第八十二話【テレシー:魔王と賢者と勇者兼小間使いの話】
思いがけないことだらけでしたが、私はタケユキさんと再会することができました。
しかも。
求婚されてしまいました。
返事は保留扱いになっていますが、さっきも言った通りそばにいられるならなんだっていいと思っていたのがお嫁さんです! しかも、女の子で好きになるのは私以外いないだなんて! 断るわけがないじゃないですかっ
こんな幸せなことがあるでしょうか。
『……浮かれるな。まだ話は終わってないぞ』
何を言っているのでしょうか、シュザージは。
タケユキさんは眠ってしまったのでお話の続きは明日でしょう?
『タケユキではなく、魔王に話がある』
いつもなら、こんな話をするならペンダントからの声でなく心の中で会話するシュザージが、わざわざ声に出してそう言います。
シュザージに自分の体があれば間違いなくリドルカさんを睨みつけて言っている、そんな声で。
「タケユキを起こすな」
『小声で話せばよかろう。タケユキはよく寝入っている』
それはそうでしょうが。
『今の薬は、睡眠を誘発させるものではないのか?』
「そうだ。タケユキは眠ることでしか疲労が癒せない。神術では癒すことはできなかった故に、典医がタケユキ自身と相談して薬を調合した」
神術で体を癒せないって。
そういえばシュザージもそんなこと言っていましたね。特異な体質だって。
と言うか、帝国は魔属性中心の国で神属関係のものは排除していると思っていましたが、癒しの術が使える中位以上の神術士が当たり前にいるということでしょうか? フレンディス国は魔術を敵視して徹底排除してたのに。意外です。
『テレシー、大事な話をしておる。頭で横道なことを考えるな。気がそれる』
無理を言いますね。
それほど横道でしたか?
まあいいです。黙って聞いてあげましょう。
「何が聞きたい?」
リドルカさんも不思議がっています。
『タケユキの想いはわかったが、貴様らの狙いが全く分かっていないではないか。真にタケユキを想っているなら全てを包み隠さず話せ』
狙い?
『そもそも、なぜタケユキを攫った。初めから妻にするつもりで連れて行ったのではないのであろう?』
確かに、その辺りの詳しい話はありませんでしたね。
リドルカさんは少し考えてから、小な声で答えます。
「……タケユキとは空で出会った」
それは聞きました。
ロマンチックですが、そんな話ではないのですね。
「空を飛べるほどの、力を持ちながらその力が何なのかが、わからなかった。魔力は感じず、神術士である姉も妹も神力も感じなかったと言った」
お姉さんと妹さんが神術士!? 思った以上に身近な方が神術士でした。
ああ、ごめんなさい。考え事は控えますよ。
イライラしないでシュザージ。
『……で?』
「帝国で最上位の神術士が理解できない力なら、それより上位の者。真実、再降臨した神族か、神王一族ではない、隠れ住んでいた神族の末裔ではと考えていた。ならば、神王国を黙らせるための手札に使おうと攫った」
「えっ!?」
『大きな声を出すな、タケユキが起きてしまうだろう』
ああっ、ごめんなさいっ
リドルカさんがひとつ息を吐きました。
ゆっくり、考えを巡らせ纏めながら言葉を続けてくれます。
「神属騎士との一件を見た。学者の家には神術士もいた。ベルートラスに置いておけば、下手をすれば先をこされて神王国に奪われる。そうでなくても飛べるのだ、逃げられれば厄介だ。他に手立てを考える余裕もなかった」
なんとなく、後悔しているようにも聞こえます。
いえ、きっと後悔しているのでしょうね。
『なるほど。それで攫って来たタケユキをどうするつもりだったのだ? 手札と言ったが、神王国に新たな神族の存在をチラつかせたら欲しがるに決まっている。当然、神を祀る自国へ寄越せと言ってくるだろう』
「そうだろうな」
『タケユキを差し出し、四国のどこかの神王に据えるつもりだったか。あるいは神王よりも上位者である神降地の神殿長か? 神降地を帝国が抑えれば、煩わしい神属関係者を簡単に黙らせられる』
そ、そんなすごいことするつもりだったのですか!?
