第九十五話【トマシウス:皇帝一族の悩みは尽きない】
「トマシウスお兄様! リドルカお兄様からお便りが来ました‼」
皇帝の執務室に飛び込んできたのは末の妹、パレアーナだ。
一緒に執務をしていた上の妹オーレリアは「はしたないですよ」と嗜め、中の妹カトリーネはクスクス笑っている。
叱られて、小さく舌を出したパレアーナの後ろから、隠密兵団総長アスノンが礼をして入って来た。
「先ほど、フレンディス方面に潜入中の隠密兵の伝書鳥が、リドルカ殿下のお声を運んできました。リドルカ殿下が直接魔力で込めた魔石のようでしたので、そのままお持ちしました」
「うむ」
私は部屋にいた他の家臣を下がらせ、小さなその伝書鳥用の魔石を手に取る。
妹たちに囲まれつつ、その内容を魔術で読み取れば……驚いた。
「無事に勇者に祭り上げられた少女を救い出せたようだが……」
「が? とは?」
オーレリアが首を傾げる。
私も傾げたい。
「その娘がタケユキの妻になったそうだ」
「ええっ!? それじゃあリドルカお兄様はどうなるの!?」
「それが、リドルカも無事にタケユキを娶ることになったと……」
「護衛兵に迎えるよりはリドルカの伴侶になる方が良いとは思っていましたが……あのリドルカがその勇者の少女をよく受け入れましたね」
確かにな。
人としての生き方の全てを諦めてしまっていた弟が、初めて執着を見せた人間がタケユキだった。性別などあの子には今更関係ない。普通の人間なら一晩共寝をするだけで魔に落ちてしまうのだ。父王がリドルカの子を望んだせいで幾人もの女と無理やり床を共にさせられ、どれだけトラウマを負わされたか知れん。
そんな弟が抱きしめても、どれだけそばにいても魔に落ちない異世界から来た異能の少年。いや、青年だったか。
特別な執着はそれだけではないだろう。恋心を伴う愛情も間違いなく持っている。
やっと手にできた伴侶が別に妻を迎えてしまうなど、あの子はまた我慢を強いられる人生を送ることになるのか……
と、渋い思いで続きを聞けば、その内容はさらに理解しがたいものだった。
少し、魔術を止めて頭を抱えた。
「どうしました? お兄様」
カトリーネが心配してくれるが、これはどう伝えたものか……
「タケユキが妻に迎えた娘は、実は今は滅びし魔法陣大国テルセゼウラの第三王子、魔法陣の賢者で名を知られたシュザージ王子の生まれ変わりで、タケユキはその賢者が百年の時をかけて異世界から呼び寄せた花嫁だったらしい」
執務室には沈黙が降りる。
「お兄様、意味がわかりません」
「私もだよパレアーナ。ついでに言うと、テレシーというその娘の中で賢者殿は健在で、魔法陣にてかつての姿を幻影で作り出し求婚したそうだ。リドルカが勧めてタケユキはその手を取ったという」
「お兄様、やっぱり意味がわかりません」
私もだよ。オーレリアもカトリーネも頭を抱えてしまった、
「リドルカは……タケユキの不思議な力に操られているのでしょうか?」
「だとしたら私たちの落ち度ですね。タケユキを見誤っていました。まさか魔王と呼ばれるほどの魔力を持ったリドルカを操れる者がいるなど、考えてもみませんでした。魔性というものでしょうか」
とてもそんなふうには見えなかったが……タケユキが魔性の魅惑でリドルカをたぶらかしたと? それはそれで想像できん。
目に浮かぶのは、幸せそうに寄り添っていた二人の姿ばかりだ。
私は気を取り直して、魔石に魔術を通し残りの声を聞く。
またもや頭を抱えることになった。
神王国の内情を探るのに隠密兵を使うことは構わない。タケユキを伴ってフレンディスの王都に行くのもわかる。タケユキの能力ならばこれまで知り得なかった数々の情報が得られるだろう。だが、敵を打ち帝国を立て直したのちにテルセゼウラの復活に手を尽くすとはどういうことだ?
もちろん妹たちにも聞かせたが、やはり頭を抱えるばかり。
「……リドルカを召還した方が良いのでしょうか」
「これは、直接話を聞かねばわかりませんね」
リドルカは話すのが苦手なので、リドルカの言葉だけでは理解が難しいかもしれん。タケユキと、できれは勇者の少女と魔法陣の賢者とやらにも聞かねばならんだろうな。
私と上の妹二人が大きくため息をついた時、末の妹が言う。
「それにしても、リドルカお兄様がそんなにたくさん言葉を伝えてきたのですね。良くて一言二言かと思ったのに」
嬉しそうに笑う妹に、私もハッとした。
確かに、リドルカにしては饒舌だ。
報告のためだったとしても。
あのリドルカが、言葉を尽くして我々に伝えようとしている。
「リドルカは、幸せをつかんだと思っていいのか」
「きっとそうね! リドルカお兄様は幸せだからこそ、それを伝えたいのよ」
「お兄様、パレアーナ、まだ結論づけるのは早いですよ」
「まずは旧テルセゼウラについて調べねばなりませんね。スルディアのフィリナ姫はテルセゼウラや魔法陣について造詣が深いようでしたから、連絡をつけてみましょう」
上の妹たちが心配するのはわかる。
だが私としてはパレアーナの意見に賛同する。
リドルカとタケユキは今も仲良く連れ添っているはずだ。
少しだけ、足りないものはあったとしても、それが必要ないほどに。
私は、リドルカの報告を最後まで聞いて確信したのだがな。
ただ……それについて妹たちに話すのは憚られる……
「トマシウスお兄様。何か隠しておられますね?」
もうバレた。
カトリーネに隠し事をするのは難しいのはわかっていたが、顔にも出たか?
「いや、相談できるならしたいのだがな。うむ、アスノン、しばらくパレアーナの耳をふさげ」
「は? はっ!」
「お兄様!?」
何を察したのか、アスノンがパレアーナの耳を両手で覆う。私は急いで最後にリドルカが相談してきた話を上の妹二人に話した。
普通の男女の営みにすら忌避感を持って遠ざけてしまっていたのだ。その上、我ら以外と接する機会もほとんどないのに、そのやり方など知る術もない。しかもタケユキも知識がなく、賢者殿に指摘されて初めて何かがあると知ったとは……
言っておきたいのは、別に皇帝一族の秘技などではないのだということか。
末の妹以外、皆で同時にため息をつく。
オンタルダ帝国皇帝一族の悩みは尽きんようだ。




