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第九十七話【テレシー:新たな旅立ち】

ここから第五章です。

 ホーケンの町で借り受けた馬車は、なかなか乗り心地の良いものでした。

 行く時は荷馬車で爆走でしたからね。比べるのもおかしいのですが。


 馬車の窓にはカーテンがあったので閉めておきました。時々、神殿騎士が覗くので気持ち悪かったので。少しくらい景色が見たかったのですが仕方ありません。


 私たちは朝早くにホーケンの町を出て、北にあるフレンディス国の王都ウィレムを目指し旅に出ました。街道を行くので一度ウェルペンの街にも立ち寄りますが。

 ホーケンからの距離だとベルートラス王国のお家へ帰るのとほとんど変わらない日数がかかると聞いています。ベルートラスからは大急ぎでやってきましたから五日ほどでやって来れましたが、今回は七日から十日くらいを想定してます。

 長旅ですね。

 ですが、今夜も宿ではタケユキさんたちと合流して一緒にいられるんですから、ベルートラスから旅立った時のような切なさや不安はありません。

 むしろ、ちょっと楽しみです。

 大変には違いないでしょうがね。

 今頃、タケユキさんはどの辺りの空にいるのかな。なんて思いながら、見えない窓の外を思っていたら、突然声をかけられました。


「どうですか師匠!」


 ハッとして前を見れば、小さく発動の光を含ませた魔法陣の紙を掲げ、スタングさんが興奮気味に笑ってました。

 今、馬車の中にいるのは私とスタングさんだけです。

 なので、スタングさんは私の中にいるシュザージに努力の成果を見せているのです。


『うむ、神力流出抑制の魔法陣だな。ちゃんと発動している』


 ペンダントからシュザージがそう言えば、嬉しそうに表情を崩しホッと大きく息をつきました。

 スタングさんも昨日の庁舎での講義中がんばってましたし、その後宿泊室でも一生懸命練習していたみたいですからね。ラッシュさんに先を越されて焦ってましたし、やっと発動できてホッとしているようです。

 実は、スタングさんは神力の制御があまりうまくないのです。

 魔法陣をペンで書くのはラッシュさんより早く上達したのに、力を込める作業に苦戦していました。

 ラッシュさんはホーケンの町の守備隊で戦うために、何度も実戦で神術を使っていたようですから術の熟練度は上だったようです。


 ──それも妙な話だ。


 心の中で思っていたことに、心の中でシュザージが返します。

 妙ですか?


『神王国の王族だと聞いていたが、其方はなぜここまで術が不得手なのだ?』

「ちょっ!? シュザージ!」


 いくらなんでも直接的すぎる質問じゃないですか!?

 案の定、スタングさんは息を飲んだような顔をされてます。


『神王一族は最上位の神術士のはずだ。実際に術資質は普通の上位術士より飛び抜けているのに、神術の教育を受けていないわけがあるまい』

「そ、そんな踏み込んだ事情をしれっと聞かないでくださいっ」


 神王国の情報が少しでも欲しいのはわかりますが、どう考えても訳ありのスタングさんにそれを聞くのはどうなのでしょうか。タケユキさんの話では、お国では不遇だったらしいですし。


 ──タケユキは心に浮かんだ表面的な言葉を読み取るだけだと言っていた。深い部分を探れんわけではないだろうが、せっかく直接聞き出せる機会なのだ。我々で聞き出しておこう。その方がタケユキに負担をかけずに済む。


 そうですね。


 私は、押し黙ってしまったスタングさんをじっとみます。

 スタングさんは一度ギュッと目を瞑った後、ゆっくり息を吐いて真剣な目で私を見ました。


「師匠、私の話を聞いてもらえますか?」


 スタングさんの、魔法陣の紙を握る手が震えています。

 その時、私の手がスッと上がったので、シュザージが魔法陣を描こうとしているのがわかりました。描くのは幻影体の魔法陣。狭い馬車の中で、はじめから私の隣に座った形でシュザージが現れました。まあ、幻影ですからね。


『聞こう』


 顔を合わせてきちんと聞く体制をとったシュザージに、スタングさんは目を潤ませています。そして、シュザージに向き直り話しはじめました。


「私の父は、今のラスタル神王国神王の兄でした」


 スタングさんの父親は、王位継承争いで敗れ弟の臣下に降ったそうです。けれど、それを不服に思い次代の争いで我が子に王位を取らせようとしたそうです。

 今のラスタル神王には子供が一人しかおらず、必然的に同じラスタル神王の血筋であるスタングさんも次代神王の第二候補になっていたそうです。そのためにスタングさんは幼い頃はそれはもう厳しく育てられていたのだと、辛そうな目をして語ります。 

