第九十六話【ラッシュ:賢者の弟子】
「俺たちは、ホーケンの町に残る」
アロがそう決断した。
もちろん町長さんや守備隊長に頼まれたからもあるけど、まだこの町が安全になったわけじゃないから僕たちの力が必要なんだ。これからは師匠の魔法陣もないんだし。
でも、本音を言えば師匠について行きたかった。
魔法陣の賢者シュザージ様。
勇者としてやって来たテレシーさんに取り憑いている、ずっと東にあった今はない国の王子様だそうだ。
なぜテレシーさんにくっついているかまでは聞けなかったけど、その二人がいなければこの町は魔物や化物に襲われてとっくに滅びていただろう。
「馬車は町が所有しているものを使ってくれ。御者もつける。王都ウィレムに着いたら御者ごと返してもらえればいい。もちろん旅費はホーケンの町が出す」
町長がそう言えば、神殿騎士がニヤニヤと笑い出した。
もちろん町長さんが馬車やお金を出すのは、町を救うのに貢献してくれたテレシーさんやスタング、クレオに対するお礼代わりで、神殿関係者の分はない。奴らに金や手間をかけさせれば、意味もなく恩を着せそうだからと町長さんは言っていた。僕もそう思う。
費用は直接テレシーさんたちに手渡していた。そして御者に選ばれた職員の人にも。
御者役でいいから行きたかったなぁ……
まだ日がうっすらとしか登らない早朝。
僕は未練がましく旅立ちの準備を見ていた。
荷物を馬車に乗せたり、町長さんにもらった地図をクレオと確認してたテレシーさんが、ふと、視線に気がついたのか僕たちの立っている場所まできた。
『昨日の書き取りは持っているか?』
その声はシュザージ殿下だ。テレシーさんの中にいてペンダント越しに話しかけて来てくれた。
「は、はい」
『発動するか見てやろう』
そう言われ、僕は魔法陣の紙束を持って歩けるよう下げている鞄から、一番上手に描けた魔法陣の紙を取り出した。
「どうですか?」
ドキドキしながら聞いてみる。
昨日、教えてもらった魔法陣は家に帰ってからもたくさん練習した。ペンで紙に描くだけなら結構うまく描けるようになったと思うけど、どうだろう。
『うむ、神力を込めてみろ』
「えっ!? あ、はい!」
「俺が持ってやるよ」
アロがサッと紙を取って持ってくれた。
僕はポケットから神石を取り出して手に握る。こうする方が杖を使うより、神力を込めやすいんだ。
その手の人差し指を伸ばして紙の魔法陣をなぞった。
神力を込めて行くのはなかなか難しい。記号によって込める力が少しづつ違うんだ。ちょっと間違うと発動しない。昨日習った時はできなかった。
シュザージ殿下はこれよりはるかに大きな魔法陣を軽々と描くんだから、その技術と知力はまさに賢者様だ。
そんな賢者様の教えを乞える機会はもうないんだ。
失敗するわけにはいかない。
僕は慎重に力を込めていく。
そうして、さほど大きくもない魔法陣に神力を込め切った時、僕は魔法陣の名を口に乗せる。
「神属性魔法陣、神力流出抑制」
魔法陣は白く光って──発動した。
これは神力が過剰に溢れないようにして、光の塵と化す前に自動で神力を止めてくれるものだ。
これからの僕にはまず必要な魔法陣だ。
……本当は、魔術で描くか魔力の重ねがけをした方がいいんだけどね。
この国には魔術士がいないから。
いつかは相棒を見つけたいとは思っているけど。難しいかもしれない。
『よくできている。これを持っていればとりあえずいきなり光の塵になる事はない』
「とても上手ですよ、ラッシュさん」
テレシーさんにも褒められた。
アロもエハンもエリーナも僕を突いたり背中を叩いたりして、乱暴に褒めてくれた。
スタングもちょっと悔しそうにうなずいている。
クレオも何か言うのかなと思ったら、びっくりするようなことを口にした。
「スルディアに手紙を送りました。僕の知り合いに魔法陣研究をしている魔術士がいるんで、来てもらえないか頼んでみたんです」
スルディアの魔術士!?
『それはもしやテルセゼウラの?』
「はい。シュザージ殿下の魔法陣技術をその目で見られると言えばまず食い付いて来ますね。返事は町長さんの所へ来ます。魔術士を受け入れるかはこの町の判断によりますが、彼女の身に何かあったら承知しませんよ」
「ええ!? 女の子なの!?」
エリーナが嬉しそうに声を上げた。
女の子友達が欲しいエリーナもテレシーさんが行ってしまうことを嘆いていたから、新しい友達候補が出来そうだと喜んでる。
「ねえ、クレオ、どんな子!? 年は?」
「僕の従姉妹で年はラッシュさんと同じですよ」
「へーえ、同い年の女の子が相棒かぁ」
なぜかエハンがまた僕を突くけど、なんなんだよ。
『有能なら国に欲しいが……』
「殿下がお国にお帰りの際に知らせればいいだけです。有能な人材確保の布石になります」
『なるほど』
クレオとシュザージ様が何か言ってるけどよくわからない。
でももし魔術士が来てくれるなら、僕がその子を守らなきゃな。この国では間違いなく迫害される立場だし。この町だけでも居心地が良くなるようにしなければ。
そう決意していると、テレシーさんの手がポンっと僕の肩を叩いた。
響く声はシュザージ様。
『次に会うまでに基本の魔法陣と記号くらいは完璧にしておけ。さすれば次の段階を教えよう』
「えっ!?」
思わず声を上げてしまった。
「まっ、また教えてもらえるんですか!? これっきりじゃないんですか!?」
『ああ。会える機会はいつかあるだろう。精進するように』
「はいっ!」
力一杯返事したら、なぜかテレシーさんは苦笑いをしていた。クレオはにこやかに笑っている。たぶん、シュザージ様も笑っているだろう。
その後ろでスタングが「私の相棒は?」と問い『其方は難しい』と会話していたけど、スタングのことはどうでもいい。
こうしているうちに馬車の準備が整ったみたいだ。
旅立ちの挨拶をして、テレシーさんとスタングは馬車に乗り込む。クレオは自分の馬に乗って出立だ。
見送りはホーケンの町の人のほとんどが出て来ていたと思う。
この町を救った勇者に、お礼を言って見送った。
精進しよう。
いつか会える日のために!
僕もまた、大きく手を振って師の旅立ちを見送った。
第四章はここまでです。
次からはまた新たな旅が始まります。
よろしくお願いします。




