第九話
体調が戻り、馬車での移動ができるようになったので、俺たちは休息に立ち寄っていた町を出た。
護衛兵士は半分になっていた。
隊長とローグさんはこの町の自由兵士団にも協力を頼んで、捕まえた盗賊を連れて先に王都に向かったそうだ。盗賊の人数が多いから流石に二人だけじゃ大変だもんね。そして、襲われた側の証人としてお弟子さん夫妻も同行し王都に向かっている。
今、馬車の中にいるのはじーさん先生とスルフさん、テレシーと俺の四人だけ。護衛兵士の二人、テイルさんとレノンは御者台にいる。
あの町から王都までは宿屋のある村や町を経由して行くので野宿することもないのはうれしい。……宿代分、働かなきゃな。
街道は比較的安全なので、残る護衛兵士二人でなんとかなるだろうと言って追加で雇うことはしなかった。俺に疑念を持つ人を増やさないようにしてくれたんじゃないかと思う。
じーさん先生をいい人だと信じ切ってしまうのは危ないかもしれないけどな。まあ、もしもの時はもしもの時で考えよう。今は体調万全だし。
こうして、俺たちは思った以上にあっさり王都に辿り着いた。
ベルートラス王国・王都ニニオン
大陸の中央より南にある国で王都は港に面している。
南隣が滅びの都のある今は国のない土地で、東に小国が海を囲む形で三つコの字に並び、ぐるりと海を挟んだ向こうにオンタルダ帝国があるらしい。
例の白骨バカ王子に無茶な婚姻を迫っていた国だ。皇帝は代替わりしてるけど、国は今も健在らしい。
「タケユキさん、お部屋の片付けお手伝いしましょうか?」
「いいよ、終わりました」
「あら」
じーさん先生の家は小高い丘の上にあった。
家というか、屋敷だな。しかも海が見えるすごくいい場所だ。
敷地の真ん中に屋敷があり横手に一軒離れがある。裏手には使用人の住む建物があるらしい。
俺はその屋敷の四階にある、半屋根裏みたいな部屋を与えられた。
じーさん先生は初め、立派な客室を用意しようとしてくれたけど洋風の豪華な部屋ははっきり言って落ち着かない。
築年数もわからない田舎の古家で育った身としては、梁や木の壁が剥き出しの部屋がなんとなく嬉しい。雨露がしのげて寝床があったかければ風邪はひかないだろうし、用心のために掛け布団だけは多めにもらった。
ここに着いてすぐ掃除道具を借りて掃除して、今は窓から敷布団を干している。持ち物なんてもともとないから、掃除が終われば片付けは終わりだ。
屋敷の中で最も高い位置にある部屋なので、窓からは海がしっかり見える。
山育ちだからこんな風に海が見えるのも楽しい。港街ってことは船もあるんだよな。よく考えたら馬車も初めて乗ったし、いつか船にも乗れるかな。なんてこともちょっと考えてわくわくしてしまった。
「男の人は掃除が苦手と思ってましたが、掃除も上手なんですね」
はあ、となぜかため息をつくテレシー
家では掃除は俺の仕事だったしな。中学卒業してからは家の家事手伝いとじーちゃんの畑と山仕事の手伝いしてたし。この程度は何の苦もない。
「それより、あれ、テレシーの家?」
窓から乗り出し、屋敷の隣にある建物を指差す。同じ敷地にある離れの一軒家。
「はい、と言うよりマリータ夫妻のお家ですね。私はマリータ家の小間使いですからそちらに住んでいます」
ふふ、と笑うテレシー。
テレシーはもともとはミリネラさんの小間使いで、結婚された時に夫人の実家からついて来たそうだ。
夫人は研究のためにあちこち行ったりするし、ここにいてもたいてい先生の屋敷にある研究室に入り浸ってるらしい。ゆえに、夫人の世話をするという理由でついて回っているテレシーは家の仕事はほとんどしていないそうだ。それでも基本的なことはなんでもできるそうだけど。
ちなみに、弟子夫妻の家もじーさん先生の屋敷にも別に使用人が何人かいるんだって。
「今はいいの? ミリネラさんの世話」
「はい。ミリネラ様がタケユキさんを手伝ってきていいって言ってくださったので。でも、私の出番はありませんでしたね」
ちょっとがっかりしてるのは何故だろう。
言葉もだいぶ覚えてきたし、必要もないのにテレパシー使いまくるのはプライバシー的にアレだし、疲れるし。最近はできるだけ切っている。
まあ、テレシーが言ったように親切で掃除を手伝いに来てくれただけだろう。「ありがとう」と気持ちだけいただいてお礼を言った。
テレシーは笑ってくれたよ。
「じゃあ、厨房の手伝いの方に行きます。今日は帰宅の祝いとタケユキさんの歓迎会ですからね。張り切ってお料理して来ます」
グッと腕を振り上げるテレシー。
今日はじーさん先生の屋敷の方で弟子夫婦も一緒に夕食を摂るのだそうだ。普段は屋敷の厨房を手伝うことはないそうだけど、今日は特別だからと主人のミリネラさんに笑いながら勧められたと嬉しそうに言うテレシー。
