第九十三話
朝。
目が覚めたら隣にリドルカさんがいて、反対隣にテレシーが寝てた。
リドルカさんは起きてて、目が覚めた俺の頭を撫でてくれる。
「おはよう、リドルカさん」
「よく眠れたようで、よかった」
「はい」
「ん……んあ?」
テレシーが起きた。
「おはようテレシー」
「ふえ? ふえっ!? あれ!? タケユキさん!?」
『起きたか、テレシー』
テレシーが起きたら、ペンダントからシュザージの声がした。
「シュザージもおはよう。シュザージって眠れるの?」
『意識を閉じて休むことはできる。テレシーが眠ってしまうと動けなくなるのだがな』
そうなのか。
テレシーはシュザージの生まれ変わりだけど、本体はテレシーだから。
『ものを考える分には問題ない。なので幻影体を完全にするための魔法陣の組み立てを考えていた』
「そうなの? テレシーはそれで疲れない?」
『惚れた男の隣で熟睡できる娘だ。その程度のことでは疲れやせん』
「シュザージぃぃっ」
テレシーがペンダントをつついてる。
その仕草とかぶるように扉がトントンとノックされた。
扉の外に意識をやると、クレオさんがいた。
「あれ? クレオさんがいる」
『朝っぱらからなんだ、あやつは』
「すでに昼前だが?」
「ええっ!? もうそんな時間ですか!?」
よく寝過ぎた。
俺たちは慌てて起き出して身繕い。
そして、テレシーの手が魔法陣を描き幻影のシュザージが現れる。
さすがにもう剣を突きつけてくる感じじゃないので、普通に扉を開けたらクレオさんが一礼して部屋に入って来た。
「おはようございます、シュザージ殿下、テレシーさん……みなさま」
リドルカさんの名前を呼んでいいか迷い、正式には紹介されてない俺の名前を呼んでいいか迷い、皆様でまとめてしまったクレオさん。
「昨日はごめんなさい。俺の名前は松山竹雪、タケユキと呼んでください」
「は、はい」
『うむ。我が妻の名を呼ぶことを許す』
「……ありがとうございます」
困ってるよクレオさん。
けど、一度頭を振って気を取り直したのかすぐに真面目な顔になった。
「シュザージ殿下。昨日逃げ出した神殿の者たちが帰って来ました。どうやらウェルペンとホーケンの道中にある町に留まっていたようで、現在庁舎前でテレシーさんを差し出せと言って少々揉めております」
ええ……
とりあえず、庁舎前を確認。
「あ、本当だ。今この町の勇者さんたちが駆けつけて参戦したよ。魔王討伐の件で問い詰めて……はむ?」
急にテレシーの手が伸びてきて、俺の口を塞いだ。
『タケユキ、其方の力は他者に漏らしてはならん』
テレシーじゃなくてシュザージか。
「クレオさんはいいでしょ? ほっといても探られるし。むしろ知ってもらっていた方がこれからはいいんじゃないの?」
クレオさんの方を見たら呆気に取られたような顔をしてたけど、すぐにまた引き締めてうなずいた。
「俺だって誰彼構わず話したりしないよ?」
「そうですよ、タケユキさんはそれはもう上手にお力を隠されていましたから」
テレシーが援護してくれた。
けど、シュザージはため息をつく。
『リドルカはどう思う?』
「不安だ。俺の名誉を守るためだけに命がけで力を振るい、町の者を多数救い死にかけたのだ。それが敵の目に止まって、危うくタケユキまで狙われそうになった」
うっ、あれは仕方なかったというか、あの後は一人で海に出ようかとか考えてた時だし。
テレシーが青ざめちゃってる。
その件は、神王国のひとつが勝手に“うちの神族”発言して流れちゃったけどね。
……確かに、危険だったとは思う。
「そもそも、親しい者たちの安全を図るため、攫われたのを逆手にとって皇帝を脅そうと、帝国まで来たのだ。しかもそれをやってのけた。目を離せば何をするかわからん」
『タケユキ、我らのためだとしても一人で神王国に乗り込んではいかんぞ』
「タケユキさん、もう攫われちゃダメですよ!?」
三人に揃って釘を刺されちゃった。
「自重します」
……なるべく。
「そ、それよりさ。これからどうするの? 神王国が帝国にも、これから作る理想郷にも手出ししないようにしなきゃいけないんでしょ? 乗り込んでって偉い人を脅す以外にいい方法ある?」
ばーちゃんの教えがそぐわないなら、俺にはどうすればいいかわからない。
『むう……タケユキのやり方も帝国の最初の企みも悪くはない手、ではあるが──』
帝国の最初の企み?
