第八十一話
さっきまでいた山頂に、ランタンや松明などのいくつかの明かりがゆらめいて見える。
遠見で見てみたら、他の勇者たちだった。
辺りはすでに真っ暗闇。
向こうの山から俺たちが見えるわけではないけど、俺たちは移動して寒さを凌げる岩影へ身を潜めた。
山の上は寒いんだ。
俺はぬくぬくマントでテレシーごと身を包み、その俺をリドルカさんが背中から抱えるように抱き込んでくれる。
これならあったかいや。
ちなみに、戻って来た羽太郎も俺のマントのフードに入ってぬくぬくしてるよ。
かわいいもんだ。
そうして俺は改めて、この世界に来てからのことを話した。
「異世界?」
『異世界!?』
二人分の驚く声が響いた。
あの山からは距離があるとはいえ大声は控えてほしい。俺が「しーっ」て指を口元で立てたら、テレシーが「はわわっ」と手で自分の口を押さえた。
『私の魔法陣は……世界の壁をこえて運命の相手を探し出したのか』
「それは時間もかかるでしょうし、物凄い力も必要になりますね。つまるところ、シュザージのお相手はこの世界にはいなかったということですね」
『それはお前にも通じる話だぞ、テレシー』
本当に共存してるんだね。
思ったより仲がいいみたいだ。出会い頭の大喧嘩ではテレシーが押されちゃってるかと思ったけど。
それから、滅びの都を見て回った話をすると、二人も滅びの都へ再訪した時の話をしてくれた。
滅びの都、今は亡きテルセゼウラ王国の王都。そしてその王族の城。
魔法陣技術というのは想像以上に発達した文明を築いていたらしい。びっくりだ。
「そんなすごい国を、老婆への婿入りを蹴るために滅しちゃったんだ……」
諸行無常にも程がある。
「あのっ、シュザージはちゃんと反省してますよ。父王様にも謝りました」
『テルセゼウラはいずれ再興する。そのためにも、なぜ其方が魔王と番うはめになったか聞かせてくれ』
なんで俺とリドルカさんが再興に関係あるんだろう。
まあいいか。
俺はその後の話を続けた。
滅びの都を出て、テレシーたちと会って、じーさん先生に鎌かけられて正体がバレて、ベルートラス王国で暮らすことになった辺り。
「オーリー先生がタケユキさんの正体知っていたなんて、びっくりです」
テレシーがため息をつく。
それだけ上手に隠してたんだね、じーさん先生。
テレシーが知っていそうな話は省いて、リドルカさんと初めて出会った時の話もした。
「満点の星空の中で出会うなんて、素敵ですね」
テレシーが「ほうっ」と息をつく。
そうかな。
あの時、俺はほうほうのていって感じだったからちょっと恥ずかしい。
まあそれで、帝国に目をつけられて攫われたわけだけど。
「あの時は……悪かった」
その話が始まると、ずっと黙って聞いていたリドルカさんがテレシーに謝る。
『そうだ! 貴様らがタケユキを攫ったりするから──』
「考えなしに船を燃やしたのは誰ですか?」
『うっ』
そういえばパレアーナさんが偽装船が燃やされたとか言ってたっけ。あれ? あれってシュザージがやったの?
どうやら、テレシーの中にいたシュザージが本格的に目覚めたのもその時かららしい。
そうだ、パレアーナさんの伝言。
「テレシー、パレアーナさんがテレシーに会ったら「ごめんなさい」って伝えておいてねって言ってたよ」
「パレアーナさんって、あの時の女の子?」
「うん」
「そっか……」
少し複雑そうな顔をしたけど、すぐに気を取り直したようにテレシーは笑ってうなずいた。いつかテレシーとパレアーナさんが会えれば、仲良くなれるんじゃないかと思った。
そして、そこからは帝国の内情を話すことになる。
リドルカさんをチラリと見たら、意図が伝わったのか頭を撫でられた。
「兄上たちの許可は出ている。タケユキが必要と思う話はしても良い」
確かにそうだけどね。
皇帝さんも、できれば力があり味方になってくれそうな人には知って欲しいって言ってたし。
俺は帝国で見聞きした話をした。
非道な先帝とその一派を討ち取り、帝位についた新皇帝とその兄弟。
彼らが善政を敷こうとしはじめた途端、帝国を悪と誹り皇弟を魔王と称し世界の敵と宣伝し始めた神王国。それらに扇動されたテロリストや、利用し合うことで帝国を乗っ取ろうとした先帝派の地方領地。そして化物の襲来と狙われた黒の離宮とリドルカさん。
ついでに、頑張りすぎてちょっと死にかけちゃった俺の話も。
ごめんなさい。
テレシーが青ざめちゃったよ。
『わからん。なぜタケユキはそこまでして魔王を救おうとした?』
「決まってるでしょ。俺は初めて会った時からリドルカさんが好きだったんです」
そう告げたら、背後のリドルカさんがビクッとなって固まった。テレシーも目を見開いてる。
「俺は女の子と結婚は無理だし、だったら運命の人を得られるなら男の人かなと思ってた。それで、どんな人なら好きになるかなって、ずっと考えていたんだけどね……」
一番の理想はじーちゃんだった。
けどじーちゃんはじーちゃんだから、年が近くて俺がいいなって思う人はどんなかなって考えたら、子供の頃見たヒーロー物のダークヒーローってかっこいいなとか思い始めたんだ。
「初めて会った時、理想通りのカッコよさに見惚れちゃったよ。で、攫われてずっと一緒にいるうちに、実は優しくて我慢強くて家族想いで、そんな所がじーちゃんみたいで余計に好きになっちゃって。化物を一人で倒しちゃうところなんか強くて、遠見で見てたけど本当にカッ──むぐ?」
大きな手に口を防がれた。
なんだか背中が熱くなった気がするよ。
振り向きたいけど口を抑えられてて振り向けない。から、超能力で確認したらリドルカさんが照れていたよ。おお、可愛いところも発見。
あと、なぜかテレシーの目がキラキラしてる。
女の子は恋の話が好きって聞いたことあるけど、俺の話でもキラキラするのか。共感してもらえたって喜んでいいのかな?