よくわからないけど忙しいなら俺も手伝うか。
「俺も、行く」
「えっ!?」
「今日はすること、ないみたいだし、何もしないのは落ち着かない」
「でも、タケユキさんの歓迎会ですし……」
「先生たちの帰宅の祝い、でしょ? 一緒に、手伝うよ」
「はっ、はい!」
満面の笑みを見せるテレシー。
何がそんなに嬉しいんだろう。女の子の感情を素で読むのは難しいな。
ちなみに、じーさん先生は俺から話を聞けたのでもう一度滅びの都へ行くのはやめたそうだ。なので護衛兵士は解散。兵士団へ帰っていった。
夕食時には俺はテーブルの末席に座ることになった。広々とした長テーブルの、上座はもちろんじーさん先生。次いで弟子夫妻が並んで座る。俺はその隣の席である。正面にはじーさん先生の息子夫婦とやらがいる。
息子さん夫婦は普段は別の屋敷に住んでいるそうだが、じーさん先生が帰ってきた事を聞いて会いに来て、そのまま同席することになったのだと。
……慣れてきたメンツと違う人がいるのは緊張するけど、じーさん先生の身内なら仕方ない。
ちなみに、テレシーは小間使いなので給仕のために弟子夫妻の後ろに立っている。俺の給仕もしてくれるそうで、なんだか申し訳ない気がする。
「では改めて、わしの新しい弟子を紹介しよう。トーセル島国出身のタケユキじゃ、皆仲良くな」
結局、俺はトーセル島国出身ということになった。
俺が異世界人だとか、滅びの都で召喚されたとか、特殊能力を持ってるとかは内緒にしてくれるそうだ。ありがたい。
「まさかこいつが弟弟子になるなんて、思いもしなかった」
と、ため息をつくトルグさん
「あら、いいじゃない。弟ができたみたいで私は嬉しいわ。テレシーはもともと妹みたいに思っているしね」
そう言って、よくわからない笑みを浮かべてチラチラ俺とテレシーを見るミリネラさん。なんだろう?
「ありがとうございます、よろしくお願いします」
とりあえず礼を言っておく。
「父さん、得体の知れない異国人を家にあげるのはどうかと思いますが……」
「わしが決めたことじゃ、プルトヌー」
なんかむっつりしてる息子さん。隣の奥さんもあんまりいい感じがしないしなぁ。格好も派手だし、じーさん先生の息子夫婦には見えないよな。
なんとか笑顔を崩さず食事を続けていると、じーさん先生が目配せしてきた。……テレパシー発動。
『すまんのう、うちのせがれどもはこの家を狙っとるんじゃ。今は借家暮らしじゃからのう。何かにつけて入り込もうとするが、わしはあの嫁が苦手なんじゃ。派手好きで欲張りで……おっと、すまんすまん。いらんことまで伝わったかのう』
『……いいですよ。理解しました』
じーさん先生は、テレパシーで話すのがちょっと面白いみたいだ。
秘密の話をしたい時はこうやって知らせてくるようになった。じーさんなのに子供みたいだ。
そういや母さんが超能力者と知ってテレパシーができるとわかった時、父さんもやたらテレパシーで話たがったって言ってたな。一度は離婚の危機まで行ったのに、開き直ってからは超能力を楽しむ余裕ができたとか。
そんなものかな。
食事中ずっと無言とはいかないけど、俺はまだ言葉がおぼつかないことになっているので会話はほとんどじーさん先生と弟子夫婦でしていた。
明日は旅の疲れを癒しつつ、滅びの都について分かったことをまとめるそうだ。俺はちらっとだけ滅びの都に立ち寄ったということになっていて、不都合のない情報を兄弟子夫婦に聞かせることになっている。まあ、本当にちらっと寄ったには違いないけど。
その次の日には、じーさん先生とトルグさんがお城に報告に行くそうだ。別の場所に情報収集に行っていた人たちと話し合いもするらしい。
もちろん俺はお留守番。
新弟子がいきなり先生に付いて登城するなんてできないからね。よかった。
お祝いという雰囲気はイマイチだったけど、兄弟子夫妻は俺のこと弟弟子と認めてくれたみたいだし。暮らせる場ができたことはありがたい。
食事が終わって、後片付けをするテレシーを手伝って、その後自分の部屋に戻った。
明かりはローソクっぽい物が入ったランプ。
寝転がったベッドはちょっと硬い気もするけど、野宿より百倍いい。
「新しい、家……か」
余分な人が食卓に入ってきたけど、それを除けばここはいい所かもしれない。じーさん先生は、俺が何者か知った上で受け入れてくれている。兄弟子夫婦とテレシーは今のところ知らないけど、もともと魔法みたいなものがある世界だから、超能力も受け入れられやすいかもしれない。
あとは……運命の人探しか。
この世界で会えるかな。会えるといいな。
なんて考えていたら、いつの間にか眠ってしまっていた。




