第九十八話
俺とリドルカさんはテレシーたちが馬車で出発する前にホーケンの町を出た。もちろん誰にも見つからないようにテレポートで空の上まで跳んでね。
「いってらっしゃい、羽太郎」
「ピイッ!」
空の上で、リドルカさんが皇都へ向かうよう念じながら羽太郎を放つ。
皇都の城には伝書鳥用の塔があって、皇都に向かって飛ばされた伝書鳥はみんなそこへ行くんだって。そこでしばらく休憩して、返事を持って帰って来るそうだ。
「羽太郎、いつごろ帰ってくるのかな」
「二日か三日か、返事にもよる」
そっか。
お仕事頑張って、羽太郎!
羽太郎は東に向かって飛んでいく、俺たちは反対にクオスト山脈の上を西に向かって飛んだ。
オンタルダ帝国ローレンド領はクオスト山脈の西南にあり、ホーケンより西の町や村にも魔物が到達している可能性があったからだ。
「ローレンド領を、すぐに鎮めることはできんからな……」
リドルカさんがそう言って、確認と残る魔物の掃討に出ると言うので俺もついて来た。
テレシーたちと待ち合わせているのはウェルペン領都の、前に俺たちが泊まった宿だ。俺たちは飛んでいくのでかなり時間が余ってしまう。なので、その間にやれることを考えてやることにした。
来る時も合わせたらクオスト山脈の端から端まで見てみたことになるけれど、ホーケンの町の方向に抜ける場所が一番谷や低い山が多く、他ではあれほどたくさんの魔物が山を越えているようには見えなかった。
そうして、時々目についた魔物を倒したりしながら山脈の端、海が見えるところまでやって来たわけだ。
ずーっと遠くまで見える水平線が綺麗だ。
振り返れば長く獣の背骨のように伸びる山脈と両側に広がる広大な大地。ローレンド領は真っ黒だけど。
「リドルカさん、大陸ってここの他にもあるんですか?」
「ある。オンタルダ帝国の南方を端まで行った海の向こうに同程度の大陸があると言われている」
「西や東の海の向こうは?」
「わからん。行ってみたいのか?」
「興味はあります」
行けるなら行ってみたい。なんて、これまでは思っても見なかったことを考えるようになって来たな。
「もちろん、今のゴタゴタが落ち着いて、理想郷ができて、腰を落ち着けられるようになってからですけどね。リドルカさんは行ってみたいと思ったことありますか?」
「……ある」
なんだか少し重みのある声で返事が返ってきた。
もしかして、空に上がるたびにそう思っていたのかな。
どこか遠くに行きたいって。
「もうこの辺りには魔物の気配はない。行くか」
「はい」
山脈を戻り、ウェルペン領都へやって来た。
前にも来た街なので似たようなルートで難なく町へ入り、街の様子や領主の城、神殿辺りをざっと調べて回る。
「街の人はホーケンの町で起こったこと、何にも知らないみたいですね」
隣を歩くリドルカさんに小声で尋ねると、リドルカさんはうなずいて返した。
街はいたって平穏。
魔物の話をしている人などまったくいなかった。
ホーケンの町はすぐそこなのに、魔物が山を越えて来たって街の人に知らせなくていいのかな。ここの領主も神殿も民を守るつもりがないみたい。
呆れまじりにため息をついたら、リドルカさんが心配気に顔を覗き込んできた。
「無理はしてないか?」
「大丈夫ですよ」
このくらいならなんでもない。
御典医さんからもらった薬を飲んでよく寝てるし、体調はもう完全に治っている。
そうしているうちに、クレオさんが到着する頃合いになった。
クレオさんはテレシーたちと一緒にホーケンの町を出たけど、自前の馬なので一足先にウェルペンへやって来ることになっている。
神殿の人たちはクレオさんのことには関心がないのか放置なんだって。
その分自由が効いていいってクレオさんは喜んでいたよ。クレオさんも勇者の一人のはずなんだけどね。
そうして、ウェルペンの門の辺りまで迎えに出たら、馬に乗ってクレオさんがやって来た。声をかけて一緒に宿屋に行き、クレオさんは自分とテレシーとスタングさん、それと御者さんの部屋を取ったよ。
シュザージから俺たちのことをざっくり聞いたようで、クレオさんはもう味方と思ってもいいみたい。
その後、クレオさんは用事があると言ってすぐに何処かへ行ってしまった。テレシーの忘れ物を取りに行くみたいだ。
で、もちろん、俺たちも部屋を取ったよ。
そしてそこでちょっと休憩。
ベッドに座って一息ついていると、リドルカさんが窓を開けた。空には黒い鳥が一羽、飛んでいる。
「え? 羽太郎!?」
「違うな」
びっくりした。
そうだよね。羽太郎は今朝帝都に向けて飛ばしたところだし。
リドルカさんが呼べば、伝書鳥はスッと降りて来てリドルカさんの指先に止まった。
「あの隠密兵の連れていた伝書鳥の一羽か」
そう言って、鳥の背負っているリュックから小さな魔石を取り出して掌に乗せると、リドルカさんは目を閉じる。
魔石にこもったメッセージを読み取っているんだ。
それにしても、羽太郎の兄弟鳥か。羽次郎って呼んでもいいかな。
「ここにいた隠密兵は、クオスト国とメイリンク商国に近いロシニエンの街へ向かったそうだ。帝都からの指令で国境付近の見張りを増やす手筈になったらしい」
「そういえばシュザージが言ってましたね。勇者は魔王を誘き寄せる囮で別に軍が動いてるかもって……」
