出会いイベント、重要ですよね!4
昨夜も1話投稿しておりますので、まだ読んでいない方はひとつ戻って下さい。
やっぱりここは乙女ゲーの世界なの!?
そしてこれが、ヒロインと攻略対象者の出会いってこと!?
よく考えたら、姉妹の婚約者が攻略対象になる乙女ゲーも時々あったもんね。
それでもって、さっき妄想していた、町娘に変装してお忍び中に王子様に見初められ……って、まさにそれ!
やーん! 推しふたりの貴重なイベントに居合わせるなんてラッキー!!
はわわわわわ!と内心で浮かれる私だったが、あれ、なんか、空気が……?
恋の始まりを告げる鐘の音も、ときめく胸の音も鳴っていそうにない、冷たいというか、暗いというか、むしろ火花が散っているような……?
「お姉ちゃん、だめだよ? 誰にでも愛想良くしちゃ、勘違いする男がたくさんいるんだから」
フ、フローラさん……?
どうしたんですか、そのヒロインらしからぬ眼光。
口角は上がってるけど、目は全く笑ってませんよ?
「ほう? この失礼な女はおまえの妹か? どこの礼儀知らずかと思ったぞ」
ラ、ランティス様……?
なんでそんなザ・悪役みたいな笑みを浮かべてるんです?
ここは突然出会ったヒロインのあまりの可憐な姿に、ヒーローが驚き目を見開くシーンじゃありません?
思ってたやつと違ーう!
「あ、ええと、」
とりあえずお互いに紹介をとも思ったが、ここで不用意に本名や肩書きを口にするわけにはいかない。
「すみません、妹が失礼を。後日謝罪に伺いますので、今日のところは……」
ここはご容赦くださいとやんわりと伝えると、ランティス様は眉間に皺を寄せつつも頷いてくれた。
「ラン様、ここでお話をするのは難しいですから、せめて場所を変えませんか?」
すると、ランティス様のうしろからクラークさんが顔を覗かせた。
ランティス様もお忍び中だろうから、きっと彼も一緒だろうとは思っていたが、ラン様呼びは萌える!
きっと街に下りるときはランって偽名を使っているのね。
うんうん、気品があって凛とした響きがランティス様にピッタリ!
「……別に話すことなどないから、その必要はない」
ひとり内心で盛り上がっていたのだが、ランティス様はふいっと顔を逸らしてしまった。
あら残念。
でもたしかに帰る時間のこともあるし、ランティス様たちも用事があってここにいるのだろうから、ゆっくり話すのは難しいわよね。
うしろにいるアルに視線を移すと、そうですねと頷きが返ってきた。
このまま帰るのでお気遣いなくと伝えようと口を開きかけたのだが、それよりも先にクラークさんがあははと笑った。
「無愛想ですねぇ。たしかに、お礼の品を探しに街に下りたら本人に出くわすなんてことになって、焦ってしまう気持ちは分かりますけど」
「クラーク!」
思いもよらない話に、私はきょとんとする。
お礼の品? 本人、って……。
「余計なことを言うな! 俺は別に……っ」
声を荒げるランティス様だったが、私と目が合うと、口を噤んで気まずそうな表情をした。
もしかして、昨日の?
「ランティ……いえ、ええとラン様、ひょっとして……私に、ですか?」
驚きと期待を込めてそう問えば、ランティス様はほんの少しだが頬を染めて、くしゃりと髪を掻き乱し不機嫌そうな顔をした。
「~~~っ! こいつに言われて、渋々連れられて来ただけだ、勘違いするな」
やだ、なにその表情、カワイイ。
私の胸がトゥンクと鳴った。
普通の令嬢なら、〝渋々〟などと言われて喜びはしないかもしれない。
むしろ、「勘違いなんてしてないわよ!」と憤慨する子もいるかもしれない。
でも私は三十歳を二度も体験している、元(いや今も?)オタク。
気位の高いご令嬢でも、憎まれ口をそのまま受け取ってしまう素直な少女でもない。
ランティス様のこの表情は、間違いない、ただ照れているだけ。
ありがとうございます、そういうの大好きです!