『ぐううっ、私が生きていれば其奴よりも見目は良いっ』
「そうなの?」
「好みの差はあると思いますが、なかなかでしたよ。お城で肖像画を見ました。私も好みからは外れてたのでなんとも言えませんが」
『おいっ! いや、そもそもなぜ女は対象外なのだ? テレシーではなぜいかん』
シュザージがそう言うと、さっきまで笑ってたテレシーがグッと唇を噛んだ。
「それも説明しなきゃね……」
俺はじーさん先生にしたのと同じ説明をした。
テレシーは真剣に聞いてくれた。
『なんだ、そんなことか。母体の強化なら魔法陣でできるし、タケユキの受け継ぐ力についても解き明かす。案ずる事など何もない!』
じーさん先生たちが言った通りだ。
なんとかするって言い切ったよ、魔法陣の賢者は。
『だから魔王などやめてテレシーにしておけ。テレシーはタケユキを救い出すために魔王と戦う覚悟で勇者になったのだ』
「ちょっとシュザージ! 私は恋愛で戦うために勇者になったんじゃないんですよ!? 勇者にかこつけて帝国に潜入して、こっそり助け出せたらなって旅立ったんです!」
そうか。それはそれで勇ましいと思うよ。それに……
「うん。それだけ俺のことを想ってくれたのは嬉しい。ありがとう、テレシー」
「タケユキさん」
「でもね、俺はリドルカさんが好きなんだよ」
「……はい」
「俺はね、どこへ行っても迷惑かけるばかりだし、運命の人が見つからなければどこか遠くへ行って一人で生きて何も残さず死のうと思ってたんだ」
「なっ!?」
『なっ!?』
シュザージまで驚いてる。
「これは元いた世界でも考えていたことだけどね」
『最悪の夢……と言っていたな』
「うん。この世界に来た時一瞬期待したけど、俺を呼び出したらしい運命の人は白骨化してたし」
『うっ』
「でもね、リドルカさんは俺を捕まえて逃さないって言ってくれたんだ。運命の人になってくれたんだよ。それで俺は悪い夢を捨てて、運命の人の夢に寄り添って生きようって決めたんだ」
まだ、俺の口元近くにあったリドルカさんの手を取って頬に当てる。リドルカさんは頬を撫でてくれた。
『天運ではなく、自分で繋いだ運命か』
シュザージが大きく息をつく。
テレシーは涙を堪えるように唇を噛んでいる。
追い討ちをかけるようなこと言ってしまったら泣かせてしまうかもしれない。でも、ちゃんと告げないと。
「テレシー。俺のために頑張ってくれた話を聞いて、嬉しかったよ。ずっと親切にしてくれてたし、おかげで俺は思ったよりこの世界に早く馴染めた。そんなテレシーにこんなこと言うのは申し訳ないんだけど……」
「わかっています! でも、何も気にしなくていいですよ、私が一方的にタケユキさんを好きになっただけですし。もしかしたら帝国のお姫様と恋人になっているかもなんて、覚悟もしてましたし。まさかそのお兄さんととはちょっと予想外でしたが」
俺の言葉を遮って、テレシーが早口でそんなことを言った。
堪えていた涙が溢れそうになっている。
「テレシー」
「ごめんなさい、タケユキさん。私……」
『まさか、諦める気か!?』
シュザージの声にキュッと目を閉じ、素早く涙を拭くテレシー。
そして、目を開いた時。
その視線はキリッと鋭く決意を秘めたものになり、真っ直ぐに俺の目を見ていた。
「ご迷惑なのは重々承知しています。ですが、お願いします。私を、小間使としておそばに置いてください」
その目があまりに真剣で、とても綺麗で、俺は戸惑ってしまった。
「小間使いがいいの? 俺は、テレシーには俺のお嫁さんになって欲しかったんだけど……」
「え?」
『ん?』
テレシーが目をぱちくりさせた。
シュザージも疑問符のついた声を上げる。
そんな様子を見て、背後のリドルカさんがもそりと動く。
「俺からタケユキを奪わず、共にいるのならかまわんと、タケユキには言ってある」
リドルカさんがそう言ってくれたので俺はうなずく。
「俺が女の子で好きになるのは後にも先にもテレシーだけだろうし。こんな俺で良ければ一緒にいてくれたら嬉しいなって思ったんだ。力の遺伝さえなんとかなるならお嫁さんになってくれたらいいなって、言うつもりだったけど。……嫌?」
