乙女ゲーの世界じゃない……だと?2
昨夜1話投稿しております。
まだお読みでない方はひとつ戻って下さい。
しかしとりあえず今は、フローラがヒロインであるか否かよりも、落ち着かせることが先決だわ。
ひとつ息をついて、フローラの目をしっかりと見る。
「フローラ、わたくしのために怒ってくれて、ありがとう」
「当然のことです! 待っていて下さいね、お姉様! 私がちゃんと動きますから!」
「いいえ」
私が同意してくれたと思い表情を明るくするフローラに、ふるふると首を振る。
「あなたはなにもしなくて良いの。ただ、見守っていてくれさえすれば」
「な……! ど、どうしてですか⁉」
理解できないと声を荒げるフローラに、私は努めて落ち着いた声を出す。
「わたくし、この婚約にきちんと納得しているし、ランティス様のことも、ちゃんと知りたいと思っているの。たしかに、婚約後になんの音沙汰もなかったのは非常識だったかもしれないわ。でも、なにか事情があったのかもしれないじゃない?」
今の今まで全く気付いていなかったのだ、もちろん傷ついてなんていないし、むしろなにか理由があるのかもなんて、影があって素敵!とか思っていたりもする。
人生三度目、合算して喜寿の私の心は、そんなに繊細に作られてはいない。
「まずは話を聞いて、相手を知って。何事もそれからよ」
にっこりと微笑めば、フローラが涙を滲ませる。
「わた、私の……大切なお姉様が傷つく姿なんて、見たくないです……」
「大丈夫よ、わたくしはそんなに弱くないわ」
ぽすりとその形の良い頭を撫でれば、フローラが少し俯いて涙を滲ませた。
「……なにかあったら、ちゃんと私に相談して下さいね」
「ええ、約束するわ」
「しばらく静観しますけど、あの男がやっぱり最低野郎だって結論に達したら、お姉様が何と言おうと絶対に婚約破棄させますから」
「そうねぇ。ではランティス様が最低野郎にならないように、わたくしも精進しなくてはね」
なんでそうなるんですか!とフローラがちょっぴり怒った。
うふふと微笑めば、フローラも苦笑いする。
「……お姉様が幸せにならないと、私、嫌ですからね」
「あら、わたくしだって、自分が幸せになれるためにどうしたら良いのかしらと毎日のように考えているわ。大丈夫、こう見えてわたくしは結構自分勝手な人間よ」
ぱちんとウィンクして見せると、今度こそフローラは、あははと声を上げて笑った。
「……初めて作ったクッキー、お姉様に差し上げます。あと、お父様とお母様にも後から渡します」
「ありがとう、大切に頂くわ。わたくしの作ったものも、受け取ってもらえると嬉しいのだけれど?」
焼き上がったばかりのクッキーをラッピングしながら、フローラの顔を覗き込む。
「もちろん喜んで頂きます! なんなら、あのクソ王子の分がなくなってしまうくらいたくさん頂きますけど?」
そう言いながら悪戯な顔をするフローラに、今度は私が苦笑する番なのだった。
「おつかれっす。フローラお嬢様も、一応納得というか、気持ちは落ち着いたみたいですね」
「そうね。あの子にあんな一面があったなんて、びっくりだったわ」
王宮行きの馬車の中でアルとふたりきりになった私は、ふうっと息をついた。
毎日一緒に過ごしてきた大切な妹。
なんでも知っているつもりでいたけれど、まだまだ私の知らない顔も持っているのかもね。
よく考えると、フローラのことを乙女ゲーのヒロインじゃないかと勝手に盛り上がっていたけれど、それも失礼な話だったのかもしれない。
みんなから愛されるヒロイン。
たしかにフローラはヒロインの素質を十分に持っていると思う。
いや、つい先程やっぱりヒロインじゃないなと思ったりもしたけれど。
でも、フローラはゲームのキャラじゃない。
もしこの世界が本当に乙女ゲーの世界だったとしても、プログラムされたキャラとは違う。
ちゃんと自分で考えて、感じて、泣いて、笑う、〝生きて〟いる存在だ。
ヒロインっぽいからという理由で、物語の筋書きをなぞるように、私の妄想通りの言動をしてほしいなんて失礼な話だ。
そしてそれは、ランティス様に対しても同じこと。
ランティス様という存在を推したい気持ちは良いとして、勝手にヒロインの相手役としての言動を望むのは、違う。
そんなこと、ちゃんと分かっていたつもりなのに。
ランティス様への推し活はともかく、これからは変にふたりを引き合わせようと画策するのは止めよう。
まぁ、もうちょっと仲良くなれるようにと動くことくらいは良いかしら?
そうね、ふたりについてはそれくらいにしておいて、あとは自然に任せる感じにしよう。
……でもさぁ、乙女ゲーの世界に転生ってテンション上がるじゃ~ん。
浮かれちゃうのも期待しちゃうのも仕方ないっていうかさ~。
「お、浮上しました? なにについてかは知りませんけど、ひとり反省会してたでしょ?」
「……アルって、私のことよく分かってるよね……」
「まぁ、それなりの年月一緒にいますからね。それにお嬢はわりかし分かりやすいですよ?」
それって私が顔に出やすいってこと?と思いながら黙っていると、ちょうど王宮に到着してしまった。
馬車を降りて侍女に案内される。
どうやら今日はそれほど暑くないためか、庭園の東屋に向かっているらしい。
廊下を歩いている途中、なにやら侍女たちからの視線を感じる。
いや、前回も見られてはいたけれど、今回はなぜか主に侍女たちから、それも控えめながらもその視線は熱い。
……あと、なんか悔しそうな表情をしている侍女もいる。
あ、ひょっとしてあの子たち、ひっそりとランティス様に想いを寄せていたのかしら。
文句なしに顔はかっこいいし、強いし、魔法だって堪能。
それにクールなところも素敵だしさ、髪や瞳の色のことで多少気後れすることもあるかもしれないが、密かに憧れてる子も多いんじゃないかしら?
そっかぁ、それなら私という婚約者が現れてハンカチを噛みしめたくなっちゃうよね……。
最近推し活を始めた新参者の私が婚約者なんて、気に入らない気持ちは分からなくもない。
それに、私なんかよりももっと前からランティス様が素敵なことに気付いていたのなら、なんと素晴らしい目をしているのか。
そんな熱視線を送ってくる侍女達に、私は敬意を払いぺこりと軽く礼をする。
公爵令嬢という立場上、侍女を相手にあまり恭しくすることはできないので、こっそりと。
すると、侍女たちはびくりと肩を跳ねさせるとみるみるうちに顔を赤らめ、逃げるように早足で去って行ってしまった。
「……だからむやみやたらにファンを増やすなと……」
背後でアルがため息をついてそう呟いた。
いやいや今回は愛想を振りまいたわけじゃないし。
同志な侍女達への挨拶だし。
なに言ってんのよと言いたくなる気持ちを抑え、私は案内された庭園へと足を踏み入れた。




