前前世ぶりの推し活、はじめます!5
私達の姿を見て、騎士たちがざわりとさざめいた。
まず私を見て目を見開いて驚き、ランティス様の方を見てそわそわする。
そんな騎士たちの姿と私の登場に、ランティス様がため息をついた。
「――ウェッジウッド公爵令嬢、」
「ごきげんよう、ランティス様。どうぞ、先日のように名前で呼んで下さいませ?」
なにか言いたげなのを遮ってそう声を上げると、また騎士たちからざわっ!とどよめきが起きた。
「先日のように名前で、って。殿下はそこまで仲を深めていたのか?」
「婚約したって話は聞いてたけど……。殿下がいつも通り過ぎて、噓だったんじゃって噂もあったのにな」
「噂の〝完璧令嬢〟だろ? うわ、まじで美人だな」
ひそひそと囁き合う騎士たちに、ランティス様の眉間の皺が深くなる。
まずいわ、怒らせたいわけじゃないのだから、本題に入ってしまおう。
「こほん。本日は殿下が訓練に励んでいらっしゃるとお聞きしまして、お邪魔させて頂きました」
「――俺はなにも聞いていないが?」
あら? 間違いなく両陛下にはお伝えしたはずなのだけれど……。
「まぁまぁ、私の方にはちゃんと報告がありましたよ」
不機嫌なランティス様に少し戸惑っていた時、一人のすらりとした男性が近付いてきた。
赤みを帯びた黒の長髪に、赤褐色の瞳。
話しぶりからするに、ランティス様に近しい人かしら?
「……クラーク、いい度胸をしているな」
「両陛下に口止めされていたんですよ。殿下がどんな顔をするか楽しみだっておっしゃって」
クラークと呼ばれた男性の言葉に、ランティス様は頭を抱えた。
どんな顔をするか楽しみって……息子を相手に楽しんでいらっしゃるのね。
でも国王夫妻のご命令なら、ランティス様に私の来訪を告げなかったのも仕方のないことだわね。
「はじめてお目にかかります。わたくし、ランティス殿下の護衛兼秘書を務めております、クラーク・カーマインと申します」
がっくりとしたランティス様をよそに、クラークさんはにこやかな笑顔で私に挨拶をしてくれた。
カーマインってことは伯爵家か。
カーマイン伯爵家といえば、代々王族の側近を務めた者が多いことで有名だ。
「ご丁寧にありがとうございます、カーマイン卿。わたくしはセラフィナ・ウェッジウッド。ウェッジウッド公爵家の長女でございます」
完璧なカーテシーでもってそれに応える。
そんな私の姿に、クラークさんも感心した様子だ。
「さすがはウェッジウッド公爵令嬢ですね。こんなに美しいカーテシーは、王宮内でもなかなか見たことがありません」
「恐れ入ります」
一見にこやかな会話だが、彼が私を値踏みしていることにはちゃんと気付いている。
私が己の主の婚約者であることはもちろん知っているだろうから、見極めようとしているのだろう。
信用できる人物か。
利用価値のある人物か。
有害な存在ではないか。
――っ、素敵だわ!!!!
「わたくし、まだまだ至らない点も多いかと思います。カーマイン卿の目で見て、これはと思うことがございましたら、遠慮なくご教示くださいませ。不肖の身ではありますが、この度恐れ多くもランティス殿下のお側にいることを許されましたので、卿からは色々と教えて頂きたいと思っておりますの」
孤高の存在のランティス様、そしてそれを陰ながら支える忠義に厚い側近。
素敵、素敵すぎる。
これもランティス様が素敵だからこそ、築ける関係だろう。
幼い頃から一緒だったのかな?
お互い切磋琢磨してここまできた、みたいな?
それでもってお互いに信頼し合ってて、ランティス様が唯一本音で話せる相手だったりして?
うわーだったらめっちゃ推せる!
「まさか、ウェッジウッド公爵令嬢が至らないなどということは。こちらこそ、よろしくお願い致します」
煩悩だらけの私の脳内など知る由もなく、クラークさんは仮面のような笑顔を貼り付けたままだ。
表向き物腰柔らかだけど、本当は腹黒ってやつかな?
うわーそれもまた良いわぁ、ランティス様とペアで推せるぅ!
まさか私がこんなことを考えているとは思ってもみないだろう、こちらも完璧な笑顔を貼り付けて応対する。
すると、それまで黙っていたランティス様が口を開いた。
「ーーで、今日はなぜここに?」
じろりと睨むような目つきも素敵なんですけど、名前は結局呼んでくれないんですね?
「まあ、わたくしとしたことが、失礼致しました。ランティス様が普段どのように騎士団で訓練なさっているのかを知りたいと思いまして。つまらないものですが、冷たいものもお持ちいたしましたので、ぜひ召し上がって下さいませ」
名前で呼んでともう一度言いたいのをぐっとこらえ、アルに目線で合図を送り、スポーツドリンクを出してもらう。
蓋付きの水差しに入ったものを差し出してみると、ランティス様の視線が水差しと私を行ったり来たりする。
「……レモン水、か?」
「似たようなものですが、少し風味が違います。毒など入っておりませんのでどうぞ」
冗談で言ったつもりだったのだが、ランティス様はぐっと仰け反って気まずげな顔をした。
どうやら本当に毒入りを疑われていたらしい。
「殿下の婚約者様のご用意下さったものですから、そんなことはとは思いますが、念のため私が先にひと口頂きますね」
そこへクラークさんが口を挟んできた。
確かにランティス様は王子様、毒味は必要なのだろう。
「もちろんですわ。ではアルバート、カーマイン卿に少しお注ぎして?」
そうしてアルバートが、用意しておいたコップにスポーツドリンクを注ぎクラークさんに渡す。
毒が入っていないのはもちろんだが、その味を気に入ってもらえるだろうか。
ここでクラークさんが、こんな不味いものを殿下の口に入れるわけには……!とか言えば、そこで終了だもんね。
ある意味ドキドキしながらそのリアクションを待つ。
「! これは……」
これは⁉ なにそれ、どういう意味⁉
そう詰め寄りたい気持ちを抑えて首を傾げる。
お口に合いませんでしたか?と少し不安げに問えば、驚いたような表情でクラークさんが私を見た。
「いえ……とても美味しくて、驚きました」




