前前世ぶりの推し活、はじめます!2
朝も1話投稿しております。まだ読んでいない方は、ひとつ戻って下さい。
* * *
ランティス様との顔合わせから一週間が過ぎた。
「アル、例のものは?」
「へいへい、ちゃんとあがってますよ」
現在自室にはアルとふたりだけ、私は一週間待ち続けたあるものを受け取った。
静かにその書類の束を読み進めていく。
その間、アルは私の傍らに真顔で立っている。
もしも事情を知らない者がこの場面を見たら、どんなに重要な書類に目を通しているのだろうと思うに違いない。
しかし、実際は。
「ラ、ランティス様、やっぱり最高……っ!」
「……婚約者の情報調べさせた報告書見て泣くのなんて、お嬢あんたくらいですよ」
うっうっと涙を流しながら、食い入るように書類にかじりついた。
一週間前、顔合わせが終わるとすぐに私は、ランティス様について調べるようアルに命令した。
推しを見つけたならまず情報収集から、推し活の基本である。
さすがに王族が秘匿しているような情報まで知る必要はないから、知っている人なら知っている、くらいのレベルでお願いね!と言って。
あの短い時間の顔合わせでいったいどんな心境の変化が!?とアルが驚くぐらいには、その時の私の目は輝いていたらしい。
その報告書によると、今まで聞いたことがあった通り、ランティス様はその髪や瞳の色のことで、生まれた時から疎まれることが多かった。
両親である国王夫妻や兄妹たちは彼を蔑ろにするようなことはなかったが、だからといって周囲の人間に権力をもって無理矢理ランティス様を認めさせようとすることもしなかった。
まぁこういうのは、一種のすり込みみたいなものだからね。
異質なものや常識とされてきたものからあまりに外れていると、人間とは拒否反応が出てしまうものだ。
その人が悪いわけではないと分かってはいても、なんとなく避けてしまう。
そういう理屈ではないものを、無理に抑えつけようとするのは上手くない。
そんな難しい境遇ではあったが、ランティス様には魔法と剣術の才能があった。
ならばと鍛錬を重ね自ら志願し、騎士団とともに魔物討伐や戦地へと赴くようになったのだ。
きっと、自分なりのやり方で認められるために。
「な、泣ける……! 幼い頃から苦労して、努力して……。そうだろうなーとは思ってたけど、予想以上に健気すぎて……!」
涙で視界が滲み、報告書の文字がちゃんと読めない。
そんな私にアルは若干引きつつも、まあそうですねと同意してくれた。
「まあたしかに? 厳しい環境の中で努力してきたんだなぁとは思いますよ。髪や瞳の色については色々と考えちまうかもしれませんけど、生まれ持ったモンじゃあ、本人にどーこーしようがないですからね」
「だよね!? アルもそう思う!? 一緒にランティス様推す!?」
結構ですとバッサリ即座に拒否されてしまったが、とりあえずランティス様は推すに足りうる人間だと分かってもらえただけで十分だ。
「じゃあランティス様についての事前情報収集についてはこれで完璧ね。いよいよ本格的に推し活を進めていくわよ」
やる気を満ち溢れさせ、立ち上がる。
生い立ちの他にも、好きな食べ物や休日の過ごし方など、アルは予想以上にしっかりと調べてくれたので、色々とやりたいことがたくさんある。
推しの好きなものを知るのは大事なことだもんね!
「はぁ……今からなにをしようっていうんですか?」
「ふふ、よくぞ聞いてくれたわね。差し入れよ!」
は?とアルの目が点になっている。
「だから、差し入れよ。ほら、今日のランティス様の予定を、今朝調べてきてもらったじゃない?」
「ああ、たしか第一騎士団での訓練に参加って……」
「そうよ! だから今日のミッションは手作りお菓子の差し入れよ! 名付けて〝氷のような推しの心を溶かしちゃえ☆セラフィナのドキドキあまあまスイーツ大作成(あ、でもスイーツはさっぱり味だけど)〟よ!」
どやぁ……!と立派に育った胸を反らせる。
三度の人生の中で一番のメリハリボディ、存分に魅せていきたい。
「……頭沸いてんですか?」
「ちょっとアル、なにか言った? ほら、時間がないんだから早速厨房にレッツゴーよ!」
久しぶりの推し活に、私の心は弾みに弾んでいた。
前世は推し活なんてしなかった。
前前世は推し活に夢中になりすぎて健康を損ねた。
でも今世は健康を保ちながら好きなだけ推し活ができる!
だって相手は婚約者、誰も文句なんて言わない。
しかもゲームや小説の中のキャラじゃない、実在する人物だから、差し入れもできるし会話もできる。
それに腐っても公爵家、お金に困ることはないし衣食住はちゃんと整えられている。
つまり私に恐いものはない、無敵の推し活ライフが始まったのだ!
「暑い日が続いているし、水分と塩分が取れる、冷たいものなんて喜ばれそうよね。ランティス様の好きな柑橘系のフルーツをつーかおっと!」
ウキウキと私はノブに手をかけ扉を開く。
もちろん廊下に出たら、ちゃんと〝完璧令嬢〟の仮面を被って。
しかし、内心浮かれまくっていた私は、気が付かなかった。
「……つーか、この一週間なんの音沙汰もなかったけど、第二王子殿下はお嬢のことをどう思ってるんですかね? 放ったらかし状態なのに、お嬢はなんとも思ってないのか?」
その事実にも、アルの呟きにも、そして、その眉間に深く刻まれた皺にも。