第七十六話
気がついたら部屋の中には窓から明るい日差しが入る時間になっていた。
「えっ!? 今何時!?」
飛び起きて辺りを見たら、隣に眠っていたはずのリドルカさんがいない。
「まだ、奴らに動きはない」
声の方を見ると、リドルカさんは窓辺に立っていた。よかった。
そうか、ここの宿は領主の館と神殿がまるっと見える場所にあるんだ。
ホッとしてベットから出る。
「もう良いのか?」
そう言いながら伸ばされた手が、俺の額を覆う。リドルカさんもホッとしたのが分かった。
「熱は下がりました。よく寝たので体調は万全ですよ」
握り拳を振って大丈夫をアピールしたけど、困った顔で頭を撫でられた。妻じゃなくて子供扱い!?
「それなら、どうするか……」
リドルカさんがまた窓の外を見る。
すぐにテレシーを迎えに行きたい気持ちもあるけど、少し落ち着いたら昨日の領主や神殿の様子を探っておいた方がいい気もして来た。
テレシーが勇者をやめてベルートラスへ戻った所で、すっかり目をつけられちゃってるみたいだからね。領主はともかく、神殿は国を跨いでベルートラスにもある。あの時の神属騎士は神殿と繋がっていたみたいだし、あそこの神殿もろくでもないなら帰ったところで安全とは言えないな。
「ホーケンの町とやらがもう安全なら、ここで神殿の思惑とか知っておきたいです。ついでに神王国の動きも読めれば帝国のためにもなりませんか?」
そう提案したら、リドルカさんは少し苦笑いをした。
「タケユキの能力は有用だ。だが、無理をしすぎるな」
無理はしませんよ、と言いたいけど。言っても否定されそうだ。熱出してまた寝込んじゃったわけだしね。
でも俺が探る方が手っ取り早いから……と思っていたら、リドルカさんが窓を開けて空を見た。
空には一羽、鳥が飛んでいる。
「ちょうどいい、あれを呼ぶか」
あれ? 鳥? ああ、もしかして伝書鳥!?
「どうやって呼ぶんですか?」
「伝書鳥は魔力に反応する。小粒の魔石を飲み込み、魔術を使う変わった鳥だ」
「それって、魔落ちはしないんですか?」
「耐性があるらしい。そもそも飲み込む魔石は、砂粒程度のものだ」
なるほど。それなら魔術士が魔石を使うのと同じ感覚なのかな。
帝国は鳥まで魔属性なんだ。魔石の多く取れる土地ならではの進化をしたのか。すごいな。
リドルカさんが鳥を見て、何かを念じるような仕草をした。すると、鳥はスイっと輪を描くように飛んでこっちへやって来た。リドルカさんが指を差し出すとそこに止まる。背中に小さなリュックを背負ったちょっと大きめのツバメみたいな鳥だ。かわいい。
鳥を指に止めたままリドルカさんが窓の外を見ると、通りの向こうから男が一人、駆けてくるのが見えた。何かを探してキョロキョロしている。
「行くか」
「あの人は誰ですか?」
「アスノン配下の隠密兵だ。あれに聞けば事情がわかるかもしれん」
おおっ、他国に潜入している隠密兵!
忍んでいるはずの隠密を速攻で見つけちゃったよ。すごいよリドルカさん。
リドルカさんは簡単に身繕いして、小鳥を肩に乗せて宿を出る。俺もささっとマントを羽織ってついていく。
通りに出て歩き始めると、一度身を潜めて辺りを伺っていたらしい男がギョッとしている声が聞こえた。
『げっ、本当にリドルカ殿下だ! 本国からの伝達は本当だったんだ』
心の声を読んでみたら本物だった。あと、『近付いて大丈夫かな』とか『魔落ちしねえか?』とかハラハラしている。
俺はリドルカさんの腕をひいて、路地に隠れている男の方をそっと指差した。リドルカさんもわかったようで二人で歩いてそっちに向かう。
向かってくる俺たちに気がついた男は、路地で小さく礼をした後、身を翻して歩き出した。隠れ家に向かうようだ。
歩くこと数分。
辺りは表通りと比べてゴミゴミした薄暗い、臭い場所に出た。すれ違う人たちは誰も陰鬱な顔をしていて、目つきが悪い。
「いい服着てるな、攫うか」
「剣持ちはヤバい」
「小さい方は? 神殿に売れるぜ」
こそこそ聞こえた声がすごいこと言ってるね。
まあ、リドルカさんのひと睨みでみんな散ってしまうからいいけど。
正面を歩く男が、路地裏の扉を開けてこちらを一度見た後入っていく。俺たちも辺りを気にしながらそれに続いた。そして、扉を閉めて数段ある階段を降りたら、部屋で留守番していたらしい伝書鳥がパタパタ飛んできて男の両肩に止まった。そのまま男はひざまずいて頭を下げる。
「お初にお目にかかります、リドルカ殿下。タケユキ殿。私はアスノン隠密兵団総長配下、フレンディス国調査班のひとりトムと申します。勇者の調査をしておりましたところ、勇者を追って殿下方がこちらに参られると報を受けお待ちしておりました」
