第九十二話【とある国王:どうでもいい話】
フレンディス国の国王は、神王四国の指名で決まる。
有能すぎても無能すぎても謎の病死をするので、儂は程々の国王を目指し保っている。
おそらく、それができるので儂は二十年もこの国に君臨しておるのだ。
できれば病死ではなく引退したいものだが、儂より前の国王は立て続けに病死しているからなぁ。
円満な老後のためにも、儂は孫のような年の神の子らの話を聞き、決定を待たねばならん。
フレンディス神殿の会談室。
贅を尽くしたその部屋の金で装飾された美しいテーブルには四人の若者が座っていた。国王たる儂とこの神殿の長である神殿長は、立って彼らのお話し合いが終わるのを待っている所だ。
「あなた方をこの地に呼んだ理由はおわかり?」
そう言ってクスリと笑ったのは、ウェルペティ神王国のアデレイ王女。神王家の特徴たる白い髪をシンプルに後ろで三つ編みにしていて、一見清楚そうだが妙な色気を漂わせる十九歳。
「ナルディエ神王国の愚行を咎めるためだろう」
「なっ!? 愚行とは何か!」
「わからんか? 現神王たちが二十年かけて準備していた帝国支配の計画を見事に潰しておいて」
「まだ失敗ではない! 次の手は打ってある!」
「次の手とは、ラスタルに圧力をかけて集めさせたという勇者か。絵物語に擬えて魔王を倒してもらおうとしたのか? バカバカしい。それを愚行愚策と言わずしてなんと言う」
「なんだと!?」
「ほとんどの国が要請に従わず、集まった者も粗野な蛮人や女子供と聞いたが?」
「勇者が役立たずなのはラスタル神王国の手腕が悪いせいだ!」
言い争っているのはバロウ神王国のモーリス王子とナルディエ神王国のジョルアン王子。
モーリス王子は白い量のある巻き毛で少しふっくらとして見える二十三歳。逆にジョルアン王子は痩せ気味で神経質そうな目つきをしている。二十五歳とこの中で一番年上だが、気が短くて怒りっぽい。
それらに叱咤されて小さくなっているのが、ラスタル神王国のウィラネルド王子十六歳。
いずれも神王の跡取りとなる者だ。
神王国の王族は皆、千年前に降臨された神の子孫である。
時を得て、血が薄まっても兄弟の如くあれと、王族は積極的に交流することが進められていて……その交流の場にいつも我が国が指定される。
迷惑な話だ。
自国でやれよ。
ちなみに、儂もそれなりの上位神術士で読心妨害はお手の物だ。ここにいる小童どもに本心を読まれたりはしない。せいぜい上部に浮かべたたわいの無い心情だけだ。今の地位について一番磨きがかかった術はこれだね。
まあ、そんなわけで次期神王たる王子たちは、たまにこうやって集まり交流しているのだが、今回はまたとびきり面倒なことを話しているな。
二十年前か。
ちょうど儂がフレンディス王に取り立てられた年だな。大陸南方で魔王石が現れたと、神降地神殿で神の掲示が降ったのは。
大陸南方と言えば帝国のある辺りだ。当時の神王たちは慌ててたね。魔王石を手に入れた帝国が、それを利用していよいよ世界征服に乗り出すのではないかと。
しかし、帝国はすぐには動かなかった。
その理由を探るために幾人もの密偵を送ったり、近隣国を通じて情報を得ようとしたが用心深い帝国の内情はさっぱりだった。
帝国が動かない内にと、帝国の地方領に取り入り金も時間もかけて懐柔し、うまく手駒にできたまでは良かったが、帝国に弑逆事件が起きて皇帝が代替わりしてしまった。
悪辣で用心深かった皇帝は息子に打たれ、その息子が後を継いで皇帝になった。
その隙をついて帝国に乗り込み魔王石を手に入れようとしたのがナルディエ神王国。いや、ジョルアン王子だ。
隠し球の新技術を晒したあげく反撃を受けそれを失い、手駒にした地方領地を無為に消滅させてしまった。
儂もそれには呆れたよ。
モーリス王子も呆れ返った顔で、ため息まじりに話を続けた。
「余計な手出しなどしなくても、今の皇帝は愚物だ。手駒にしていた地方領主に多少の力添えをしてやるだけで良かったのだ。さすれば内戦になって帝国はより疲弊しただろうに」
そうなんだよねぇ。
神降地神殿から魔王石出現の報を受けて二十年。ずっと神王国で秘匿していた情報をここ何年かで出してしまったのは、帝国への侵攻を正当化するためにナルディエ神王国が独断でやったことだ。
そのくせ策は失敗し、帝国が魔王石を持っていることを吹聴したせいで色々と面倒になっている。
「ベルートラスやスルディア、メイリンク商国にルニエル国。これまでも神殿の意向に従わない忘恩の国がそれに乗じて軍備に力を入れ始めた。あれらが神に救われた恩を仇に返す帝国のようになってしまったらどうするのだ」
忘恩か。
千年も前のことを恩に着せられて無茶な要望を突きつけられ続けたら憎悪が増すに決まってるのにな。儂のように。
「それでは魔王石が手に入らん!」
「どの道もう無理でしょう? あなたの作った化物を皇帝の弟が倒したと聞いたわ。取っておきの魔王石を使ったのでしょうね。魔王石は一度人の身に宿れば数ヶ月でただの魔石に戻るんですもの、もう無くなってしまったも同然よ」
