第八十三話
「不束者ですが、どうぞよろしくお願いします」
起き抜けに、テレシーにそんなことを言われてびっくりした。
昨日、クオスト山脈の山間の岩場で野宿した。
野宿明けの割にはかなり体調はいいし、天気も良くて爽やかな朝だ。
そんな中言われた言葉に一瞬戸惑ったけど、昨夜俺はテレシーにプロポーズしたんだった。
昨日のうちに即答で了承されていたけど、一晩経っても変わらずにいてくれたんだね。うれしいね。
「ありがとうテレシー。こちらこそよろしくお願いします」
「はい! みんなで幸せになりましょうね」
テレシーの手を取って笑ったら、テレシーも嬉しそうに笑ってくれたし、リドルカさんもうなずいてくれた。起き抜けでまだ抱きしめられたままでね。俺の肩に乗った羽太郎もピチチと小さく囀った。祝ってくれてるみたいだね。
「えっと、この小鳥はどうしたのですか? ずっと気になってたんですが」
「伝書鳥の羽太郎だよ。かわいいでしょ?」
「ハネタロー……」
俺は肩の羽太郎を指に乗せ、テレシーの前に差し出した。
テレシーを見て、小首をかしげる羽太郎。
「かわいいですね!」
わあっ、とほころぶテレシーの顔。
うん。テレシーもかわいいね。
幸せを実感していたら、イライラした声が聞こえた。
『テレシー、代われ』
「嫌です。せっかくいい感じなのに邪魔しないでください」
『両手を貸すだけで良い。魔法陣を描く』
「え? なんのですか?」
その問いにシュザージは答えない。のに、テレシーは言葉を続けた。
「なっ、まさか私を改造する気じゃ!?」
改造。
それじゃあ悪の組織だよ。
止めた方がいいのか迷っていたら、テレシーが急に黙り込んだ。
もしかして、心の中でシュザージと話をしているのかな? それは聞き耳立てちゃダメだよね、やっぱり。
「はあ……わかりました」
しばらく黙り込んでいたテレシーは、ため息をつきながらそう言うと俺の手を離した。そして立ち上がって距離を取る。
テレシーの両手が魔法陣を描き始めた。
リドルカさんが少し警戒したけど、これは悪いものじゃないだろう。もしそうならテレシーが止めている。
ただ、その魔法陣を描く手の動きがこれまで見たよりゆっくりで、考えながら描いているようだ。指先から光る線が現れて記号を描き少しづつ魔法陣が完成していく様はとても綺麗だ。
『神属性魔法陣、記憶再現。魔属性魔法陣、幻影形成……』
いくつか呟きのような声がペンダントから聞こえる。
ゆっくりと完成した二つの魔法陣は、テレシーの腕の動きに合わせてひとつは地面に、ひとつは少し高い位置に移動した。それらはゆっくり上がって行き降りて来る。魔法陣は重なると薄紫に光り、交差するように上から降りてきたものは下に向かい上に向かっていたものはそのまま上昇。
『──幻影体を、成せ』
最後にシュザージの声がそう言うと、二つの魔法陣の間に人の形が現れて──光った。
「え……?」
「う、うそ」
下り上がった二つの魔法陣が溶けるように消えた時、光っていたその姿が一人の青年の姿になっていた。
文旦みたいな髪色に熟した茱萸の実のような目。背の高い細身の体にまとう見覚えのあるローブ……
「金髪に赤い目、赤いローブ、肖像画にあったシュザージの姿です!」
「えっ!? これシュザージ!?」
『成功だ! どうだタケユキ、これが私の本来の姿だ!』
胸を張り俺に向き直るシュザージ。でも残念なことにその声はテレシーのペンダントから響いた。口パクの美青年が嬉しそうに俺に向かって笑いかけた後、リドルカさんに抱っこされ座ったままの俺の前にゆっくりと跪いた。そしてスッと手を伸ばし、俺の目を見る。
『百年の時を経て、遥かなる異界より舞い降りし我が運命よ。この日をどれだけ待ち焦がれたか。愛しき者よ、我が手を取り妻として共にあることを願う』
一瞬で顔が熱くなる。
え? これって、プロポーズ!?
王子様のプロポーズっぽいよ? ああ、シュザージって王子様だった。見た目が伴うとまさにそれだ。声はテレシーのペンダントから聞こえてるんだけど。
どうしよう。
これが、もしあの日の塔の魔法陣の上で聞けていたら……
迷っていると、シュザージは胸が痛むような辛そうな顔でじっと俺を見ていた。そんな俺の手を取ったのは、リドルカさんだった。
指先にいた羽太郎は肩に戻る。
俺を抱えたままのリドルカさんが、俺の腕を持ち上げてシュザージに近づける。
いいの?
と、振り向いて目だけで問うた。
リドルカさんは少し笑っていた。テレシーのこと、望むなら手に入れろと言ったあの時と同じ表情だ。
リドルカさん、ありがとう。
俺は、自分で手を動かし、捧げられたシュザージの手を取った。
が、……取れなかった。
つかもうとしたらその手はスカッとすり抜ける。
『くっ、やはりまだ完成には程遠いか』
シュザージが悔しそうにそう言うと、今度はテレシーが動いた。
「しょうがないですね」
そう言って、シュザージの幻影の上から俺の手を取る。
手の感触はテレシーなのに、なんだか少し違う気もする。そんな手だ。
幻影のシュザージの顔が驚き、そして泣きそうな笑みを浮かべる。
『やっと、触れられた。これがタケユキの手か』
テレシーであってテレシーでない手が、俺の手を両手でギュッと掴んだ。その瞬間。ニヤリと笑った綺麗な顔が俺の背後を睨み上げた。
『これで、タケユキは我が妻となった』
はえ?
シュザージがそう言った瞬間、リドルカさんは俺を抱え上げて立ち上がり俺はグルンと振られるようにシュザージから遠ざけられた。脇を持ち上げられた猫のようにブランとなる俺と、びっくりして飛び上がってしまった羽太郎。
俺を取り上げられたシュザージは、立ち上がって高笑い。
『はははっ、先に夫の地位について傲ったな魔王め。今に見ていろ、いずれ第一夫の座をもぎ取り第二夫に蹴落としてやる! 幻影体を実体化して我が手管を駆使してタケユキを身も心も快楽の──』
「うにゃああああっ! 何を言ってるんですかあなたはぁぁぁ‼」
『まっ、待てテレシー! それがなければ私は話せん!』
気がついたらテレシーがペンダントを手に振りかぶっていた。と、同時にシュザージの幻影も消えてしまった。
投げようとしたら手がプルプルして、なんとか止まったようだ。
ゼイゼイと息をするテレシー。
「テレシー……その、ありがとう?」
「ハァハァ、油断は禁物ですよ、タケユキさん」
聞こうとしたわけでもないの、テレシーが心の中で『変態!』って叫んでいるのが聞こえた。
リドルカさんからも黒いモヤモヤが出てるよ。
テレシーは目を閉じてしばらくの間、シュザージを叱り付けているようだった。
その間、俺は離してくれないリドルカさんの腕を撫でつつ宥めていた。
それにしても、シュザージから第二夫なんて言葉が出てくるなんて思わなかった。あんなブチ切れ方したんだし、もっとごねるかと思ったんだけど。どういう心境の変化があったのかな。
と、考えていたらテレシーに押さえ込まれたシュザージの声が響いた。
『では、晴れて我が妻となったタケユキに理想郷を贈ろう』
……何をくれるって?




