前前世ぶりの推し活、はじめます!1
昨夜1話投稿しておりますので、まだ読んでいない方はひとつ戻って下さい。
「〜〜っ、なんだあの女は!」
「どうせすぐに泣いて帰るだろうさ、と言っていたのに、どうやら返り討ちにされたみたいですね」
ダン!と執務机を打つランティスの向かいで、護衛兼秘書を務める側近のクラークが薄く笑った。
ランティスとセラフィナとの婚約、これは国王夫妻からの強い推薦で決まった話だった。
その生まれながらにして持つ髪と瞳の色のことで色々と辛い思いをしてきたランティスを、国王夫妻はなんとかしなければと思ってきた。
その容姿がどうであれ、愛しい我が子だ。
その立場上、庇うことができないことも多かったが、心の中ではいつもランティスのことを心配していた。
厳しい環境の中、己の努力と才能をもって騎士団の中で活躍を続けたことも誇りに思っているし、あまり素直ではないが、ランティスなりに国の役に立ちたいと思ってくれていることも嬉しく思っていた。
実は、王族内にランティスのことを認めていない人間はいない。
父母である国王夫妻はもちろんのこと、兄である王太子、妹姫もランティスのことをきちんと兄弟として見ているし家族としての愛情もある。
……その心はあまり正確にランティスには届いていないのだが。
とにかく、そうした家族の支えやランティスの努力の結果もあり、少しずつではあるが臣下の中にも彼を認める者が出てきた。
ランティスはつい先日まで、隣国での諍いに援軍として派遣されていた第三騎士団に混ざっていたが、そこでの活躍も目覚ましいものだった。
これまでも幾度となく、強力な魔法、そして鍛え上げられた剣術で窮地を救ってきたのだ。
特に騎士団内では、彼の実力を認めている者は多い。
しかし、騎士以外の貴族からの評価は、相変わらずだ。
野蛮な王子、そう揶揄する者もいる。
そして未だに〝紅蒼眼〟などと呼んで恐れる者も多い。
「くそ、父上と母上からどうしてもと押し切られて断りきれなかったから、〝相手の令嬢が乗り気なら考えても良い〟と言ったのに!」
「得意の睨みと無愛想で嫌われてやろうとしたのに、相手の方が一枚上手だったということですね」
クラークに冷静に返され、ランティスの眉間の皺はさらに深くなった。
「殿下の、ご令嬢方からの評判はすこぶる悪いはずなのに、さすが〝完璧令嬢〟ということでしょうかね?」
本人を目の前にしてよく評判が悪いなどと言えるなと、ランティスはクラークを睨んだ。
しかしクラークの言っていることは正しい。
髪と眼の色、そして性格。
どう考えても自分は、女性から好まれるような人間ではない。
「〝完璧〟などというから、深窓の令嬢でおっとりとしているのだと思っていた……」
「まぁそう取れないこともないですがね。真相は、〝非の打ち所がない、そんじょそこらの男どもよりも優秀で完璧なご令嬢〟という意味です。〝ちょっとやそっとじゃビクともしない、肝の座った〟も追加すべきですかね?」
知っていたならもっと早く言えよと、ランティスは心の中で罵った。
だが、この件に関してはクラークを責められない。
ランティスが勝手に誤解して、きちんと調べなかったのだから。
「セラフィナ嬢では不服ですか?」
「口が裂けても不服などと言えるか。あの女を不服だなどと言ったら、俺は多くの敵を作る気がする……」
ランティスが初めてセラフィナの姿を見たのは、遠征から帰還した翌日の、コーラル子爵家でのパーティーでのことだった。
たまたま見かけて本当に一瞬目が合っただけだったが、その美しさにランティスは驚きを隠せなかった。
まるで精巧な美術品のように整った顔立ちと佇まい。
身に纏うドレスもよく似合っていて、柄にもなく、まるで女神のようだとランティスは見惚れそうになった。
その時はまだ婚約は決まっておらず、ランティスも彼女がウェッジウッド家のセラフィナ嬢だということを知らなかった。
それはそうだ、ランティスはほとんど公の場に出たことがないのだから。
「まぁ、あれだけの美貌と才能を持つご令嬢ですからね。不服などと言えるわけがありませんよね」
「俺には勿体なさすぎる」
「やはりそう思いました? 奇遇ですね、私もそう思いました」
歯に衣着せぬ物言いのクラークに、ランティスはキレそうになった。
「だから! わざと嫌われてあちらから断られるようにしたつもりなのに、上手くいかなかったと言っているんだ!」
「両陛下の話を聞く限り、セラフィナ嬢は殿下のことを気に入ったみたいですけど?」
それについても本当にわけが分からないとランティスは頭を抱えた。
『思った通り、あのご令嬢ならおまえの良いところを見て、おまえの支えとなってくれるだろう』
『途中からふたりの世界みたいになっていて、ドキドキしちゃったわ。わたくしも、セラフィナ嬢と仲良くなりたいわぁ』
あの顔合わせの後すぐ、国王夫妻は安心した様子でそう言いランティスの肩を叩いた。
自惚れでないなら、たしかにあの時のセラフィナの言動に、自分を嫌悪するような素振りは見られなかったとランティスは思い返す。
しかし。
「いったい俺の、どこを気に入ったんだ……?」
「まぁあなた、顔の作りはとても良いですからね。魔法で色を変えてお忍びで出かけた時は、入れ食いじゃないですか。あとは、セラフィナ嬢は強い男が好きなのかもしれません。彼女の護衛騎士、めちゃくちゃ強いって噂ですよ。騎士団が破格の待遇で勧誘したけど、即断られたって話ですけどね」
顔はともかく、強い男が好きだという線はあり得る話だとランティスは思った。
だが、戦場に出る自分の剣と魔法は、格好が良いとか綺麗なだけなものではない。
血なまぐささに溢れたものだ。
それを理解していない箱入りのご令嬢に、果たして本当に受け入れてもらえるだろうか?
あのとても美しい青い瞳を恐怖の色に染め、見つめられることを想像して、ランティスは顔を顰めた。
「殿下?」
「……なんでもない。婚約は決定してしまったが、今後はできるだけ彼女が傷付かないよう、あまり関わらないようにする」
はあっとため息をついてランティスは立ち上がる。
仲を深めてしまったら、傷も深くなる。
お互いに。
それだけは避けなければと決意し、ランティスは執務室の出入口の方へと歩き、ゆっくりと扉を開いた。
「……あなたの優しさは分かりにくいですからね。避けたら、それはそれでセラフィナ嬢が傷付きませんか?」
「あれだけの〝完璧令嬢〟だ。すぐに彼女を愛し守ってくれる男に出会うだろう。むしろ今まで相手がいなかったことが不思議なくらいだ。……その時は、すぐに手を放す。それまでの、期限付きの婚約だ」
表情は見えないが、その声はどこか物悲しげで。
「……そこに、殿下の幸せはあるんですか?」
クラークの声が聞こえているのかいないのか、ランティスは無言で廊下へと出て行ったのだった。