俺の名前まで知ってたよ。
一応、俺はこの部屋の空間を閉じて音が漏れないようにしておいた。
さあどうぞ。
「アスノンから、何か言って来たか」
「はっ、我々が調べた情報と本国で調べられた情報を殿下に知らせ、今後の行動を選ばれたのちは伝書鳥で知らせることとなっております」
ちなみに、さっき飛ばした伝書鳥は、昨日ホーケンの町に行った勇者たちについての情報を送ろうとしたものらしい。
飛び立った途端、帝国とは違う方向に飛んでいったので相当焦ったそうだ。ごめんなさいね。
まずはその内容から教えてもらった。
「昨日早朝、フレンディス代表勇者の出身地であるホーケンの町から、救助要請の村人がやってきました」
それは勇者の仲間の弟で、山を越えて大量の魔物が押し寄せてきたので助けが欲しいというものだった。
「昨日のアレか。元凶の化物は、通りすがりに退治した。魔落ちしたローレンド領で自然発生した化物が、魔物を大量に作りながら、山脈を越えようとしていた」
「なっ、なんと!?」
その化物と魔物の大半は俺たちが倒したし、町も勇者らしい者たちと町の人たちで守り切っているようだった。思えば先頭で戦っていた四人組は勇者だったのかもしれない。
「現在のホーケンの様子はまだ調べておりません。フレンディス国調査班はほとんどが国境の町や王都方面にいて、勇者の情報を得るために裂けた人員は私くらいで……」
「よい、人手不足はわかっている」
帝国の皇都ですらそうだったしね。
隠密兵さんは、このウェルペンの街で調べたことを話してくれた。
まずは勇者たちの名前と特徴、得意な能力等。
そして、その勇者たちはラスタル神王国の命令でこの国に集められたそうだ。
ラスタル神王国は、神王四国の中で最も小さい国でいつも隣の両国に圧力をかけられて疲弊している国だという。
西隣が海に面したナルディエ神王国、東隣にバロウ神王国。さらにその東には東の海に面したウェルペティ神王国があるそうだ。
「ラスタルが勇者を集めた理由は?」
「そこまでは未だ掴めず、申し訳ございません。ですが、ラスタルは独断で事を起こすことはまずありませんので、両隣のどちらかの要請で動いていると思われます。実は、皇都に入り込んでいたスパイや内通者を取り調べた結果、ローレンド領は海を使ってナルディエ神王国と密貿易をしていたことが判明しました。良質の魔石と引き換えにローレンド領主がオンタルダ皇帝となるための支援を受けていたようなのです」
敵国の支援を受けて自国の皇帝になろうとしてたの? そんなことして後で帝国ごと乗っ取られたりしない? ローレンド領主はそこまで考えてなかったのか、ナルディエ神王国が狡猾なのか。
それにしてもナルディエ神王国って、自分の所に降臨した神が魔王を倒しに行ったら捕まっちゃったって宣伝した国だよね。つまるところそれは俺のことらしいけど。
なんだか無茶苦茶な国だなぁ。
「神王国が、魔石を欲していたのか」
「その理由もまだ、解りかねます」
良質な魔石を欲しているなら、皇帝直轄の良質の鉱山や黒の離宮、魔王石を持っていると思われているリドルカさんが狙われたのもうなずける。
けど、魔力排斥を歌いながら魔石を欲しがるって、どんな理由があるんだろうね。
テレシーを助けた後。殴り込みに行くなら、まずはナルディエ神王国からかな?
と考えていたらリドルカさんはぽすっと俺の頭に手を置いた。
「正確な情報もないままに、動くわけにはいかん。神王国はひとつを潰しても、残る三つが結託して攻めてくる。むしろ、帝国を攻める口実にされる」
「……そうですね」
襲って来ない魔王を口実に勇者を送り込むより、仲間の国を襲った魔王討伐の方が近隣国も煽りやすいしね。本気で世界が帝国の敵になるな。
リドルカさんがいくら強くても、俺が多少の手助けをしても、世界が相手じゃ荷が重いよ。今の帝国は疲弊してるし。
敵の頭がひとつでないのは、潰しにくくて面倒だ。
「まずは勇者と、接触を試みる。一人は回収予定だ」
「え……?」
隠密兵さんが口を開けて驚いている。
『魔王が自ら勇者を回収!?』
そうだね。襲われる前に襲いに行くって思われちゃうのも仕方ないね。正確には魔王様は勇者を助けに行くんだよ。俺と一緒に。
「それは魔法陣の使い手たる勇者でしょうか!? 神王国に先んじて魔法陣技術を手に入れるおつもりで!?」
『勇者同士の決闘を盗み見たが、あれは素晴らしいものだった!』
決闘!?
