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第九十九話


「タケユキさ~んっ」


 今回もテレシーがポテポテ寄ってきて抱きついて来たよ。クレオさんの手を離してテレシーの頭をよしよしする。


「お疲れ様。窓から見てたよ」


 シュザージも楽しげな顔でこっちにやって来た。

 そして俺に触れようと手を伸ばす。けど、やはりまだ触れない。


『くそう、まだ改良が必要か』

「でも、シュザージの魔法陣はすごいよ。声がちゃんと口から出るようになってるし、見た目も幻影に見えない」


 俺も触れないかとシュザーシの幻影の手に触れてみるけど、やっぱりすり抜けてしまう。

 触りたいな。

 シュザージだけ手も繋げないし抱きしめられないのが寂しいね。

 でも、魔法陣の組み立てなんて俺には手伝えないし。何か力になる方法ないかな。超能力で幻影を見せる技もあった気がする。そういう細やかな力の使い方って母さんの方がうまかったよなぁ……なんて考えていたら、シュザージが突然ビクリとした。


『タケユキ、今なにをした?』

「へ?」


 何もしてないよ?

 母さんの力の使い方を思い出してただけ。あと、シュザージに触りたいとか力になりたいとか思ったくらいか。できそうにないけど。

 俺は首を傾げた。


「特に何もしてないよ?」

『そうか……』


 なんだろうね。シュザージが手をわきわきと握って開いてした後、テレシーの手で魔法陣を描く時みたいに自分の指を動かし考え込み始めた。


「シュザージ?」

「シュザージってば! もう、また魔法陣に没頭し始めたのね」

「そうなの?」

「馬車の中でスタングさんと一緒に魔法陣講義を受けてたんですが、人に教えながら自分の魔法陣構築の考えに没頭して、人の話聞かなくなることがあったんです」


 テレシーがムッと頬を膨らませた。もう一度、よしよしと頭を撫でておく。


「テレシーも魔法陣を習ったの?」

「はい。あっ! お茶を淹れます! ホーケンの町長さんが茶道具セットをくれたんです。それとホーケン特産の果物茶も」

「町長さんは旅に必要なものがあれば揃えてくれるとおっしゃって下さったんですがね」

「お茶道具は必要ですよ、クレオさん」


 さすがテレシー

 担いでいた荷物はそれだったのか。


「久しぶりにテレシーのお茶が飲めるのは嬉しいね」


 クレオさんは苦笑いしているね。

 でも俺はうれしい。リドルカさんを振り返ればうなずいてくれたのでリドルカさんも嬉しいみたい。テレシーの淹れてくれるお茶は美味しいから。


「では、その前にこちらをお渡ししましょう」

「ミリネラ様が買って下さったリュック!」


 クレオさんが差し出したのはテレシーの忘れ物。ミリネラさんにもらったものだったんだね。

 

「よかったね、テレシー」

「はい! あ、中は後で確認しますね」


 そうだね、着替えだもんね。

 ちょっと照れてるテレシーもかわいいね。


「色々と報告したいこともあるのですが……お茶をいただきながらにしましょう。少ししたらシュザージ殿下の思考も落ち着くでしょう。たぶん」

「ですね」


 荷物の中からテレシーが取り出したヤカンに、リドルカさんが魔術で集めた水を入れてたよ。水の入ったヤカンに向かい、テレシーが真剣な顔つきでお湯を沸かす魔法陣を描いた。本当にお湯が沸いたよ。すごい、テレシー。

 テレシーが魔法陣を駆使してお茶を淹れるという大仕事をやり遂げた頃、シュザージの意識も戻ってきた。ちょっと咳払いして席に着く。もちろんシュザージはお茶が飲めないけど、テレシーと一緒に味わえるらしい。

 

 この部屋は上等の部屋で、テーブルも大きい。けどさすがに五人で掛けるには椅子が足りず、テレシーは備え付けの鏡台の前にあった椅子を持ってきて座った。クレオさんが自分が足りない椅子に座ると言ったけど「私、小間使いなので!」と言ってそれに座った。

