘を取り戻すものね。
そりゃそうだ、前世も前前世も子どもの頃から剣を振るってたわけだし。
最初はどうせ我儘お嬢様の気まぐれだろうと訝しんでいたアルも、私がグングン上達するにつれ、見る目が変わった。
まぁね、一度本気で組み合ってみましょうと言って、こてんぱんに負かしちゃったこともあったもの。
それでもって、もっとこうすると良いだの重心の使い方が違うだの、アドバイスまでする若干八歳の私。
アルは疑いつつも私の言う通りにやってみると、自分でも身体がよく動くようになったのが分かったらしく、そこからは心を開いてくれるようになった。
『お嬢様、あんた何者?』という胡乱な表情のアルに、『公爵令嬢よ!』とドヤ顔で言い放ったのは記憶に新しい。
どうせならと魔法を織り交ぜた戦い方も教えて、今やアルは我が家で一・二の実力を争う、立派な護衛騎士となった。
笑っていた輩は苦虫を嚙み潰したような顔をしてたっけ。
ふふ、いい気味だわ。
どう、私が選んで育てた騎士はすごいでしょ!?って鼻高々よ!
「……なんか、ろくでもないこと考えてるでしょ」
うっふっふと上機嫌で笑みを浮かべていると、うんざりとした様子のアルにそんなことを言われてしまった。
「あら、失礼ね。磨き上げたものが人から認められるって快感だわ~って思ってただけよ」
「はいはいそうですか。ったく、どうせ今日もご令嬢方にキャーキャー騒がれてきたんでしょ? ものすごい分厚い大きな猫を被っているだけで、お嬢の中身が実はこんなんだって知られたら、ご令嬢方はどう思うんでしょうね……」
「いやねぇ、彼女たちに言っている言葉は本心よ。新しい髪飾りは本当に似合っていたし、週末の誕生パーティーが楽しみなのも、みんながかわいいのも、全部本当のこと。気を付けているのは仕草と話し方くらいだから、そうね、愛らしい子猫くらいは被っているかもしれないわね」
うふふと微笑めば、げんなりとアルが項垂れた。
「どうすんだよこのタラシ……。そのうち令嬢方の婚約者から苦情が来るんじゃねぇか……?」
「あらあら、アルこそすっかり猫が逃げ出していてよ。ほら、もうすぐ屋敷に着くから、ちゃんと上品な騎士モードに戻りなさいな」
ここまでを見てお分かりの通り、私たちはふたりきりの時はこんな感じで素で話している。
完璧な令嬢を目指してここまでやってきたとはいえ、やはり前世と前前世合わせて六十年(!)の性格はそう簡単に変えようがなかった。
婦女子には優しく、かわいいものは愛でて推しには貢ぎ、育てることで快感を得る。
これをモットーに、これからも平穏ライフを目指して生きていくつもりだ。
「お嬢様、悪い顔になってますよ。到着しました、足元にお気を付けください」
「悪……ま、まあ良いわ。ありがとう、アル」
令嬢モードと騎士モードに切り替えた私たちは、馬車から降りると、今日も大勢の使用人たちに出迎えられたのだった。