第八十七話
ホーケンの町のお宿に戻って、朝食を食べて一服した後。部屋に戻ってテレシーたちの様子を見てみることにした。
リドルカさんと二人、ベッドに座って目を閉じ念じる。
俺たちより少し遅れて町に入ったテレシーたちは、物凄い歓声で迎え入れられ庁舎に向かったよ。テレシーのほっぺが引きつってた。大変そうだ。
庁舎の食堂で無事に食事を終えたテレシーに話しかけたら、満腹になったおかげか朝より元気になってる気がした。
そして、そのまま食堂で話し合いをするらしい。
町長さんに質問されたけど、まずは神殿関係者について聞いてくれた。町長さんが呆れまじりに思い出していたのは、化物が現れた途端、騎士まで慌てて逃げ出してしまったことと、逃げ出す間際に神官が「化物を倒してウェルペン神殿に出頭せよ!」と命令を残して去ってしまったことだった。
町長さんは混乱のせいで聞こえなかったことにするらしい。
そんな話を少しした後、テレシーは立ち上がって食堂の広い場所へ向かった。両手が動いて指先から光の線が描かれていく。
魔法陣だ。
それも今朝見たあの、シュザージの幻影を作り出すやつ。
食堂にいる人たちが食い入るように見ているよ。
きれいだもんね。
黒い魔法陣と白い魔法陣が交差し、一人の青年の姿が浮かび上がる。
文旦……じゃなくて、金髪に赤っぽい目の豪奢なローブを着た魔法陣の賢者。今は亡きテルセゼウラの王子様だ。亡きというか、滅しちゃった王子様だけど。
シュザージの姿を見たらみんながものすごく驚いていたよ。
人の姿に一瞬身構えた勇者もいたけど、すぐにその姿に見惚れていたよ。特に四人組の女の子と、たまたま食堂にいた女性職員。食堂のおばちゃんまで出てきてシュザージを見て頬を染めていた。
そうか。シュザージってそこまでかっこいいのか。
いや、かっこいいとは思うけど、どっちかと言えば美人さんかな。
……なんだか俺だけ微妙だな。
リドルカさんは文句なしにかっこいいし、テレシーはすごく可愛いのに。すごい人たちに好いてもらってなんだかちょっと申し訳ない。もちろんそんな理由で手放すつもりは毛頭ないけど。
で、そこからはシュザージが中心になって色々と説明をしてくれた。
テレシーがホッとしているのがわかる。
シュザージって口がうまいもんね。
やっぱり声はペンダントから響いてるけど、みんなそれを気にしている場合じゃないみたい。
「では、あの化物は魔に落ちた帝国領で自然発生したものと!?」
『そのようだ。それに取り込まれかけ抜け出した魔物がこの町に押し寄せていたらしい』
町長さんに問われて、シュザージは俺たちの話したものを取り混ぜながら曖昧に、かつ今後の町の防衛に不備がないように説明してくれた。
滅多にないとはいえ、ローレンド領はしばらくあのままだからまた魔物が出ないとも限らない。
「くそう! やっぱり魔王のせいじゃないか‼」
憤ったこの町の勇者が吠えた。
「もう神殿だの領主だの無視して俺たちで魔王を倒しに行こうぜ!」
「そうだ! 師匠の魔法陣があれば俺たちだけでも勝てますよね‼」
『そんなわけなかろう。魔王は私並みに魔法陣を使える物が百人いたって倒せんよ』
「ええっ!?」
驚いているね。
でも百人いても無理なんだ。
すごいねリドルカさん。
なら、そんなリドルカさんを追い詰めた最初の化物って本当にとんでもないものだったんだね……
『まったく、この国の者は魔力や魔石について知らなさすぎる』
その後は、シュザージによる魔属性講義になった。
まず魔王石について。魔石鉱山など地中魔力が流れ着く場所で数百年に一度、現れるかどうかの珍しい魔石で膨大な魔力を溜め込んだ最上質の魔石のことを言う。
そして魔王とは、魔王石に触れて流出した魔力が一気に人や獣の体に入り込み、暴走したものだそうだ。
『大抵は鉱山の採掘従事者や、山奥の鉱山に入り込んだ動物がそうなる』
そして、魔王となった者は数日から数ヶ月の間、魔力を撒き散らしながら彷徨い、人も獣も草木や土地さえ魔に落として回るのだそうだ。
あの化物のように魔に落とした魔物を引き連れて彷徨う姿から、魔王と呼ばれるようになったらしい。
『それを討伐する方法はまずない。だが、魔力を取り込んだ本人とていつかは魔に落ちる。魔王討伐とは、本来は魔王が力尽きるまで進路の住民を避難させたり、魔王の動きを誘導して荒野などに誘い込むことを言う。人間が立ち向かったところで近付くだけで魔に落ちるのだぞ? お前たちなどひとたまりもない』
シュザージの説明に、みんなが青ざめている。
テレシーも、俺も……
たぶん、俺だけが別のことを考えているんだろうけど。
俺はベッドに座ったまま、隣に寄り添ってくれているリドルカさんを見る。
リドルカさんは子供の頃に黒の離宮に閉じ込められることで魔王と呼ばれるほどの魔力を得てしまった。それからもう何年も経っているし、人のまま魔王石になったと本人も言っていた。
弟さんたちのように、黒い塊になったりしない。
しない、はずだ。
リドルカさんの腕をギュッと掴んだら、不思議そうな顔で見られた。
魔力の知識については俺だって知らないんだ。
一人で悩んだって仕方がない。後で、落ち着いて聞いてみよう。
テレシーたちの方に意識を戻すと、また勇者たちが怒っていた。
いや、町長さんと守備隊長さんの方が怒っていた。
守備隊長さんが怒鳴る。
「そんなどうしようもないモノとアロたちを戦わせようとしていたのか!? 奴らはそれを知っているのか!?」
『さてな。何のために勇者を集めたのか、いくつか推測できるが本当のところはわからん。西のローレンド領から勇者を向かわせるつもりだったのなら、勇者に魔王を引きつけさせて反対から別に軍隊を送り込み、皇都を襲撃。帝国そのものを奪う算段だったのかもしれん。もちろん勇者は捨て駒だ』
「ひでえ!」
本当にひどい話だね。
町長さんも拳を握り込みながら言う。
「他国の勇者はほとんど集まらなかったと聞きましたが、もしかしたら魔王と呼ばれるものの真実を知っていたからかもしれないですね」
『そうかもな。私とテレシーは別の用件で帝国に行く足掛かりとして勇者になったのだが。まさか何も知らない若者を集めて帝国に放り込むつもりだったとは思わなかった』
シュザージが大きくため息をついた。
テレシーもうなずいている。
勇者たちもうなずいているけど、どうやら一人だけ知ってたっぽい人がいるね。すごく変な人。
その後、魔属性講義は魔法陣講義に移って行った。
俺はそのあたりで少し疲れてしまい、テレシーたちに断りを入れて超能力を切った。
「どうした?」
小さく息をついたことで、力を切ったことに気が付いたのだろうリドルカさんが俺のことを心配してくれる。
「少し疲れました。宿をとっていてよかったです。このまま横になれますから。……話は後でいいですか?」
「ああ。ゆっくり休め」
そう言ったリドルカさんは、俺をベッドに横たえてくれた。
俺はそのまま目を閉じたけど、リドルカさんの手を離すことが出来なかった。