何があったの、テレシー。
隠密兵さんの心を読めば、テレシーが勝ったらしいけど。何がなんだかわからないよ。
そういえば、フレンディス国も神殿も確かバロウ神王国も魔法陣に目をつけてたんだっけ。帝国も、欲しいのかな? 魔法陣。
チラッとリドルカさんを見れば、リドルカさんは首を振って隠密兵さんに答えた。
「それは、わからん」
リドルカさんが俺を見る。
テレシー次第だもんね。いや、その中にいるっていう魔法陣の賢者次第か。それでも戦いになった時にテレシーを矢面に立たせるなんて絶対しないけどね。帝国のためだとしても。
「勇者は、本当なら明日、帝国に向けて出立する予定でした。式典の準備もされていましたが、勇者たちがホーケンへ向かってしまったのでどうなるかはわかりません。おそらくは西の港のある町から海を渡り、内通していたローレンドへ向かう予定だったのではと思われますが……」
「ローレンドは港も含めてすでにない。足を踏み入れるだけで魔に落ちるだろう」
真っ黒だったもんね……
「ここの領主たちはそのことを知っているんでしょうか?」
尋ねたら隠密兵さんは答えてくれた。
「神殿経由で王都や各地の神殿とやりとりをしているようなので、少なくとも神殿側は知っているはずです」
神殿経由?
神殿にも通信の術みたいなのあるのかな?
「じゃあ領主も知ってそうですね。ここの領主も神殿の偉そうな人も勇者をフレンディスの王都に連れて行く画策をしてたみたいですよ」
「へ……?」
『いつそんなこと調べたんだ? 昨日の今日で、俺もまだそこまで調べがついてないのに』
ギョッとした隠密兵さん。
心読んじゃったからね。口に出してない考えまでわかっちゃうし、俺。
「俺は盗み聞きも覗き見も得意なんです」
そう言ったら、隠密兵さんは苦い顔になった。あれ? 隠密兵ってそうゆう仕事だよね? さっきも決闘覗いてたって聞こえたし。俺も得意ですって言ったから素人のくせにって反感買ったのかな。
なぜかまた、リドルカさんに頭をポンポンされた。
「勇者たちの動向は、俺たちが追う。お前はここまで、わかっていることだけでも、早急に本国に知らせよ』
「承知しました。もしよろしければその鳥をお連れください。殿下は伝書鳥の扱いをご存じのようですし」
「……そうするか」
そう言うと、リドルカさんは自分の肩に止まったままの鳥を指に乗せ、鳥が背負っていたリュックから何かを取り出すと隠密兵に渡し、隠密兵はそれを別の鳥のリュックに入れ別の小さな魔石をリドルカさんに渡した。
そして、リドルカさんは少し考えた後、俺の肩に鳥を乗せた。
「えっと、俺が連れてていいんですか?」
「俺は魔力が多すぎて溶けかねん」
あ、隠密兵さんブルッと震えたよ。
そこまで怯えなくても、平時のリドルカさんならそばにいてもそうそう溶けたりしないよ。たぶん、リドルカさんなりの冗談だったんじゃないかな。
この鳥は魔力耐性あるみたいだし。動物が逃げないのは危険を感じてないからだしね。
そうだ。俺は鳥を見て震える隠密兵さんに尋ねた。
「あの、この鳥に名前はありますか?」
「え? はい伝書鳥二十二号です」
伝書鳥二十二号……
「伝書鳥に、名前をつけるのか?」
「つけてもいいなら……」
リドルカさんが驚いてる。
どうかな? と思って隠密兵さんを見れば、ちょっと笑ってた。震えは止まったみたいだね。そんな隠密兵さんはコホンと一つ咳払いをして言ってくれた。
「仲間の中には自分の伝書鳥に愛称をつけて呼ぶものもいます。お好きに呼んでもらっても構いません」
「そっか、じゃあ──羽太郎」
毎年、うちの家の軒下に巣を作っていた燕につけていた名前だ。雄は羽太郎、雌は羽子とつけていた。こいつはどっちかわからないからとりあえず羽太郎。
そんな感じで、俺たちに共が一匹増えた。
とりあえず、テレシーがホーケンの町へ行った理由と、神殿と領主の企みはわかった。
一度領主の館と神殿に動きがないことを見てから俺たちはウェルペンの街を出てホーケンに向かう。
もちろん空を飛んでね。
今後の方針はテレシーを助け出してからになる。