「そうだ。今の神王たちは上位の神術士ではあるが真に神と呼べる者がいない。神降地の神殿は隠されていて手出しできないが、神王になら近づける。帝国の味方になるよう言含め、あるいは脅して、敵の中枢に手駒として送るつもりだった」
『脅してでもだと?』
「だが、脅し返された。ベルートラスにいる身内同然の者たちに手を出せば帝国を滅ぼすと。そして、その力も示した」
タケユキさん……
「そもそも、タケユキは神族ではなかった。異世界の異能力では神王にも神殿長にもなれん」
『まさか、それで諦めたのか? なぜ騙してでも送り込まなかった。タケユキの力なら神王を皆殺しにすることも可能だったろう』
「何怖いこと言ってるんですかシュザージっ!?」
思わず大声が出て、慌てて口を押さえました。
大丈夫、タケユキさんは寝ています。よかった。リドルカさんもタケユキさんを見てほっとしています。
シュザージは小さくため息をつきました。
『かつての帝国ならそうしていただろう。空が飛べて瞬時に遠くに移動もできる。精神に干渉し心を読み、念じるだけで人を浮かせて地に落とす。その上、神術で攻撃しようとも通じず止めることもできない』
「だが、それを行わせればタケユキは確実に、世界中の神殿信者や神術士、神王国の民に恨まれ、いずれは無残に殺された。タケユキには体力的に明確な弱点もある。現皇帝はそれを望まん。神術士である妹を伴侶に据えて、新たな統治者となるよう送り出すつもりだった」
『……ぬるいな。そんなやり方ではせっかくの駒は奪われて妹は謎の病死を遂げていただろう』
シュザージが呆れたように言い、またため息をつきました。
そのあまりの話に私はもう声も出ません。
『なるほど。だが、結局は貴様と番わせ帝国に縛ることにしたと』
「俺は手放したくなかったが、兄上はタケユキが帰りたい場所へ返すつもりだった。敵に回らぬと制約だけさせてな。だが、その直前に敵が動いた。後はタケユキが話した通りだ」
帝国は悪だ悪だと聞いていましたが……今の皇帝は本当にいい人なんですね。
『“いい人”に皇帝など務まるものか。そんなだから敵にいいように踊らされて内乱まで起こされる』
「悪辣な部分は姉たちが担っている。兄上はあれで良いと言ってな」
なんでしょう。本当にこの皇帝兄弟は仲がいいのですね。
『その悪辣な姉たちの指示で、勇者を捕らえにやって来たと? タケユキが身内と称した者がいるのだから、利用しない手はない』
「シュザージ、さっきの話聞いてました? その皇帝なら国や弟さんを救ってくれた人にそんな真似させるわけないでしょ」
「そうだ。病み上がりでまだろくに動けないタケユキが、勇者に仕立てられた恩人を救いたいと飛び出そうとした。故に、俺が共に来たのだ。タケユキを死なせないために。そして、その望みが少しでも叶えられるように」
リドルカさん……
それにタケユキさんも。
また私が先走ったせいで、こんな所まで来させてしまったのですか。
『テレシー、それは違う。そもそも此奴らがタケユキを無断で連れて行かなければお前が勇者になることもなかった。責任は全て此奴らにある』
「タケユキと勇者テレシーに関してはその通りだ。すまぬ」
『くっ』
潔いですリドルカさんっ!
タケユキさんが惚れちゃうわけです。
「シュザージ、あなたこそあんまり悪辣なことばっかり考えているとタケユキさんに嫌われますよ。ああ、だから眠っている間に話をしたかったのですか」
『違う! 私は一般的な王族の思考を言ったまでだ』
「静まれ。タケユキの眠りを妨げるな」
『ぬっ!?』
シュザージ、完敗です。
悲しいでしょうがあなたはタケユキさんを諦めた方がいいのではないですか。あ・な・た・は。
『何を言う! 諦めるものか。今は体も持たぬ身だがいつかは奪い返す。最悪、テレシーの体を改造して寝取りかえし──』
「そんなことしたらあなたを道連れに死にますよ」
「話が終わったなら、お前たちも眠れ」
おおっ、なんとなくリドルカさんから黒いモヤモヤが出てる気がします。いえ、気のせいではないですね。服の裏に描かれた魔力除けの魔法陣がバシバシ発動してます。
ごめんなさい、静かにします。
「俺は何があろうとタケユキを手放すつもりはない。タケユキが望むなら他に誰をそばに置いても構わんが、俺の手からは奪わせん」
「あの……」
私がおずおずと尋ねると、タケユキさんを見ていた視線が私に向きました。
「リドルカさんはタケユキさんが好きなんですよね? どうして私がタケユキさんのお嫁さんになっても構わないなんて思えるんですか?」
思い切って聞いてみました。
普通は、男性とはいえ妻にした人に別の伴侶がつくのは嫌なんじゃないでしょうか。私でもシュザージにしても。
少しだけ、思案したように目を閉じたリドルカさんは、またタケユキさんに視線を戻して言いました。
「タケユキは俺のために夢を捨てた。俺のために新しい夢を望むなら、それに添いたいだけだ」
『それはタケユキが最悪の夢と言ったものか?』
「おそらく、タケユキの中では最上だったものだ。運命の相手と共に他者の干渉を受けない場所で、隠すことなく力を振るい生きて、何も残さず共に滅びる。そんな夢だ」
結局何も残さず滅びるのですね。
一人ぼっちよりはいいですが、二人ぼっちが最上なんて……
「俺は国も兄弟も捨てられん。そんな俺の望みにタケユキは添うと言ってくれた。ならば俺もタケユキの望みに添いたい。タケユキが家族と称した者たちを、誰一人捨てなくて良いように」
ううっ、胸がじんっとします。
『はっ、強欲な魔王め』
「なぜそんな憎まれ口しか聞けないんですかシュザージは。素直にみんなで幸せになりましょうって言えばいいのに」
でも、なんとなくですがシュザージの機嫌がいいように思えます。
……何か企んでなければいいんですけどね。
せっかく頭がいい賢者様なんですから、その知恵を幸せになることに使って欲しいです。
『……ふん、テレシーもさっさと寝ろ。今日もいろいろありすぎた。休め』
休ませてくれなかったのは誰ですか!?
まあいいです。
私はタケユキさんにそっとくっついて目を閉じました。
明日、目が覚めたら私は言いますよ。
みんなで幸せになりましょうって!