 まあ、そんな感じで席に着き、お茶をいただく。

 

 そして、それぞれの報告が始まった。

 まずはクレオさんが口を開く。


「ウェルペン領主は街の人々にホーケンでの出来事は何一つ発表してなかったようですね。勇者が命令を無視して出て行ったことを宿舎の使用人たちに口止めしてましたよ。テレシーさんが宿舎に置き去りにしてしまっていた荷物は放置されていましたけど、もう回収して来ましたし。これで領主も館に呼び戻す口実は無くなりました」


 そもそも忘れ物があること事態、誰も気がついてなかったって。どれだけいい加減に扱われていたんだろうね、勇者って。

 ついでと言ってはなんですが、とクレオさんは宿舎の使用人たちにもこの街で懇意になった知り合いにも、ホーケンでの色々を話して来たそうだ。今頃領主にも神殿にも問い合わせがいっぱい来ているだろうって。

 クレオ さんはそつがない。

 おかげでこっちを気に止めたり文句を言いに来ている暇もないそうだ。


「すごいね、クレオさん。そうだ、町の人はシュザージのことも注目してたよ。かっこいいシュザージが神殿騎士をやり込めたのを見て、ホーケンの話をしたのを聞いて、騒いでた」

「ふふふ、神殿騎士を驚かせて注目を集める作戦は成功ですね」


 テレシーが笑ってる。

 神殿騎士に嫌な目に遭わされたし、ちょっとスッとしてるみたい。うん、俺もだけどね。


 シュザージとクレオさんの情報を聞いた町の人たちは、領主が問合せを無視しても自分たちでホーケンのことを調べるだろうって。実際、ホーケンと取引してる店の人なんかがホーケンに向かって行ったらしい。

 ホーケンの町で何が起こったか知れ渡れば、領主も神殿も責められる。そうなればホーケンの町を人質に勇者たちに無茶を言うなんて馬鹿な真似もできなくなる。

 ついでに町の人たちも勇者のこと見直してくれたらいいね。


 お茶をいただきひと息ついて、次は俺とリドルカさんで調べたことを話した。


「山を越えて来る魔物はいないんですね、よかった」


 テレシーがそのことにホッとしている。

 魔物との戦いのさなかにいたんだもんね。俺もあれは怖いと思ったからいなくてよかったって思うよ。

 それから明日の俺たちの予定に話が移ったよ。

 伝書鳥から受け取った情報についてだね。


「明日は、ロシニエンの街に行って、隠密兵に会う」

『ふむ、国境付近の街か。私たちもベルートラスから来る時に通って来たが、その時は特に気になることはなかったな。だが、確かに少し調べた方がいいか』


 シュザージの言葉にリドルカさんもうなずく。


「俺たちは明日、お前たちが立った後、出立する」

「うん、明け方に羽次郎を飛ばして隠密兵さんに連絡を送ってから行くよ。飛んで行くから待ち合わせの町には先に着けると思う」

「え? その子はハネタローじゃないんですか?」

「うん、羽次郎」


 俺の頭の上で、羽次郎はピチピチ鳴いた。

 明日、俺とリドルカさんは羽次郎の主人である隠密兵さんに国境の様子を聞きに行く。シュザージやカトリーネさんが懸念している“勇者を囮にして別働の軍隊で帝国を攻める作戦”をフレンディスが行っているのかを確かめに。

