乙女ゲーの世界じゃない……だと?3
「まぁ……さすが王宮、素晴らしい庭園ですね」
「こちらの庭園は、先々代の王妃陛下がとても愛されていたとのことで、今もその王妃陛下の好きだった花々が多く植えられております。どうぞ足元にお気をつけて、こちらへどうぞ」
そう説明してくれた侍女に続いて東屋に入る。
木漏れ日が優しく入ってきて、ほどよく明るく涼しい、それでいて美しい庭園の風景も楽しめる、とても快適な空間だ。
用意されたテーブルセットの椅子を引いてくれた侍女にお礼を言い、静かに腰を下ろす。
しばらくお待ちくださいと頭を下げた侍女の顔は、少し赤い。
アルはまたなにか言いたげな表情だが、さすがにこんなところで発言するようなことはせず、少し離れたところで控えている。
さて、今日も尊い推しの姿に変な言動を取らないように気を付けなければ。
しっかりと〝完璧令嬢〟の仮面を被り直すところをイメージし気持ちを引き締めると、かすかな足音が近付いてきた。
ランティス様に違いないわと、さっと席を立ち、浅く頭を下げる。
「ウェッジウッド公爵令嬢、大変お待たせ致しました」
予想通り、クラークさんを伴いランティス様が現れた。
「ランティス殿下、カーマイン卿にご挨拶申し上げます。お忙しいところありがとうございます」
カーテシーで挨拶をし、顔を上げる。
きょ、今日のランティス様も素敵!
初めてお姿を拝見したパーティーは正装、婚約の顔合わせの時もかしこまった服、訓練の時は騎士服だったし先日のお忍びは平民服だった。
だが今日はシンプルなスーツっぽい服装。
スーツ萌え! 超似合う!
「……待たせて悪かったな」
不機嫌そうな表情だけど、これは間違いなく照れ顔である。
「とんでもありませんわ。わたくしのためにお時間を取って頂き、感謝致します」
とんでもございません! 照れ顔ありがとうございます!
そんな本音を綺麗に隠して答える。
そうして着席すると、先ほどとは違う侍女がお菓子とお茶を運んでくれた。
歳の頃四十過ぎくらいの上品な顔立ちの侍女は、慣れた手つきで準備をしてくれる。
お茶の淹れ方は完璧、テーブルにカップを置く時も音を立てないようにしつつも流れるような動作で見事だわ。
心の中でそう評しながらありがとうとお礼を言うと、侍女は一瞬驚いたように目を見開き、それからにっこりと微笑んでくれた。
綺麗な大人の人の優しい笑顔、癒される〜。
ほんわかとした気持ちになって再びランティス様に向き直る。
うん、改めて見ても国宝級イケメンね!
しかし今日の本題は、ランティス様のご尊顔を拝むことではない。
「さっそくではありますが、先日はわたくしの不肖の妹が大変失礼を致しました。心よりお詫び申し上げます」
そう頭を下げて謝罪すると、まずはクラークさんが口を開いた。
「いえ、こちらもお忍び中のことでしたし、妹君も殿下だと気付かなかったのかもしれませんし」
「なぜおまえが先に答えるんだ……。いや、だが本当に気にしなくていい」
言葉ではそう言いつつも、ランティス様の表情は厳しい。
あーこれは建前で言ってくれてるんだろうけど、たぶんまだちょっと怒ってる感じかな。
フローラってば、本当に遠慮なく悪口言ってたからなぁ……。
でも暴れ出さなかっただけマシかも。
それでも姉として大変申し訳ないのは間違いないし、少しでもそのお怒りを宥めないと。
「あの、このようなものではお詫びにならないかと思いますが……」
アルに視線を向け、用意しておいたクッキーの包みを出してもらう。
「懲りずにお菓子を作ってきてしまいました。受け取って頂けますか?」
そっとランティス様の目の前に差し出せば、ランティス様は驚いた表情をした。
「毒味、ですよね? もしよろしければここで開いて頂いてカーマイン卿に召し上がって頂いても……」
「いや……今は良い。……気遣いに感謝する」
素っ気ない態度ではあるが、ちゃんと受け取ってくれた。
推しへのプレゼント第二弾、成功だわ!
受け取ってもらえたというだけで満足した私だったが、クラークさんが苦い表情をした。
「ええ? 私の毒味はなくて良いのですか?」
……なんだろう、毒味できないのを残念がっているように見えるのは私だけ?
「おまえにはさせないと言った」
「いやいや、普段は普通にさせているじゃないですか。ウェッジウッド公爵令嬢の時だけ……」
「うるさい黙れ」
ランティス様とクラークさんの口喧嘩、かわいい。
そっかぁ、心を許した人だとこんな幼い表情をするんだ。
私腐女子ではなかったんだけど、ちょっと新しい扉を開きそうになっちゃったかも。
にやけてしまいそうな表情筋に力を入れて堪えていると、ランティス様がじろりとこちらを睨んできた。
「勘違いするなよ」
わ、私の邪な考えを読まれていた、だと……?
「……とんでもございませんわ。勘違いなど。ええ、わたくしは大丈夫ですわ」
やっばー! 気を付けていたつもりだったけれど、ニヤけ顔が出ちゃってた!?
まずいまずい、ちゃんと仮面を被り直さねば……!
そう改めて気を引き締めて微笑む。
するとランティス様はぐうっと仰け反り、少しだけ頬を染めた。
クラーク様との仲良しがバレて、恥ずかしかったのかしら?
「ああ、そうですわ。ランティス様のものとは別に、皆さんでと思ってお持ちしましたの」
クラークさんも甘いものが好きそうだったし、今回こんな機会を使ってくれたことへの感謝の気持ちもある。
個別にお渡しすると、婚約者のいる身としてはちょっとよろしくないかなと思い、みんなで食べるならセーフよね!と用意したのだ。
そうして再びアルに視線を向け、小ぶりのバスケットに入ったクッキーを出してもらうと、なんだか生温かい目で見られた。
「良かったですね、お嬢」
そして私にしか聞こえない声の大きさで囁かれたのだが、よく意味が分からない。
いや、まさか……?
「とても美味しそうなクッキーですね。私が食べても?」
クラークさんの声にはっと我に返る。
今はこちらに集中しなくては。
「はい。王宮の高級なお茶とともに出すには、少々貧相なものですが」
「そんなことありませんよ。先日の差し入れのケーキもとても美味しかったですし。では失礼しておひとつ……」
わくわく顔でクッキーを摘むクラークさんに、ランティス様が微妙な顔をした。
なんで嬉しそうに毒味しているんだとか思っているのだろう。
「うん、とても美味しいです! ああ、中にドライフルーツやナッツが入っているのですね」
「はい、生地自体の甘さを控えめにして、ドライフルーツの甘みとナッツの食感や風味を楽しめるようにしてみました」
口に含むとすぐに表情を明るくして褒めてくれたクラークさんに、私も嬉しくなる。
ランティス様の側近だもの、できれば仲良くしていきたいし。
……と思っていたら、なんだかランティス様の表情が、先ほどからさらに険しくなっていることに気が付いた。