不安なので首を傾げながら言ったら、テレシーはポンっと湯気が吹きそうなほど真っ赤になった。
「ええっ!? お、お嫁さんですか!? わっ、私はそばに置いてもらえるなら愛人でも良かったんですがっ、できれば小間使いの方が良かったのですがっっ!」
「やっぱり小間使いがいいの? テレシーがその方がいいなら──」
「お嫁さんがいいです!」
『ちょっと待てテレシー!』
シュザージが待ったをかけてきたよ。
『よく考えろ! 夫を魔王と共有するんだぞ!?』
「そんなことは何の問題にもなりません。そもそも私の中にあなたがいる以上、タケユキさんを独り占めできるわけないんですから。むしろリドルカさんがいてくれるならありがたいくらいです。シュザージの暴走を止めてくれそうですし」
『なっ!? あ、あの時、私を止めたのはタケユキだ!』
「実はシュザージを殴った時、俺も暴発寸前だったんです。感情を抑えきれなくて、殴り飛ばすだけで済んだのはリドルカさんのおかげです。リドルカさんが止めてくれていなかったら怖いことになっていたかもしれません」
「こ、怖いこと……ですか?」
「小さい頃はよく暴走しそうになっててね、ばーちゃんが止めてくれなかったら山ひとつぶっ飛ばすところだったって言われてた」
シュザージが黙ってしまったよ。
テレシーもだ。涙はとっくに引っ込んだようで、それはよかったのかな。
「ばーちゃんがいなくなっても、心を寄せる運命の人さえ見つけられれば暴走を止めてもらえるよって言われてたんだけど。リドルカさんは本当に止めてくれるようになって、運命ってすごいね」
「それは……すごいですね。さすがに私にはできそうにないですが……」
「テレシーにもできるようになるよ、きっと。だってじーちゃんは超能力も魔力も神力もない普通の人だったし」
「本当ですか!?」
『タケユキ、お前は──』
シュザージが何か言いかけた時、リドルカさんがそれを制した。
「話の続きは、明日にする。タケユキはそろそろ眠った方がいい」
「え? 今? だってまだ話は終わってないよ」
「すっかり夜がふけた。休まねばまた疲労が取れない。タケユキの力は、使うほどに体力を消耗するのだろう?」
そうだけど。
リドルカさんの言葉にテレシーが驚いている。
「そうだったんですか!? もしかしてお体が弱いのもそのせい!? タケユキさん、休んでください! ああ、でもこんな所で野宿なんかしたら風邪をひきませんか!?」
『魔法陣で風除けと温度調整をしよう。今、町に戻った所で休めまい』」
「まだ大丈夫だよ」
「テレシーには無事に会えた。ここで無理をするな。また熱を出す」
「……はい」
みんながみんな心配をするので、俺は大人しく休むことにした。
確かに、テレシーは無事だったし、話の内容が内容だけに考える時間があった方がいいかもしれないね。さっきは即答してたけど。
「典医の薬を飲んでおけ。水だ」
そう言って、リドルカさんが掌を上に向けるとシュルッと水が集まってコップ一杯分の水の玉が現れた。すごいね。前にミリネラさんに魔術で水を呼ぶところを見せてもらったけど、ミリネラさんはコップ一杯でも数分念じて呼んでいた。リドルカさんは「水だ」だけで呼んじゃったよ。
俺は典医にもらった薬を飲んで、お水も飲んだ。
「ふう……」
「このままで眠れるか?」
「はい」
「おやすみなさい、タケユキさん」
「おやすみテレシー、リドルカさん。シュザージも」
『名を呼ばれるのが最後なのは思うところもないではないが……まあ良い。よく休め』
リドルカさんとテレシーに囲まれて目を閉じるとなんだかじーちゃんとばーちゃんと眠っていた子供の頃を思い出して、なんだかホワホワといい気持ちだ。目を閉じるとすぐに眠くなってきた。
思ったより疲れていたのかな。
今日はそれほど力は使ってないのにね。でも色々あったには違いないか。
明日はのんびりできたらいいな。
おやすみなさい。