『神王国のひとつを牛耳り、他の神王国を抑えさせる。そのために神王国の属国たるフレンディスの王都へ乗り込み情報収集するのも良いかも知れんが……あの神殿の者たちについていくのはどうにもなぁ』
なんだかテレシーもリドルカさんもうなずきながら聞いてるよ。
シュザージの言ってる意味、わかってるみたい。
俺だけ、何か知らない話でもあるの?
首を傾げていたら、リドルカさんが頭を撫でてくれた。誤魔化された上、心を探るなと言われてる気がする。
知らない方がいいなら聞かないよ。
シュザージの話はまだ続くので、仕方なくそっちを聞くことにした。
『ふむ。少々気にくわんが、神殿の奴らの命令に従うフリをして王都に乗り込むか。不自然なく国王に接触するには悪い手ではない』
「えっ!? それってタケユキさんが帝国でやったことと同じじゃないですか!? それを私がやるんですか!?」
神殿が連れて行きたいのはテレシーだ。
俺たちは正体がばれちゃいけないから一緒にいけない。
「テレシーをあんな奴らに預けたくないよ。絶対ろくなことにならない」
リドルカさんやパレアーナさんみたいに、誘拐した相手を大事にしてくれるわけがない。
『案ずるな。私が表に出れば矛先は私に向くだろう。せっかく幻影体を作ったのだしタケユキを愛でる以外にも活用するとしよう。そもそも私がいるのにテレシーに手出しなどさせん。タケユキたちは別行動になるが連携して情報を集めれば捗るのではないか?」
「あの、僕も協力します」
話の最後に手を上げたのはクレオさん。
そうして色々話し合った結果。
神殿の要請に従う形で自然に王都に向かい、神王国の情報を持つであろうこの国の王様に接触する。俺の能力や帝国の隠密兵、クレオさんの手腕も使ってその他の情報も収集する。ってことになった。
最終的に、最も都合の良い神王国を懐柔するんだって。
すごい計画だね。
『クレオ、宿泊用の部屋にいなかったテレシーのことはどうなっておる?』
方針が決まってすぐ、シュザージはクレオさんに尋ねた。
「はい、朝の散歩に出られたようだと言って来ました。私はテレシーさんを探して連れ戻して来るとも」
『ふむ、なら散歩続行だ。出発までにやっておくことが多々あるのでな』
「多々?」
首を傾げたら、シュザージがニンマリ笑った。
『まずはテレシーの服に魔法陣の追加だな』
「まだ描くんですか!?」
『また腕を掴まれてはかなわん』
聞けば、テレシーの服にはたくさんの魔法陣が描き込んであるらしい。敵の攻撃を防ぐものが多かったけど、剣や魔法の攻撃を想定したものだったので腕を掴む程度のものには反応しなかったとか。
それにしても……
服の裏に魔法陣がびっしりか。
「いいな……俺の服にも魔法陣描いてほしい」
ポツリと言ったらシュザージが満面の笑みを浮かべ、テレシーが驚き顔で頬を引きつらせた。
「俺じゃ魔法陣を発動させられないけど、魔法陣ってかっこいいから」
『いや、術攻撃などをはじき返す魔法陣なら資質が無くても有効だろう。描いてやろう描いてやろう』
シュザージが初めて見るようなニコニコ顔で請け負ってくれた。
『クレオ、すまんが染料と筆を買ってきてくれ』
「はい。……あの、殿下。もしよろしければ僕の服にもいいですか?」
ちょっと頬を染めたクレオさんがドキドキしながらそう言った。もちろんシュザージはOKしたよ。
