第八十六話【テレシー:勇者の帰還】
タケユキさんたちを見送った後、私はさっきまでタケユキさんとつないでいた手をキュッと握って歩き出しました。頬が緩むのが止められません。
んんん~~っ、タケユキさんにかわいいって言われましたぁ~
『腹を鳴らしてお腹を空かせた姿がかわいいなどと……妹がかわいいのと変わらないのではないのか?』
「別にそれでもいいですよ。タケユキさんがかわいいって言ってくれたんですから」
タケユキさんは受け継がれてきた能力の問題で女の子を意識しないようにしてきたそうです。それをいきなり切り替えるのは難しいでしょう。一足飛びに“お嫁さん”に話が向かってしまったのもそのせいかと思います。
まずはお嫁さんとして意識できるかどうか、から始めるといったところでしょうか。
むしろ大歓迎です。
いつか立派にお嫁さんとして接してもらえるように頑張ります!
『やれやれ、お前がまず頑張らねばならんのは──おっと、もう見つかったか』
そう言うと、シュザージはペンダントから声を発するのをやめました。
正面から、守備隊の人たちが走ってきます。何人かは町に向かったようです。
──これで、山の化物をテレシーが倒したと認識されるだろう。
真実はともかく、やったのはシュザージってことにしませんか? せっかく姿を見せられるようになったんですから。たぶんその方が説得力ありますよ。
どう見てもただの小間使いの女の子でしかない私より、立派なローブを纏った見目のいい成人男性の方が魔法陣の賢者として納得されるでしょう。
実際、魔法陣の賢者はシュザージですし。
それに、いずれはテルセゼウラ復活を宣伝するんでしょ?
いきなり私が女王になりますなんて言っても、むしろ笑われるだけで信じてもらえませんよ。見た目だけでも派手なシュザージに前に立ってもらう方がそれっぽいです。
──なんだそれは。あれはタケユキを口説くために急いで組み立てた魔法陣なんだがな。しかし……確かに一理ある。
まあ、頑張ってください。
大変な肩書きばかり増えても困りますので。
──勇者に女王に小間使いか。愉快ではないか。
ちっとも愉快じゃないですよ。
などと、心で会話していると急いで走ってきた守備隊の人たちに囲まれました。
「勇者テレシー! やっぱりあの化物はあんたが倒したんだな!?」
「すっげえ! こんなにちっこい嬢ちゃんが」
「あの魔落ちを治す魔法陣には助けられましたっ。おかげて嫁さん泣かせずに済んだんですよ!」
褒め称えられてもいたたまれないだけです。
お腹が空いているので早く庁舎の食堂で朝ごはんが食べたいです。
昨日の朝食にいただいた果物の砂糖漬け、また食べたいですねぇ。
町を守る塀を抜け、町に入ればさらにたくさんの人が寄ってきました。私は現実逃避で甘い物とタケユキさんを思い浮かべながら、愛想笑いで庁舎に向かいます。
庁舎の前まで来ると、報せを聞いたのか飛び出してきたアロさんたちが見えました。
「ほらみろっ! やっぱり生きてた!」
「テレシーっ、無事ね!? 無事なのね!? よかったぁぁっ」
「急に一人でどこかに行ったと思ったら、山の上でドカンだろ!? あれお前がやったんだよな!?」
「さすが師匠です! 一人であんな化物を倒すなんて‼」
アロさん、生きてたってなんですか?