「カトリーネもそう思ったようだ」
カトリーネさんか。陰謀詐術のたぐいはお姉さん方の範疇だもんね。
リドルカさんが勇者に接触する話を隠密兵さんから知らされて、勇者捜査は打ち切り国境の動きを調べる方へ重点を移したんだって。
数少ない隠密兵は有効に配置しなきゃだね。
そういえば…………
「あの、リドルカさん。どうでもいい話なんですが、ちょっと気になったので聞いていいですか?」
「なんだ?」
「カトリーネさんもお姉さんなんですよね? オーレリアさんは姉上って呼ぶのに、どうしてカトリーネさんは名前で呼ぶんですか?」
「……カトリーネは、二ヶ月しか違わない俺に姉上と呼ばれたくないらしい」
あー……。別にリドルカさんに姉上って呼ばれても、そんなに老けては見えませんよ? と、思ったけど本人の希望なら仕方ない。
そうこうしている間に日が傾いて、少しだけ薄暗くなってきた頃、テレシーたちの乗った馬車がやって来た。
俺たちは窓辺からそっと外を見る。
町に入って来た馬車は領主の城にも向かわず、その近くにある大通りに面したこの宿の前に止まった。もちろんついて来ていた神殿騎士は怒ったね。
「なぜ止まる!? 早く神殿に向かえ!」
「いいえ、目的の場所はここでいいと、馬車の中の方々に聞いております」
すました顔でそう言う御者さん。
御者さんはあの町の職員さんなので、神殿騎士がいきりたっても鼻で笑うばかり。怒り心頭の神殿騎士は馬から降りて馬車に近づいて乱暴に扉を開けようと手を伸ばす。
その瞬間、扉は中から開いた。
神殿騎士がギョッと身を引いたその時。豪奢な赤いローブをひらめかせ、降り立ったのは神殿騎士の知らない美青年。
「だっ、誰だ!? いつの間に馬車に乗った!?」
『誰だと? 間の抜けたことを。我こそは魔法陣の賢者ベル・シュザージ・テルセゼウラ。ホーケンの町にて魔物の群れと戦い勝利した勇者たちに助力した者だ』
おお、かっこいい。
威厳のある名乗りと、夕暮れ時に映える金色の髪。毅然たる振る舞いと王子様然とした衣装はすごく目立つ。
通りを行き交う人たちはみんな立ち止まって見惚れているよ。
シュザージは美青年だもんね。
凄むと魔王様とはまた別の怖さがあるよ。
神殿騎士も驚きも相まってか、更に腰が引けて数歩下がった。前を走っていた神殿の馬車から銀ピカ神官も飛び出て来て、憤慨して何か喚いていたよ。
シュザージは軽くあしらって足を宿に向ける。
て、あれ? そういえばシュザージの声がシュザージの口から出てる?
姿も前に見たものよりしっかりくっきりしてるね。すごい、魔法陣の完成度が上がってるんだ。
あと、シュザージのフルネーム初めて聞いた。
シュザージの後ろに続くようにテレシーが馬車を降りて、スタングさんが続く。
それを待ってたかのように宿の扉が開いてクレオさんが礼をする。
「お待ちしておりました、シュザージ殿下。勇者テレシー。それと勇者スタング。部屋の手配は滞りなく」
『うむ。行くぞテレシー、スタング』
「はい」
「はい、師匠」
『ああそうだ、明日は今日と同じ時間に立つ。貴様らもついて来たいならその心積りで用意いたせ』
横目でジロリと睨み、上から目線で神殿の者たちにそう言うと、シュザージは開かれた扉から宿に入りみんなもそれに習った。最後にクレオさんが入り扉がパタンと閉められる。
とたん、町の人たちが騒ぎ出した。
「だ、誰だ、あれは!?」
「殿下と呼ばれていたぞ、どこかの国の王族か!?」
「魔物の群れってなんだ? ホーケンなんて目と鼻の先じゃねえか、ウェルペンは大丈夫なのか!?」
「一緒にいたのは勇者だよな!? おい、神殿騎士! 何があったのか説明しろ!」
町の人たちに詰め寄られ、神殿騎士も神官も顔を見合わせてすぐ、慌てて馬と馬車に乗って神殿に向かって行ったよ。
ちなみに、テレシーたちの乗ってきた馬車は宿屋の裏手の馬車置き場に向かった。御者さん笑ってた。
少しすると、廊下を人が歩いて来る音がする。
そこからは超能力を使って様子を見てみる。
やって来たのはもちろんテレシーとシュザージ。それとクレオさんとスタングさんだね。テレシーたちは俺の隣に入って、スタングさんは向かいの部屋。クレオさんは俺たちのいる部屋へノックもせずに入ってきたよ。
本当はクレオさんの部屋はここの反対隣だけど。
「失礼します、リドルカ殿下、タケユキさん」
入ってから礼をするクレオさん。
この部屋の空間は俺が閉じているから扉を閉めれば声は外へ漏れない。だからクレオさんもリドルカさんの名前を口にした。
さて、隣の様子を見れば。テレシーが肩に下げていた大きな荷物を置き、手をかざして魔法陣を描いていた。飛んで行った魔法陣が扉に張り付いく。遮音の魔法陣って奴だね。その後、端っこに寄ったテレシーがこいこいと手を振る。幻影だけどシュザージも端っこに寄ったよ。
「向こうの準備ができたみたいだから行きましょう、リドルカさん、クレオさん」
「は、はあ」
リドルカさんは無言でうなずくと指先にいた羽次郎を俺の頭に乗せて、俺の手を取った。クレオさんはおっかなびっくりでまごついていたので、仕方ないから俺から手をつかんでテレポート。
お隣の部屋に移った。