 そして、その過剰な教育にスタングさんより先に教師をしていた神術士が耐えきれなくなりました。


「父は私の教育のためと、師に高度な神術を次々に行わせ私にもやるよう命じました」

『習い始めの子供にできるわけがなかろう』

「そうです。ですが父は神王の兄で師はそれに逆えず、ある日……術を行なっている最中に光の塵となって消えてしまったのです」


 一瞬、言われた意味がわかりませんでした。

 けれどすぐにその光景が思い浮かび体が震えます。

 魔石にしても神石にしても使い過ぎれば命を失います。

 オーリー先生、いえ、ベルートラスでは神術より魔に落ちる危険のある魔術の方が危険視されていました。ですが、シュザージと神術士達のやりとりを見ていれば、神術の方がよほど危険な術なのだと知れます。予兆もなく突然資質の上限を超えて死んでしまうのですから。

 スタングさんは、ほんの幼い頃にそんな神術士の姿を目前で見てしまったのです。


「……以来、私は神術が恐ろしくて術が使えなくなりました。術資質も萎縮して下がってしまい、父は私に見切りをつけて捨てました」

「す、捨てた、んですか?」

「城も離宮も追い出されて、しかし腐っても神王の一族です。その辺の孤児院に放り込む事もできず、適当なところに養子に出すわけにも行かず。国の神殿に預けられて雑務係として生きてきました。その間、一度も術を使ったことなどありませんでした」


 ひどい話です。


『幼少期に何かしらの理由で術資質が萎縮する話もないわけではないが、其方の場合、術を使わずにいた期間に回復していたのやもしれん。今は普通に神王一族として納得するだけの資質がある』

「ありがとうございます、師匠」 

「そのお父さん、殴ってやりたいです」

「テレシーさんもありがとう。でも、父はとっくに死んでます。事故だったと聞きましたがどうだか。母も縁を切って実家に戻っているらしいですが今はどうしているか知りません」

『そんなお前が、なぜ勇者として送り出された?』

「わかりません。送り出される一ヶ月ほど前に神殿から王城に連れ戻されて、神術の再特訓をさせられて魔王を倒して来いと放り出されました」

『誰に?』

「従兄弟です。ラスタル神王国の王子ウィラネルド。私は少し期待して旅立ったんですよ。もし魔王を倒せればまた城に居場所ができるかもしれない、神王一族として返り咲けるかもしれないと」

『そうか、残念だったな』


 シュザージってば。

 まあ、魔王様を倒すなんて無理ですからね。

 それ以上言いようがないのかもしれないですが。

 そんなことを思っていると、スタングさんはまた深く息をついて、意を決したような目でシュザージを見て、告げます。


「今はもうラスタル神王国に何の未練もありません。私は師匠の魔法陣に触れ、その素晴らしさに感服しました。できれば、このまま弟子として師匠について行きたいです」


 車輪の音が響く馬車の中、しばらくの沈黙が続きました。

 シュザージは腕を組んで考え込んでいます。

 その考えはなんとなく私の中にも伝わっています。


 この先、私たちは神王国の内情を探るためにフレンディスの王都に向かいます。

 神王国の属国扱いのこの国の王都なら、神王国の情報も豊富だろうと。もちろん普通に探ってコロコロ出てくるはずではないでしょうが、私たちにはタケユキさんがいますから。

 もちろん任せきりにするつもりはありませんけどね。


 そうして神王四国の中で一番良さげな国と交渉なり取引なり、もしかすれば脅しなんかもかけつつ帝国から手を引かせ、私たちの新しい国にもちょっかいを出さないように他の神王国を抑えてもらいたいのです。

 ナルディエ神王国以外はその候補なので、ラスタル神王国との繋がりのあるスタングさんには協力して欲しいのが本音です。


 けれど、スタングさんはお国では立場が弱い方です。

 タケユキさんやリドルカさんのことを話すわけにもいきません。

 もし、上の人に強く命じられたら口を割ってしまうかもしれないし、上位神術士には心を読む神術もありますから。スタングさんのお話を聞けば心を読む術に対抗する手段も持っておられなさそうですしね。


 タケユキさんの能力や帝国の皇弟であるリドルカさん、そして記憶を持ったまま生まれ変わったシュザージの秘密を知られるわけにはいきません。


 ただ、シュザージは弟子としてはかなり惜しいと思っているみたいです。

 これほど魔法陣に惚れ込んでくれているのですから当然ですね。

 それに、スタングさんは神術の資質が飛び抜けて大きい神王の一族です。テルセゼウラ復興のために欲しい人材のようです。

 秘密を承知の上でお弟子さんになってくれるでしょうか?


 スタングさんが答えを待ってじっとシュザージを見ています。

 シュザージもスタングさんに向き直り、話を始めます。


『次は、私の昔の話を聞いてもらおうか』

「は? は、はいっ!」


 一瞬キョトンとしたスタングさんでしたが、すぐに顔を輝かせて姿勢を正しました。私もそれは興味があります。面白い話なら後でタケユキさんにも話しましょう。なんて思っていたらチラッとシュザージに睨まれました。


『私には兄が二人いた。その二人もいわゆる王位継承でいつも揉めていた。私もよく巻き込まれて困ったものだ』


 そうなんですか。

 そういえばシュザージは第三王子ですものね。それでそれで?


