第七十七話
改めて、ホーケンの町までやって来た。
上空から遠見で確認したら、町の中ではまだ入り込んでいる魔物を掃討すべく人が駆け回っていて、こっそり降りられる場所がなさそうだった。
なので、仕方なく町の手前の木立にそっと降り立ち、街道を歩いて町に入ることにした。
歩き始めてすぐにはぐれ魔物が襲って来た。
リドルカさんが腰に下げていた剣でサクッと屠る。
すごいな。
普通の剣でも強いんだ。かっこいい。
俺も歩きつつ、小石を拾って飛んでくる魔物にぶつけた。
リドルカさんが驚いてくれたのでにっこり笑っておく。俺だってこれくらいできるんですよ。
ちなみに、羽太郎は俺の頭の上に乗っていて、俺が動くたびに飛び上がったり着地したりしてる。鳥もかわいいな。
辺りを見回しながら俺たちはまた歩き出す。
「思ったよりいっぱいいますね。こんなに魔物が入り込んでたんだ」
「そうでもない。気配は少ない。自然発生する数より少し多い程度だ」
そうなのか、なら良かった。
ずいぶん駆逐されたんだね。
でも、見つけたらできるだけ倒していこうとリドルカさんと話あう。
「なら、寄せるか」
「寄せる?」
「魔術に、近場の魔物を寄せ付けるものがある」
そんなのあるんだ。
「数が多い場では使えんがな。集まって昨日の化物のようになる」
「それは怖いですね」
つまり、本当にこの辺りにいる魔物は少なくなっているんだ。
そうして、寄って来る魔物を倒しながら歩いていたら、町を目前にした所で誰かが「すげえ……」と呟いたのが聞こえた。果樹園の木の影から十代半ばの少年が三人出て来た。剣を持っているところを見ると、はぐれ魔物の掃討をしていたようだ。
「こんにちは。あの町の人?」
「おっ、おお! お前たちは何者だ!」
いっちょまえに剣を構えて警戒を見せる。
頑張ってる子供は微笑ましい。
「旅の者だけど、ここに勇者がいるって聞いて訪ねてきたんだ」
テレシーをいきなり名指しするのもなんだから、ざっくり聞いてみた。
「勇者!? アロさんか!? エレーナさんか!? エハンさんか!? ラッシュさんか!?」
「もう一人地味な人もいたろ!? 名前なんだっけ」
「魔法陣の所にずーっと立ってた人は!?」
「女の子もいたろ!? なんか庁舎の広間でぼーっとしてた奴」
え? ぼーっとしてたの?
女の子と聞いてテレシーだと思ったけど、テレシーなら怪我人の世話とかでテキパキ働いていそうなんだけど。違う人?
「アロさんが言ってたけど、あのすっげえ魔法陣描いたのがその女の子なんだってよ」
「「へええ」」
魔法陣がらみなら、テレシーだとは思うけど。
裏表なく喋ってくれているのは、心を読まなくていいからありがたいけど、ちょっとよくわからないな。
「えっと、みんな元気? 怪我とかしてない?」
「ああっ! 魔落ちを治す魔法陣のおかげでみんな元気に魔物を討伐してっぞ! 俺たちも町の近くなら手伝っていいってんで張り切って──あっ!」
と、喋っていた少年が俺の後ろを指差した。横目で見たらすでにリドルカさんが剣を振るっていたので、俺は構わず少年たちの頭上から飛びかかって来た黒い小動物に石礫を投げる。石が当たった小動物は「ギッ」と鳴き声をあげたので少年たちは驚いて振り向いてそれを見た。リスっぽい魔物が落ちて溶けた。
俺も背後を見たら、狐っぽい黒い魔物が斬り伏せられていて、すぐに溶け出した。
少年たちは震え上がってる。
リドルカさんがふっ、と息をつく。
たぶん魔物寄せの術を解いたんだろう。うっかりしてたね。
これでもう魔物は寄ってこないだろう。
俺は改めて少年たちに向き直る。
「あの、もしよかったら勇者のいる所へ案内してくれない?」
「おっ、おう。いいぞっ、なんか知らねえけど助けてくれた礼だ! なあ、アロさんたちは果樹園の方に行ってるんだよな?」
リーダーっぽい子が他の子に問う。
「え? もう帰って休んでるんじゃないのか? 一晩中戦ってたって話だし」
「どっちに行こう」
この子たちにとって、勇者といえば地元出身の人たち、となるみたいだ。当然かもだけど、俺が会いたいのはテレシーだ。
「できれば町に残っている方の勇者さんに会いに行きたいんだけど」
「じゃあ庁舎か!」
「よしっ、案内してやる」
少年たちは特に不審に思うこともなく町に向かって歩き出す。
よかった。
どうやら彼らはこの町の守備隊見習いらしい。
勇者に憧れて魔物掃討に出て来たものの、本物の魔物と対峙したのは初めてで結構腰が引けていたみたいだ。もちろん少年たちが口に出してそれを言うわけないけどね。
「それにしても、魔落ちを治す魔法陣なんてものがあるのか。すごいな」
と、口から思ったことが溢れた。
それがあれば鉱山の人たちももっと助けられたんだろうか。
「……似たものは、ある」
小さな声でボソリというリドルカさん。
そういえばカトリーネさんが鉱山の人たちの治療に行ったという話を聞いたっけ。帝国には帝国の技術があるんだ。すごいな。
俺が笑って返すと、リドルカさんも口の端だけで笑った。
そこからの道中には魔物は出なかった。寄せてないしね。
だからだろう、少年たちは口々に勇者の活躍を教えてくれた。ほとんど自分の町出身の勇者の話だったけど。
隠密兵さんから聞いた話とは随分違った印象だった。
辺境から選出された勇者は粗野で乱暴者と聞いていたけど、仲間同士で連携する戦闘が得意で着実に魔物を屠っていたそうだ。
スルディアの勇者も、気弱そうで武器や装備だけが立派なボンボンだろうと言われていたけど、町の人たちとすぐに打ち解けて戦闘から裏方から色んな方面に活躍していたそうだ。
ラスタル神王国から来た勇者は、その出自のわりに扱いが悪かったので能力的にかなり劣ると見られていたけど、魔傷治癒の魔法陣を維持する役目を一晩中やり通したそうだ。それだけ術の能力があるってことかな。
テレシーの魔法陣はさっきも聞いたけど、やはりすごいらしいし。
その人たちで魔王を倒すつもりだったのか。
リドルカさんの正体は絶対バレちゃいけないな。
町に入って、庁舎のある場所を教えてもらった所で少年たちとは別れた。そして、リドルカさんにはフードをかぶってもらう。
町を歩けば正面に、他に比べて大きな建物が見えてきた。あれが庁舎だ。
さて、まっすぐ行って「テレシーに会わせてください」と言って会わせてもらえるだろうか。何者かは尋ねられるだろうし、どう答えようかと考えていたら、リドルカさんが俺の肩を掴んで引き寄せ路地の方へ向かった。
「リドルカさん?」
小さく尋ねると、背後からドッドッドッドッと地響きが聞こえてきた。




