第八十八話【テレシー:魔法陣講義】
心の中で、タケユキさんが一休みすると言ってきました。
タケユキさんの力は使うほど体力が奪われると聞いてます。少しでも疲れたならゆっくり休んでほしいです。
私なら大丈夫です。
シュザージが出てきたことで、案の定皆さんの意識はすっかりシュザージに向かってます。おかげで私はシュザージのサポート役に徹することができるのです。シュザージの小間使いにはなりたくないですが、勇者だ賢者だ思われて期待の目で見られるよりずっと気が楽なのでまあいいです。
それにしても……見た目の効果とは想像以上ですね。
シュザージが本物の魔法陣の賢者であることは、全く誰も疑いませんでした。そして、幻影のシュザージが私やテーブルなどをすり抜ける所を見せればみなさん幽霊が私に取り憑いているという認識になりました。
近いと言えば近いですが。
ひとしきり国や神殿への不信を口にし怒っていた皆さんも、少ししたら落ち着いて町の防衛に話を戻しました。山の向こうに大地ごと魔に落ちた場所があって、また化物が発生する可能性はあるわけですからね。
「できれば、勇者の皆さんにはこのまま留まって欲しいのですが……そうはいかないでしょうね」
「せめてあの、魔落ちを治す魔法陣だけでも残しておいてもらえないだろうか?」
町長さんも守備隊長さんも、すがるような目でシュザージを見ています。
『維持だけならともかく。魔法陣を発動させるなら複合術士、もしくは魔術士と神術士が両方必要だ』
庁舎の広間にインクで書いた魔法陣は残されていますが、今は発動していません。維持だけなら神術士のスタングさんにできたので、短い時間なら町長さんでも維持はできるそうですが、そもそも発動させられないなら意味がありません。
『魔力干渉阻害の神属生魔法陣なら神術だけで扱えるだろうがそれだけでは一時的な上に効力は弱い。魔属性魔法陣の重ねがけができなければ少し術を使っただけで切れてしまうだろうな。ないよりはましだろうが……』
そこから、魔法陣講義が始まりました。
町長さんが慌てて職員に紙とペンを持ってこさせました。スタングさんとラッシュさんの目がキラリーンと輝きます。
『……そうだな、まずはお前たちの資質確認だ』
資質確認なら魔石と神石が必要だと腰のポーチに手をかけたら、シュザージが『中位の石、ひとつづつで良い』と言いました。オーリー先生の所では低位、中位、上位の石に触り石の力が反応するかどうかで確かめたのですが。
シュザージですから、魔法陣を使うのでしょう。
職員さんが持ってきた紙を二枚取り、シュザージは私の手を使ってペンで魔法陣を描きました。その上にそれぞれの石が置かれます。
『魔属性魔法陣、資質鑑定。神属生魔法陣、資質鑑定』
二枚の紙にそれぞれ魔力神力で描かれた魔法陣を重ねます。
石を中心に、三重の魔法陣が現れました。
『ラッシュ、神石の魔法陣の外側に触れ』
「は、はい!」
ラッシュさんが白い魔法陣の外側の陣に触ると、描かれた模様が全部光りました。次に中の魔法陣に触るよう言われ指を置きます。その陣も全て光ります。しかし、三つめの陣は光りませんでした。
『神術の資質は中位の上といったところだな。次は魔石の魔法陣だ』
「うっ、はい……」
シュザージに言われ、今度は恐る恐るといった具合に黒い魔法陣に触るラッシュさん。外側の陣が全て光ります。中の陣は半分ほど、一番内側は光りませんでした。けれどシュザージは『ほう』と感心したような声を上げました。
『魔術の資質も中位か。均衡が取れていて、本当に魔法陣に向いている資質だ』
そう言われてラッシュさんは顔を輝かせました。
『だが、今から魔術を覚えるのは難しいだろうな。低位の自動発動型の魔法陣や、固定魔法陣に力を注ぐやり方を覚える分にはそれなりにできそうだが』
「そんなっ、頑張って覚えます! 師匠みたいになりたいです!」
今度は泣きそうな顔になったラッシュさん。
『無理だ。私のように指先で描く魔法陣は子供の頃から両方の力の均衡を見つつ、訓練して身に付くものだ。お前の技術はすでに神術に偏りすぎていて、今から魔術を覚えてもうまく合わせられんよ。それより、やはり相棒を探して同調させる方がやり良いだろう』
「相棒……ですか」
『この国で魔術士を探すのは難儀だろうがな』
最後の言葉は町長さんに向けられたものです。
町長さんは唸っています。
神属特化の国ですからね。難しいのでしょう。
「……ということは、その、私も師匠のような魔法陣は覚えられないのでしょうか?」
スタングさんもまた悔しそうな顔でそう言います。
『まずは資質を見てみる』
そう言われて、スタングさんも資質鑑定の魔方陣に触ります。
スタングさんが触ると、白の魔法陣は眩いばかりに全部の陣が光りました。ですが、黒の魔法陣は下位の部分が少し光っただけでした。
スタングさんのお顔がくしゃりと歪みます。
『やはり神属性は上位を越えたか。魔属性は低いが固定魔法陣くらいは使えるな。二人ともとりあえずは神属性魔法陣から覚えるか。まずは過剰神力を抑える魔法陣から教えてやる』
私の手を使って、シュザージは紙にペンを走らせ魔法陣と記号の羅列したものを何枚か描きました。私はこそっと尋ねます。
スタングさんも魔術士の相棒がいれば普通の魔法陣が描けるのでは? すごい魔術士ならリドルカさんとか。
──愚か者。奴は魔王としては特殊すぎるし私の知っている魔王石と比べても段違いの魔力だ。神術士としては最上位でもスタングでは、共に術など使えば一瞬で泥の塊だ。あの魔王と組ませられるとしたらそれこそ完全な神だけだな。
はう。そうでしたか……
シュザージは心の中で答えてくれました。
そこでふと、思い至って背筋がヒヤッとなりました。
魔王と呼ばれているリドルカさんは……大丈夫なのでしょうか?
