前前世ぶりの推し活、はじめます!3
昨夜も1話投稿しております。まだ読んでいない方はひとつ戻って下さい。
朝のうちに料理長にお願いしておいたため、行けば待たずに厨房の隅を貸してもらえることになった。
驚かれはしたが、お嬢様のおっしゃることなら……!って、みんなが協力的だった。
日頃の行いって大事よね。
「お嬢様、菓子作りなんてできるんですか?」
「うふふ、まあ見ていて頂戴」
よそ行き仕様のアルに、胡乱な目で見つめられる。
意外かもしれないが、前世も前前世も料理とお菓子作りは得意だったのだ。
まあオシャレなものや手の込んだものは無理だが、簡単なものとか、稽古や訓練の合間に口にしやすいものはよく作ったものだ。
あとは、推しの誕生日にケーキ焼いたりとかしてたし。
それに前世では、私の隊に入れば遠征時の食事も美味いものが食べられる!と騎士たちに評判だったんだから。
「わが家の料理人たちが作るような、凝ったものではないけれど。ふふ、みんな、恥ずかしいから覗かないで下さいね?」
「「「は、はははいっ!」」」
興味本位でわらわらと集まる料理人を遠ざけることに成功した私は、さっそく作業に取りかかった。
まずは小麦粉とベーキングパウダー、砂糖にバター、卵とヨーグルトを混ぜ合わせる。
異世界のわりに、前前世と同じ食材が揃っているのがありがたい。
「初めてにしては手際が良いですね」
「まぁね」
料理人たちが離れたため、アルとふたり、こっそり気を抜いてしゃべることができる。
私が意外とまともに作れていることに驚いたようだが、これくらい難しくもなんともない、誰にでもできることだろう。
どれだけ期待していなかったんだと、ちょっぴりイラッとする。
生地がまとまったらレモン汁を加えてパウンドケーキの型に流し入れ、レモンとオレンジを薄く輪切りにしてシロップ漬けにしたものを上に乗せる。
「あとは焼くだけ。簡単でしょ?」
「たしかに。でも俺はお嬢様が包丁をちゃんと使えていたことに驚きました」
オレンジとレモンを切っただけだけど?
なんだろう、先ほどからアルは私のことを馬鹿にしているのだろうか。
でもまぁ、貴族のお嬢様は料理なんてしないからね。
少女漫画や乙女ゲームでは、ヒロインがヒーローのために料理を頑張っていて、指を切っちゃって、ヒーローに手当てされて……っていうシチュもありがちだけれど。
でも実は、あんまり私好みじゃないんだよね。
どちらかといえば、推しを煩わせるようなことはしたくないし、美味しいって言ってもらえればそれで良いってタイプ。
さてそれはともかく、焼くのを待っている間に飲み物でも作ろうか。
「またレモンですか? それと、はちみつと、塩? 甘いのかしょっぱいのかどっちですか」
用意した材料を見て、アルが怪訝な声を出す。
「疲労回復と熱中症予防の効果があるスポーツドリンクを作るのよ」
「すぽ……? なんですかソレ?」
しまった、つい前前世の知識が。
「ええと、とにかく運動後の体には、塩分も糖分も必要なの。だからそれを補ってくれるドリンクを作るつもり。普通に飲んでも意外と美味しいわよ。飲み過ぎには注意だけど」
そう説明すると、へえ〜とアルが興味深そうに私の手元を覗いてきた。
おや、興味なさそうに待っているだけだろうなと思っていたのに、意外ね。
「つか、若い頃の俺にシゴキ訓練やった時は、そんなもん作ってくれなかったですよね?」
「さぁ作るわよ! あ〜美味しくできると良いなぁ!」
突然の口撃に聞こえないふりをして、作業を再開する。
とは言っても、こちらはめちゃくちゃ簡単なので、すぐにできる。
まず少量のお湯にはちみつと塩を入れて溶かす。
それを水とまぜ、レモン汁を入れてお好みでレモンの輪切りやミント、氷を入れて冷やせばできあがり。
ぬるくならないように魔法を使えば完璧だ。
「うお、まじで簡単ですね。しかも見た目もちょっとオシャレじゃないですか?」
「透明な水差しに入れると映えるわよね。映え、大事よね〜」
バエ?と首をひねるアルに、またもや軽く笑って誤魔化し、特製スポーツドリンクをたくさん作って水差しに入れていく。
「? 王子殿下、そんなにたくさん飲んでくれますかね?」
「馬鹿ね、一緒に訓練している騎士たちの分よ」
いくら推しとはいえ、本人だけに差し入れをするのはちょっと。
周りの人の助けもあってランティス様という人物が成立しているのだから、他の騎士たちにも気を配るべきだと私は思っている。
ほら、あれよ、女優とかが俳優だけの分じゃなくて、スタッフも含めたみんなに差し入れを持って来るみたいな感じ。
社会人を二度も経験した、三度の人生合算して喜寿越えの人間だからね、そこらへんの気遣いはちゃんとしているのだ。
さすがに大量のケーキを作るのは骨が折れるけれど、飲み物くらいは、ね。
「へぇ……意外と、ちゃんと周りも見えてるんですね」
「アル、やっぱり私のこと馬鹿にしてる?」
「いや、俺にはひとつも差し入れてくれなかったくせに王子……「あーっと、そろそろケーキが焼ける頃かなぁ!」
またもや不穏な空気になり、慌てて話を逸らしてオーブンの方へと向かう。
先ほどからの応酬、これはかなり根に持っているみたいね。
「……今度、うちの護衛騎士団にも差し入れするから。今後こうやってランティス様の差し入れを作ることも増えるだろうし、それなのにみんなの分を作らないのはおかしいものね」
「ははっ、お嬢の手作りの差し入れなんて、みんなそりゃー喜ぶと思いますよ」
やっと笑った。
「……悪かったわよ。このケーキも、ひと切れ食べる?」
「や、それは王子殿下のために焼いたんでしょ? 俺が食べるなんて畏れ多い」
そういうところが、アルは意外とちゃんとしている。
「分かった。今度はちゃんと、アルのために作るから」
「ふっ、変なモン、毒とか入れないで下さいよ?」
入れるか!
そう突っ込みたいのをぐっと我慢して、私は魔法でケーキを冷やし、食べやすい大きさにカットしていくのだった。