乙女ゲーの世界じゃない……だと?1
朝も投稿しておりますので、まだお読みでない方はひとつ戻って下さい。
「もう! なんでお姉様が謝罪に出向かないといけないんですか! しかもまたお菓子なんて作って!」
「そう言わないで、フローラ。ほら、せっかくわたくしと一緒にお菓子を作ってみたいと言ってくれたのだから、もっと楽しそうにしてほしいわ」
ホイッパーでボウルの中の生地を混ぜながら、それはそうですけど〜とフローラが唇を尖らせる。
フローラとのお忍びデート、もとい出会いイベント?から一週間、私はフローラとともに屋敷の厨房でお菓子を作っていた。
なんでってそれは、もちろんランティス様にお渡しするためである。
お忍びの翌日、なんとクラーク様から手紙が届いた。
なんだろうと首を傾げながら封を開くと、そこにはぜひまた王宮に来て下さいという内容が書かれていた。
あの時、ランティス様は私へのお礼の品をちゃんと購入して下さっていたらしく、屋敷まで送るのではなく、ぜひ直接渡したいとのことだった。
それならそっちが訪ねてくるものじゃ?とお思いの方もいるかもしれない。
しかし、手紙にはこう書かれていたのだ。
〝どうやら殿下は、ご令嬢にどう渡せば良いのかと悩んでいるようでして。訪問するにしろ、王宮に誘うにしろ、どう言葉をかけてよいのか分からないみたいです。それで、失礼とは存じておりますが、後日改めて謝罪にとおっしゃって下さったでしょう? ぜひ、それを口実に王宮に来ては下さいませんか?〟
そんなことで悩むランティス様、かわいくない?
誘えないなら送りつければ良いなんて言わないところも素敵。
そして、そんなランティス様の不器用さを気遣って私に手紙を書く、クラークさんとの仲も最高。
しかも、〝もしよろしければ、ぜひ、また手作りのお菓子をお持ち頂けるとお喜びになるかと〟なんて書いてあるんだよ!?
この前のスポーツドリンクとケーキ、喜んでくれたってことだよね?
こりゃクーデレのデレを見られる日もそう遠くないかもね!
「まあフローラ、とても上手ね。初めてだなんて思えないわ」
「え、そ、そうですか? えへっ、お姉様の教え方が上手だからですねっ!」
にまにまと表情が崩れそうになるのを堪えながら、フローラを褒めつつ宥めていく。
今日はクッキーを作っている。
手作りお菓子の鉄板、差し入れといったらコレだ。
「……せっかくだから、フローラの作ったクッキーも持って行っても良いかしら?」
先日の出会いイベントが台無しになってしまったのは、ひょっとして私のせいではないかということに思い至った私は、ここでもう一度と挽回のチャンスを狙っている。
あの第一印象では快くとはいかないかもしれないが、渋々でもクッキーを託してくれさえすれば、あとは私がひと肌脱ぎますから!
「え。嫌ですけど」
しかしバッサリと一蹴されてしまった。
「で、でも一応あなたの非礼を謝罪に行くのだから、あなたからだと渡した方が……」
「はん! 先に失礼な行いをしたのは向こうじゃないですか! 言っておきますけど、私は悪いことをしたと思っていませんから!」
つーん!とそっぽを向いてしまったフローラ。
それにしても、先に失礼な行いをしたのは向こう、って、どういうことだろう?
「……まさかとは思っていましたが、ひょっとしてお姉様、気付いていらっしゃらないんですか?」
首を傾げる私に、フローラが怪訝な顔をする。
そろりと今日も壁際で控えてくれているアルの方を見ると、ため息をつかれてしまった。
「……セラフィナお嬢様ならよくご存知だと思いますが。ええと、婚約が決まったら、その後どうするのが貴族社会での常識ですか?」
アルの疲れた声に、私は婚約が決まった後……?と思考を巡らせた。
「あ」
「そうです、普通は婚約後すぐに男性側から贈り物をして次に会う約束をする。そうして関係を紬いでいくものですね」
本気で気付いてなかったんですか?というアルの心の声が聞こえる。
前世も前前世もそんな風習がなかったし、今世だって今まで婚約話が持ち上がらなかったから、すっかり忘れていた。
……いや、そういえばフローラが、婚約したのに手紙も贈り物もなにもないじゃない!と怒っていたわね。
それってこういう意味だったのか!
正直、推しに対しては一方的に与えるのが普通というか、なにかを返してもらおうとかそういう意識が一切なかったので、ちっとも気付いていなかった。
「あの男、お姉様が差し入れにと王宮を訪れるまで、まぁっっったく! 音沙汰なかったじゃないですか! なんですか馬鹿にしてるんですか!? 国一番の美しくて賢くて強くてかっこよくて優しくて素敵すぎる私のお姉様のことを! たかが一国の王子ごときが!」
くわっ!と目を見開くフローラ、ヒロインらしからぬ形相なんですけど。
「そんなクソ野郎のためにお姉様が手ずからお菓子を作って差し上げたのに、たいしてお礼もなかったらしいですし? 文句言ってやりたい気持ちを堪えて黙って話を聞いてりゃ、なんですかあの無愛想な態度!」
段々とヒートアップするフローラ、口まで悪くなっている。
さすがにクソ〇郎は駄目でしょ。
「たしかに容姿のことで色々あったのかもしれないけど、男のくせにいつまでもグチグチ言ってんなってのよ! お姉様の優しさの恩恵を受けまくって、羨ましすぎるってのよ!」
フローラさん、最終的には羨ましいってのが本音ですよね?
それだけ私のことが大好きなのねって嬉しくはあるけれど、それにしたって素直に喜んで良いのか迷うところだ。
あと、色々と不敬な発言が多い。
ついこの間までは〝うちの天使最高!〟だったけれど、こんなに口の悪い天使がいても良いのだろうか。
「大丈夫ですからね、お姉様! これ以上あの男がお姉様を悲しませるような言動をとるようなら、私がどんな手を使ってでも婚約破棄させてみせますから! もちろんお姉様には一切の咎なく! お任せください!」
にたりと笑うフローラ、その邪悪な笑みを浮かべながら、いったいなにを考えているのか。
あ、この子ヒロインじゃないわ。
本能的にそう思ってしまうくらいには、フローラの笑みからは、一切の優しさも可憐さも慈悲深さも感じられなかったのだった。
乙女ゲーのヒロインなら、必ずと言っても良いほどそれらの要素を持ち合わせているはずなのに……なぜだ。