アデレイ王女に小馬鹿にされて更に憤るジョルアン王子。
「ローレンド領主は、先代皇帝の第二王子は生きたまま魔王石となった稀有な存在だと言っていた! しかも、その下の王子たちもかなり劣るが魔王石化していると言う。私はそれらの魔王石と、人を魔王石に変える方法が知りたいのだ!」
「馬鹿げている。そんなことはありえない。それより、今問題なのは魔法陣技術に復活の兆しがあることだ。長年かけて潰してきたのに、あんなものが世に広まっては困る」
まあねえ。
術資質の少ない庶民でも、その技術を用いればそれなりに術が使えるようになるなんて。これまで偉ぶっていた術士にとっては悪夢だもんなぁ。
儂は気にせんけどね。
バロウ神王国は積極的に噂を聞きつけては、魔法陣の情報や関係者を潰して回ってたからなぁ。
高価な神石だって小さい力でことが済むようになれば売れなくなるしね。儲が減るのは困るんだろうな。
「はっ、それこそ眉唾だろう。百年も前に滅び、神殿の手を使って絶えさせた技術など復活のさせようがあるか? 当時の技術を知る亡霊でも現れて手ほどきでもしてもらったか」
ジョルアン王子が馬鹿にしたように言い捨てた時、フレンディス王都ウィレムの神殿長がすっと手を上げ発言を求めた。モーリス王子がめんどくさそうに問う。
「なんだ? ウィレム神殿長」
「お話の途中で失礼します。先日集められた勇者の中に、その魔法陣の使い手がおりました。ウェルペン神殿よりいくつか報告を受けており、近々このウィレムに来るよう手配しております」
言っちまうのかい、ウィレム神殿長。
魔法陣の使い手は十代の少女で、ベルートラス王国で複合術の研究をしていた学者の弟子だそうだ。老いた師の代わりに勇者招集に応じて魔王討伐のためにやって来た強者だそうだ。大した娘もいたもんだ。
……こいつらに知られる前に、うちで欲しかったんだけどね。ちっ。
「まあ、ここに来るなら物のついでだ。潰しておこう」
「待てモーリス。その魔法陣の使い手は我が国がいただく。もちろん本当に使える技術なら、だがな。庶民どもには確かに過ぎた力だが、我ら神王国が利用するには都合がいい技術だ」
「ふふ、あなたはすでに邪法に手を染めているものね。神石と魔石を統合して新しい石を生み出した訳だし。そのせっかくの新兵器は大失敗で終わったけど、今度はどんな失態を見せてくれるのかしら」
「黙れ!」
話がこじれてきたなぁ。
そもそも、アデレイ王女が王子たちを集めた理由は何だったのか。魔王石も魔法陣も関心がないようだが、儂が聞くのは藪蛇になりそうで怖い。しかし、放って置いたら話が長くなりそうで疲れるな。
どうしたものかと考えていたら、アデレイ王女が呆れたようにため息をついた。
「ふう、そんな雑事はあなた方で納めて頂戴。そろそろ私の話を聞いてくださる? 二十年ぶりに神託が降ったのでそれを知らせに呼んだのに、聞く気がないの? あなたたち」
「何!?」
「また魔王石が出たか!?」
訝しむモーリス王子と目を輝かせるジョルアン王子。ウィラネルド王子も顔を上げる。
「現在の神降地神殿長である、叔母が聞いた神の言葉よ。……異界より世界の理を歪める力が現れた、と」
皆が息を飲む。
なんだそれは?
だが、神降地神殿長は唯一、神と交信することが出来る存在。神が降臨して千年間。世界に危機が迫る度に神は神殿長を通じて、その予兆を知らせてくれていたのである。今回のそれもそうなのか。
「その力とはなんだ? 魔王石のような物なのか?」
「そこまではわからないわ。新たな種の石かもしれないし、かつて魔の脅威から世界を救った神のようなものかもしれないしね」
「それだけの情報では探しようがないではないかっ」
面白げに告げるアデレイ王女と、これもまた面倒そうに苛々と声を上げるモーリス王子。ジョルアン王子は口元を歪めて笑っている。欲しいんだな、それも。
「そう言えば、ナルディエ神王国に新たな神族が現れたって話もあったわね。帝国で民衆を救うのに尽力したけど結局帝国に捕まったとか?」
「そっ、それは」
「どうせそれも、失敗を取り繕うために適当にでっちあげた話だろ?」
「う、嘘ではない! 内通者の話では黒髪で皇帝兄弟と親しかったと──」
「黒髪なら皇帝一族の誰かでしょう。思ったよりつまらない種明かしだったわね」
「くっ」
「まあ、魔王石出現の神託も二十年放置して何事もなかったんだ。それも何かあるまで放っておけば良い。それより、その魔法陣の使い手だがここに来たならまず私のところに寄越せ」
「ダメだ! 私がいただくと言っているだろうが!」
「その勇者って女の子なんでしょう? つまらないわ。金髪の美青年なら私も欲しかったんだけど」
ああ、また話がそれた。
ラスタルのウィラネルド王子も目が泳いでいるぞ。何か企んでやしないだろうな。
どっちでもいいが、このフレンディスで面倒を起こすのだけはやめてくれよ。
結局、結論が出ないまま神の子たちは、フレンディスにあるそれぞれの別邸に帰っていったよ。
ああ、疲れた。
帝国の新皇帝に聞きたいよ。
理不尽な上位者をどうやって退けたのかと……