リドルカさんもいつかは魔に落ちて溶けてしまったりしませんよね? そんなことになったら、タケユキさんの絶望はどれほどになるか。
寄り添う二人の姿を思い出して、失われるかもしれないことに体が震えます。
──顔に出すな、ベテラン小間使い。あれは正確には魔王ではない。
え?
──後で話そう。タケユキも……リドルカも交えてな。
シュザージがリドルカさんの名前を呼びました。
ちょっと呆れたようにそう言った後、シュザージは講習を続けます。
私もベテラン小間使いの心得を思い出しながら、表情を引き締めました。
『スタングの相棒を探すならベルートラスなどの魔術士のいる国の、それこそ国に仕えているような上位術士くらいだろう。引き抜くのは難しい』
その言葉にスタングさんはガックリしてしまいました。
ものすごく魔法陣を習いたがってましたものね。
『何にせよ基本から学べ。こっちが魔法陣に使う初歩の術記号だ。それとこっちが神属性魔法陣による術制御補助と神力流出抑制。ついでに魔属性魔法陣の術制御補助と神力流出抑制』
「あの、前に描いていただいたものより図柄が簡素ですが……」
スタングさんが懐から大事に取り出した紙切れと、今描かれた紙を見比べて言いました。
『私は一つの紙に魔属性魔法陣と神属性魔法陣を描いたが、お前たちは別々に覚えろ。こっちは手習用の基本のものだ、先に渡したものは術の込め方が複雑で初心者には向いておらん。基本ができん者にいきなり上位の術など教えても意味がない』
その言葉に、ラッシュさんはがっかりしていましたが、スタングさんは深く頷いていました。
『魔法陣の使い方や力の込め方も、これがうまく書けるようになってからだ』
まずは陣を正しく描けるようにと模写をするように言いました。二人はシュザージの魔法陣を見ながら猛然と書き取りを始めます。
「なあ、この鑑定って俺たちもやっていいか?」
それまで大人しく見ていたアロさんが、ワクワクしながら鑑定の魔法陣を指差します。ずっと話がひと段落つくのを待っていたようですね。
シュザージが『かまわん』と言ったので、みなさん面白がって自分の術資質を測り始めました。なぜか町長さんや守備隊長さん、食堂にいた職員さんまでそわそわしながら測っていきます。
そんなことをしている間に、あっという間に時間が過ぎてしまいもう夕方です。もちろん途中で昼食はいただきました。
ちなみに、アロさんエリーナさんエハンさんは私と変わらないくらいの資質しかありませんでした。クレオさんは中の下です。
町長さんは、さすがに神術士なだけあって神術は中位の上、魔術は下位の上でした。守備隊長さんはアロさん達とどっこいです。職員さんの中には魔術の資質がそこそこ高い人もいて、これからは魔術士の育成も考えようかと町長さんは思案していました。国の指針には背きますが、法として禁止されているわけではないそうで、町独自の方法を模索するつもりのようです。
そういう意味では、神官が言っていた、魔力を使っただけで町ごと罰するなんてものは暴論でしかないのですね。
はあ……
難しい話がいっぱいで、ちょっと頭が疲れました。
でもまだへこたれてはいられません。
この後、タケユキさんたちと合流してまた話し合う予定なんです。
とても大事な話し合いになるはずです。