「……はい、分かりました。そういうことにしておきますね。でも、ありがとうございます」
堪えきれずに口元が多少緩んでしまったかもしれないが、できるだけ落ち着いた表情を作る。
ランティス様は、きっと出会って間もない人間に茶化されるようなことを嫌うだろうから、これくらいの反応が良いよね。
推しのことを茶化すなんて、恐れ多いし。
ニヤニヤしたくなるところだけれど、我慢我慢!
顔の表情筋に力を込め、必死ににやけ顔を回避する。
すると、ランティス様はなにも言わずにふいっと顔を逸らしてしまった。
でも、その耳元が真っ赤に染まっていて、それがまた愛おしさを募らせる。
どうしよう、私の推しが尊すぎる。
尊みが過ぎて泣きそうになるのをぐっと堪えていると、側でクラークさんがくっと笑みを零した。
「ラン様のそんな顔、初めて見ました」
そうなんですね!
レアな照れ顔ってことですね、最高ですありがとうございます。
あああ〜でもやっぱり、スマホがないのが悔やまれるわぁぁぁぁ。
私の脳内に永久保存するべく、ランティス様の照れ顔をこの目にしっかりと焼き付けておかなくては!
心の中で一喜一憂していると、クラークさんは私の方を見て、にこりと微笑んだ。
「さすがと申し上げるべきでしょうか。ウェッ……いえ、ええと……」
あ、呼び方どうしようかなって思っているのかな?
さすがにこんなところで〝ウェッジウッド公爵令嬢〟なんて呼べないもんね。
フローラからは〝お姉ちゃん〟と呼ばれているから、呼び名をちゃんと決めていなかったんだけれど……。
フローラはよくある名前だけれど、私のセラフィナは貴族風の名前だ。
そのまま呼んでもらうのはちょっと差し障るから、平民風にすると良いかしら。
「私、サラといいます。どうぞよろしくお願いします。それと、ラン様のお気遣いは、本当に嬉しく思っています。その、おこがましいこととは思いますが、楽しみに待たせて頂きますね」
お返しなんてとんでもございません!と謙遜する気持ちはあるが、せっかくの推しからのプレゼント、許されるのなら頂きたいのが本心。
もらったものは家宝として丁寧に保管するつもりである。
そしてさり気なくお忍び用の名前でも呼ばせてもらいましたありがとうございます!
煩悩だらけの心の声を隠してそう告げると、クラークさんはさらに声を上げて笑った。
「はははっ。これはサラ様のご期待に応えなくてはいけませんね、ラン様?」
「……うるさい」
眉間に皺を寄せ続けるランティス様は、ひとことだけそう答えると、「行くぞ」と言ってくすくす笑うクラークさんを伴い行ってしまった。
その背中に軽く頭を下げ、姿が見えなくなるまで見つめる。
うしろ姿もかっこいい。
平民服でも、変装仕様で髪型や色を変えていても、かっこいい。
照れた顔は超かわいい。
ああ……いつかデレた顔も見せてくれるかしら……。
「――ちゃん! お姉ちゃん⁉」
「はっ! あ、ご、ごめんなさい」
ぽわんと浸っているところに声をかけられ、フローラたちの存在を思い出す。
……って、ああっ!?
そうだ、フローラとランティス様の出会いイベント!
「もう、お姉ちゃんは優しすぎだよ! あれでしょ? あいつが最低な婚約者。こんなところで出会うなんて……最悪だわ!」
……のハズだが、フローラはランティス様の去っていった方を睨みつけ、歯噛みしている。
あ、あら?
「ちょっとばかり差し入れのお礼を言われたからって、絆されちゃダメだからね!」
フローラは、私の婚約が決まった時のような鬼の形相をしている。
あれぇー?
「と、とりあえず、馬車まで戻りましょう。このままだとフローラお嬢様の怒りが暴走してしまいそうですし……」
こそっとアルが私に耳打ちをする。
やはりアルの目にも、フローラがランティス様を嫌っているように見えているようだ。
「それはまずいです! セラフィナお嬢様、馬車の中でフローラ様を宥めて下さい! お願いします!!」
フローラの護衛騎士も涙目で私に懇願する。
「わ、分かったわ。フローラ、とりあえず行きましょう?」
思ってたのと違う(二回目)。
半ば混乱しながら私は、ぷんすかというかわいらしい表現では済ませられないくらいにお怒りのフローラを宥めながら、屋敷へと帰るのであったーー。