『良かろう。其方ならテレシーと同じく、自動発動型の魔法陣を発動できるか。お守りにないものを描いてやろう。魔石と神石は持っているか?』
「もちろんです!」
もちろんなんだ。
クレオさんは術士ではないはずなんだけどね。
ちなみに、自動発動型の魔法陣というのは、術資質が弱い人でも魔石と神石をポケットに入れた上着に書いておけば、もしもの時に発動するものらしい。食べ物に毒が入っているのに反応してちょっと袖口が光るとかそんな感じで。
俺には術資質が全くないから、敵の打ってきた術の力を利用して跳ね返す魔法陣くらいしか使えないそうだ。ちぇっ。
クレオさんは即座に走り出して買い出しに行ってくれたよ。
シュザージはどんな魔法陣がいいか思案しながら、ふと、リドルカさんを見た。
『よし、お前にも魔法陣をびっしり描いてやろう』
「……なんのだ?」
『魔力制御補助、魔力流出抑制、魔力感知拡散、認識歪曲、位置感知、魔属性特化の通信魔法陣、その他諸々だ』
なんかすごい数言われたよ。
リドルカさんもびっくりしてる。
『それだけの魔力を自力で制御しているのは大したものだが、咄嗟の時に溢れるのはいかん。周囲にとって危険だしそれを止めるのにタケユキの手が塞がれる。それと、隠した所で膨大すぎる魔力は知識や感覚が優れた者には感知され警戒される。昨夜のクレオのようにな。後、見た目だ。青みのある黒髪が皇帝一族の特徴なら目に止まらないよう認識をずらす必要がある。ついでに、離れている時に居場所が探知できるとこっちも助かる。もうひとつついでに、タケユキの能力範囲外にいる時の連絡手段として通信魔法陣も描いておく。はっきり言って単独魔法陣は使い勝手が悪いがないよりましだ。さらに言えば、魔力消費が多いがお前が持ってる分には問題なかろう』
一気に説明されたけど、いっぺんには飲み込めないよ。
なんとなくはわかるけど。
リドルカさんはどうだろう、と見てみたら「ふむ」とうなずいていた。
「確かに、あれば助かる」
俺の旦那さんたち、すごいね。
しばらく魔法陣の説明を聞いていたら、クレオさんが染料を買ってきてくれたよ。お昼を宿の人に部屋に運んでもらった後は、シュザージはテレシーの手を借りて魔法陣を描き、リドルカさんは羽太郎に運んでもらう小さな魔石にメッセージを込めていた。いろいろ決まったことを皇都のお兄さんたちに知らせておくんだって。
日暮れ前にテレシーたちは長い散歩を終えて庁舎に戻ったよ。
シュザージは姿を消して、今はまだ神殿の人たちには見せないらしい。
庁舎に戻ったらもちろん、銀ピカ神官が怒鳴り散らしたよ。けど、テレシーはにっこり笑って
「私はあの化物を倒した勇者ですよ」
なんて言って、両手を上げ指先をくるくる回す。魔法陣を描くわけじゃないけど、それで脅しは効いたみたい。
今後の魔王討伐等、聞きたいことがあるから同行すると告げて、とりあえず奴らを黙らせた。連れて行けるなら面目は立つと、神官たちは不満満々だけど引くことにしたらしい。
そんなわけで、出発は明日の朝となった。
まずはウェルペンの町に立ち寄ってから、街道を真っ直ぐ王都へ向かうそうだ。
テレシーは一緒に呼ばれているもう一人の勇者スタングさんと馬車で立ち、クレオさんは自分の愛馬で。俺とリドルカさんは転移で空へ出て飛んで先に行く。
そして夜には宿で合流する予定だ。
こうして、俺たちは新たな旅に出ることとなった。
都合の……じゃなくて、コホン。
いい人に会える旅になるといいね。