 今のところ、たぶんそれはないと思うけど念のため。

 それにうなずき合った後、次はシュザージから報告があった。


『そうだ、スタングの話をしておかねばな』


 スタングさんは正式にシュザージの弟子になったそうだ。

 でも、立場上まだ完全にこちらの情報を教えられる状態じゃないので、俺とリドルカさんのことは秘密にするらしい。それは仕方ないよね。


「ラスタル神王国とやり取りする時に、間に立ってもらえればいいんですが。スタングさんの立場では難しいかもしれませんね」


 そう言ったのはクレオさん。

 末端とはいえ神王国の王族なのに、神殿からも扱いが悪かった。もしかしたら他の王族と話ができる立場じゃないかもしれないとのこと。


『まあ、それはあまり期待してはおらん。神王国の王族が魔法陣に傾倒しているという事実だけでも良い宣伝になる』


 クレオさんの懸念は、シュザージも見越しているのかな。庁舎で見た時もものすごく心酔してたし、テレシーが何も言わないからいい関係が築けているんだろうね。師弟として。


『ああ、リドルカに聞いてみたいと思っておったんだ。お前の弟たちについてだ』


 リドルカさんがちょっと嫌そうな顔をした。


「……なんだ?」

『お前の弟たちは、姿を崩していると言っていたが魂は留まっているのか? 意思の疎通はできているのか?』


 なんでそんなことを聞くんだろう。


「意思は……ありましたよ。深く心を読まないとなかなか受け答えはできないですが」


 リドルカさんがシュザージを睨んで押し黙ってしまったので、俺が答えた。

 シュザージはリドルカさんのことなど意に介さないように、少し上を見ながら口元に手をやり考える。


『それなら……なんとかなるか? うむ。余分な魔力を出して、姿を整えて補強すればスタングの相棒になれるかも知れんと思ってな』


 その言葉に驚いた。

 ものすごく驚いた。

 リドルカさんも目を見開いて驚いてる。


『スタングはあれでも神王一族だからな。相当な魔術士でなければ相棒になれん。それで帝国の皇族兄弟ならどうかと考えていたんだが──』


 なんかしれっと言っているけど、本当にそんなことできるのかな。


「あのね、シュザージ。弟さんたちってもう人の姿はしてないんだよ。黒の離宮から出すだけで死んじゃうかもしれないんだよ」

『生きていて魂があればなんとでもなる。しかも、弟たちはリドルカのように魔王石とまではいかないが、魔王石に近い魔力を自身の身に宿しているのであろう? 最上位の神術士であるスタングと組んで魔法陣を使えれば、最低でも私のように幻影で動けるようになるだろう。と、思ったのだがな』


 ……すごい。

 それが本当にできたら、弟さんたちも甥っ子くんも話が出来て外へ出られるようになるの?

 嬉しくなってリドルカさんを見たら、リドルカさんが言葉もなく固まっていた。


「リドルカさん? リドルカさん!」


 目の前で手を振れば、ハッとしたように気を取り直し、なぜか俺をギュギュッと抱きしめた。


『おい、どさくさに紛れてイチャつくな』

「気持ちを察してあげてくださいシュザージ」


 テレシーが程よいツッコミを入れて怒るシュザージを止めてくれた。

 俺はテレシーに目配せで礼をして、リドルカさんを抱きしめた。少しの間そうした後、落ち着いたリドルカさんは改めてシュザージに向き直った。


「本当に……できるのか?」

『魔法陣の技術的にはできるはずだ。ただ、直接弟たちの様子を診断して魔法陣の組み立てをしなければならんから、できたとしても先になるか』

「すぐに帝国に戻るわけには、いかんか」

『術道具が必要ならテルセゼウラの城にも取りに行かねばならん』

「くっ……」


 悔しそうに唸るリドルカさん。

 でも、嬉しそうだ。


 そのことは次に飛ばす伝書鳥で皇都に知らせることになった。

 オーレリアさんもきっと、喜ぶだろうな。


 そんな話し合いをしていたらいつの間にか夕食の時間になったようで、宿の人がテレシーに知らせに来た。

 俺とリドルカさんは部屋でいただくことにしているので部屋に戻り、テレシーたちは宿の食堂に行く。シュザージは食べられないから姿を消すそうだ。食べられないけど、テレシーが食べれば一緒に味わえるんだし、美味しいご飯だといいね。


 明日の朝は早いので、食事をとったら早く休むことにしたよ。

 俺もいろいろ頑張るぞ!



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