エレーナさん、心配をおかけしてすみません。
エハンさんラッシュさん、やっぱり皆さんそういう認識なのですね。
「えっと、ご心配かけました。皆さんは、元気ですか?」
にっこり笑いながら、アロさんたちと一緒に庁舎に到着。そこにはクレオさんとスタングさん、町長さんに職員の皆様までそろって出迎えに出てくださいました。皆さん涙ぐんでいたり感極まっていたり。胸が痛いです。
とりあえず、お腹が空いたので朝食です。
食堂の大きなテーブルの真ん中に私が座り、隣にエレーナさんとスタングさん。正面にアロさんエハンさんラッシュさん。その隣にはクレオさんがいます。
うーん、勇者が勢揃いですね。
スープとハムを挟んだパンを食べていると、ラッシュさんが待ち切れないとばかりに話し始めました。
「師匠! 町から見ていてもすごかったですよ! 火柱が上がったと思ったらものすごい雷が落ちて、あまりにすごくてっ、こうっ、感動しました!」
「さすがは師匠です。あれだけ距離があっても凄まじい魔力の圧を感じさせる化物を、どんな魔法陣で倒したのですか?」
話に続いたのはスタングさんです。お二人とも英雄譚を聞く子供のように目がキラキラしています。
「俺もその話、すっげえ聞きたい!」
「俺も聞きたいっ、てか、町の奴らも聞きたがってるぜ」
「ちょっとあんたたち、そうゆうのは食事が終わってからよ! 落ち着いて食べられないでしょ。ね、テレシー」
「……はい」
エレーナさんのキラキラ顔は、落ち着いてからじっくり話を聞きたいと言っています。ノリに乗じたアロさんとエハンさんも丸ごと止めてくださったのはありがたいのですが。
皆さんに囲まれて、まだかまだかと見つめられつつの食事だったのでちょっと食べにくかったですが、お腹はなんとか満たされました。果物の砂糖漬けもあったので良かったです。
タケユキさんたちも食事は終えられたのかな? と、考えていたら。
『お宿で先にいただいたよ。今は部屋に戻って一休みしていたところ』
心の中に、タケユキさんの声が響きました。
ホワッと頬が緩みます。
「テレシーったら、そんなにお腹が空いてたの?」
「そりゃあんな化物と闘ったらお腹が空くさ」
「もっと食うか?」
「師匠、化物を倒した後、どうしてすぐに戻ってこなかったんですか?」
思い人と語り明かして求婚されちゃいました。と自慢したいのを我慢です。
食休みをしていたら、クレオさんは食後のお茶を持って来てくれました。
「テレシーさんには劣りますが、お茶を淹れました。どうぞ」
「ありがとうございます」
ほっこりします。
そうしてお茶をしていると、今度は町長さんと守備隊の隊長さんまでやって来ました。
「食事は済みましたな。では、少しお話を伺いたいのですが……」
町長さんたちがいらしたので、アロさんたちは席を開けて私の正面には町長さんと隊長さんが座ることになりました。
タケユキさん、見てますか?
『うん、見てるよ。お話頑張ってテレシー。シュザージも』
応援されました。がんばります!
──ふふん、任せておけ。
「ではまず、山頂に現れた化物についてお聞きしたいのですが、あの巨大な魔物はあなたが倒したので間違い無いでしょうか?」
早速町長さんに尋ねられました。
町の存亡に関わることですものね。
また出てきたらと思うと怖いですし。
でもその前に──
「先にお尋ねしたいことがあります。神殿の方々はどうされましたか? 見当たらないようなんですが」
いないことは事前にタケユキさんのお力で探られたのでわかっていますが、一応聞いておきます。隠れていると厄介ですから。
尋ねながら首を傾げていたら、アロさんたちが笑出しました。
「ははっ、あいつらみんな化物を見てすぐに泡食って逃げ出したぜ」
「そうそう、騎士のくせに馬鹿みたいに慌ててさ」
「なんか慌てすぎて転んだのか、逃げる町の人に踏まれて大怪我した奴もいたってさ」
大怪我した騎士に心当たりはありましたが、別にもいたんですかね。
とりあえず、神殿関係者はみんないなくなったことに間違いないようです。
──うむ、では始めるか。
はい、お願いします。
席を離れ、私は少し広い場所に立ちました。
みなさん首を傾げます。
深呼吸を一つして、私の手が動き出します。その指先が今朝見たばかりの新しい魔法陣を描き始めました。