『……上の兄は魔法陣の教師になりたかったそうだ。子供らに囲まれてのんびり暮らしたいといつも言っていた。下の兄は冒険家になってオンタルダ帝国の南にあるという未踏の大陸に行ってみたいと言っていた』


 なるほど。妙に心が浮いてる気がしたので暗い話ではないと思ったのですが。似た者兄弟だったのですね。

 

『テレシー、合いの手を入れるなら声に出せ。私だけがモヤモヤしながらどっちにも気遣って話さねばならんのは面倒だ』

「そうですか」


 スタングさんが首を傾げてます。


「もしかして、師匠が王位継承者だったのですか?」

『違う。私は一生、魔法陣研究に費やすつもりだったので王位押し付けあいの争いに巻き込まれないよう必死だった』

「本当に、似た者兄弟だったんですね」

『改めて言うな』

「そっ、それで、どうなったのですか?」

『残念ながら全て滅びた。百年ほど前の話だ』

「あ……」 

『私が生きた人間でないことはわかっておるだろう?』

「…………はい」

『こうしてテレシーについて旅に出たのは、失った我が王国を復活させるためだ』


 シュザージは目を閉じて、眉を寄せます。

 本当のところはタケユキさんを取り戻すためでしたが、テルセゼウラ復活の件も同時にあるにはありましたし。今はむしろそっちが目的で動いてますから、嘘ではありません。

 多くは語らなくても、その決意と心情はわかるのでしょう。スタングさんはグッと息を飲みました。


『そのためにも、我が国の地位と安寧のために魔法陣の力を世に知らしめようと思ってな。復活したばかりの弱国と侮られないためにも、その力の脅威と有用性を示しておかねばならん』


 スタングさんが良い目をしてうなずきます。

 それは確かですし、知られてもいい旅の目的なので私もうなずきます。


『神殿の奴らは我が魔法陣をこの国や自分たちのために利用するつもりで、我らを王都に送ろうとしていた。私としてはそれを逆手に取ってフレンディス国と神王国が何を考えているか探りたいのだ』

「何を……とは?」

『この国では魔属性に連なるものを排除している。ベルートラスでも神属関係者と魔族関係者は仲が悪く、神殿はひたすらに魔属性の排除を狙っていた。それがなぜかを知らねばならん』

「魔力は、危険だからです。生き物を魔に落とす魔力は人が使うべき力ではありません。神がもたらした神石の力こそが清廉で安全な力ですから──」


 スタングさんは神属関係者が口にする教義を何気なく語りましたが、その言葉を遮りシュザージはスタングさんが手に持ったままの魔法陣の紙を指差します。


『それが事実ではないことはもう知っておるであろう? 其方がその魔法陣を欲したのは何のためだ?』


 はっ、としたスタングさん。

 もちろんそんなことはよく知っていたはずです。そもそも幼い頃のトラウマがあるのですから、身を持って神術の危険性はご存知のはず。

 ただ、当たり前に教えられてきた言葉がスルッと出てしまったのでしょう。スタングさんは恥ずかしそうに「すみません」と小さな声で言いました。


『これから復活させる魔法陣の国は、魔術と神術の複合術を扱う国だ。魔力を使うだけで罪人のように思われても困る。そのように吹聴されてもな。できることなら話し合いで我が国への干渉を避けてもらいたいところだが、そうならなかった場合はどうなるかわからん』


 強い目でギロリとスタングさんを睨むシュザージ。


「わっ、私は師匠の邪魔なんかしません! お役に立てるかどうかはわかりませんが、できることは協力します」

『私は多くの秘密を抱えていて、そのほとんどが其方には話せないことだ。それでも私を信じてついて来ると言うのか?』

「もちろんです。願わくば、私も魔法陣の国の民になりたいとも思います」


 決意も新たに、真っ直ぐにシュザージを見つめる目がキラキラしています。

 ……いいんでしょうか。

 こんなに純粋にシュザージを信じてついて来る気になってしまって。


『よかろう。だが、無理だけはしてくれるなよ。私の手はまだ民を守れるほど力はない』


 自分の手をじっと見るシュザージ。

 幻影の手では、魔法陣も描けませんものね……


「師匠……」

『自分の身を守るためにも、守りの魔法陣だけは完璧にしておけ。スタング』

「は、はい!」


 シュザージが笑ってそう言ったので、スタングさんは力強く返事をしました。また書取りをした魔法陣の紙を取り出して神力を込める練習を始めます。


 この馬車が、揺れが少ない馬車でよかったですね。

 

 少し微笑ましく見ていると、私の手がまた持ち上げられました。


『其方も少しは魔法陣を覚えろ。ヤカンで湯を沸かす術を教えてやろう』

「ええ……」


 今ですか?

 揺れが少ないとはいえ馬車の中です。酔いそうです。


 馬車は行きと違ってゆっくり進んでいます。

 宿屋に着くのはまだまだ先です。

 練習時間はたっぷりです。

 ちょっと億劫な気もしますが、待ち合わせの宿屋でタケユキさんたちにおいしいお茶を淹れてあげられるかもと思えばやる気も出てきました。


 魔法陣でお茶を入れられる、ひとつ上の小間使いを目指しましょうか!


 と、決意をしたら心の中でシュザージが『そなたが目指すのは女王だ』と言われました。

 まあ、頑張ります。



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