第七十四話
俺たちは西に向かって空を飛ぶ。
ベルートラス王国の隣に並ぶ二つの国、ルニエル国とメイリンク商国は目敏い商人の国ということで、空を飛んでいても油断がならないとリドルカさんが言う。……親善外交で行った国だよね。何かあったのかな?
なので、ベルートラスの王都から海の上をまっすぐ西へ、クオスト王国の上空まで一息にやって来た。
クオスト王国は細長く、東の海と西の海の両方を港に持つ大陸を横断した国らしい。けど、その国の大半が山で住める所は少ないそうだ。
その昔、神王国とフレンディス国との戦いに備えて、帝国の盾にするべく建国された国らしい。昔の帝国……
港の都市部を一気に抜けて、延々と連なる山脈の上を飛ぶ。
「すごい……」
並々と並ぶ尖った山が果てしなく続く様はまさに絶景。雪をたたえた山もある。万年雪というやつだろうか。
ずいぶん高いところを飛んでるはずなのに、高い山だとぶつかりそうだ。
こんなに高い山々は故郷では見なかったので、ちょっと感動する。
「寒く、ないか?」
「はい」
ぬくぬくマントはあったかい。
それでなくてもさっきの今なので、ほっぺがまだちょっと熱っぽいよ。
今日は体温が乱高下してるけど大丈夫だろうか。今夜はゆっくり眠れればいいけど、どうなるかはわからない。気を引き締めてないとリドルカさんに迷惑をかけることになるんだしね。
それにしても……白骨バカ王子か──
魂になんかして生まれ変わってテレシーになって勇者になった賢者って、想像つかないよ。
俺の中にはあの白骨姿しかない。
赤いローブを着て、魔法陣に倒れ伏した死体。
じーさん先生たちの好感度がびっくりするほど高かったから、悪い人じゃないのかもしれないけど…………
と、考え事をしていたら、リドルカさんの動きが急に止まった。
「ここから、北に向かえばウェルペンだが……この先におかしな魔力を感じる」
「おかしな魔力?」
「あの化物に近しい」
「ええっ!?」
「寄ってみても良いか?」
「もちろんです!」
あんな化物がこんな所にいたら大変だ。近くの街にテレシーがいるんだ、勇者として。駆り出されて戦わされる可能性が高い。
警戒しながら空を行けば、山脈の南側に……いた。黒い塊。
大きさはディレントル鉱山を襲ったものよりははるかに小さいけど、普通の人から見たらどでかい怪物には違いない。そして、あの時と同じように魔物化した動物が追われるように大挙して山を越えて北へ向かっている。
「あの先にローレンド領がある」
リドルカさんが指差した南の方を見れば、山並みの向こうに真っ黒な大地が広がっている。大地ごと魔に落ちた、まさに魔界と言ってもおかしくない光景を目にして身が竦む。
黒い魔物の塊は、そこから這い出てきた化物だ。
「あれを潰す」
「はい!」
「タケユキは……」
「行きますよ。また紫の石に攻撃されたらどうするんですか? 心配しなくても身を挺して盾になるなんてしませんよ。近くにいたらそんなことしなくてもリドルカさんを守れるんですから」
今日はまだまだ疲れてないし、身を呈すまでもなく防御壁を普通に張れる。
リドルカさんはちょっと困った顔をしたけど、なんとか折れてくれた。
戦闘はリドルカさんにお任せする。俺は自分で宙に浮かんで、邪魔にならない距離を飛んでついていく。
ただ、討伐はあっけないほど簡単に終わった。
リドルカさんが魔力で作った剣で数度斬りつけ、溢れた魔物を俺が浮かして落として潰した。以前のものに比べてかなり小さいこともあったが、何度か切り裂くだけで中が露出し、反撃もほとんどなかった。
真ん中には真っ黒なドロドロの固まりがあったけど、それはリドルカさんが魔力を込めた剣で切り裂けば簡単に砕けて地面に落ちて溶けた。
化物の中に紫の石はなかった。
「作り損なった化物とかでしょうか? こういうのが自然発生することってあるんですか?」
「ごく稀に、ないわけではない。魔王石が流出した土地に、出たという記録は見た」
「……魔王石、ですか」
山向こうの魔界と化した場所は、それそのものが魔王石並の魔力を帯びているんじゃないだろうか。だとしてら、自然発生の可能性もあるか。
リドルカさんが魔界の方向を見ている。
俺は飛びついて、クイッと顔を俺に向けさせた。
「リドルカさんは魔王じゃないですよ。俺の…………だ、旦那さん、です」
また体温が上がる。困る。
リドルカさんがぎゅうっと抱きしめてきたので、俺も抱き返した。
「山向こうに逃げた魔物も退治した方がいいですね」
「そうだな」
山向こうはフレンディス国。
勇者を募って帝国にけしかけようとする神属関係の強い国。放っておいたらまた全部魔王のせいにされかねないし、テレシーのいる街に入り込まれても困る。
俺たちは、目に着く魔物を屠りながら低空で飛び幾つかの山を越えた。
そうして少し日が傾きかけた頃、たどり着いた山の頂上から町が見えた。
遠見で確認。
町は山側にだけ半円の壁で囲われていて、その向こうには農地や果樹園が広がっていた。
山間の谷を抜けた魔物は、すでに町のそばまで来ていた。町を守る壁の前では武装した人たちが戦っているのが見える。
けれど、鉱山の町と違って逃げ惑う人はいないし、山から来る魔物に対応できる体制ができているのだと思う。壁の形しかり、兵の動きしかり。
魔物との戦闘で怪我をした人は速やかに町の大きな建物へ退避し、治療が終わったり休息してたらしい人が交代で出てくる。ちゃんと治療の手立てもあるようだ。何より、前線に活気がある。
町の前面で戦う人たちの中で、飛び抜けて強い四人組なんか笑ってるし。
「あれがウェルペンの街ですか?」
「違う。領都ならもっと大きいはずだ。地方の町までは覚えていない」
じゃあこの辺りの目に着く魔物を倒したらウェルペンに向かった方がいいのかな。掃討しないのは悪い気もするけど、あの町の様子を見ているとこれ以上は手を出す必要がない気がした。
下手にあそこに参加して、目をつけられるのも困るしね。
……あれ?
「あの、リドルカさんってこの国の人にバレたらものすごくまずいんじゃないんですか?」
当たり前のことなのに失念していた。
リドルカさんはこの国が敵対視してる帝国の皇帝の弟さんだ。顔や名前が知られていても不思議じゃない。
「名は多少知られているかもしれんが、顔を知る者は少ないだろう。いても国の上層の一部だ」
「そうですか……」
街に行ったら周りの様子をしっかり確認して対応しよう。
テレシーさえ見つけて連れ出せれば、後はなんとかなるだろう。
「ウェルペンへ行きましょう」
「ここからなら、すぐだ」
俺たちはその町を背にし、山脈沿いに少し戻ってからウェルペンへ向かった。日が暮れて、薄暗くなってきたので街に入るのは簡単だった。塀で囲われているけどテレポートで飛び越え、人気のないところへ着地。
けど、そこではたと困った。
「……テレシーはどこにいるんだろう」
先生たちにちゃんと聞いてくればよかった。
この街は広い。大きな建物も多い。勇者の居所を訪ねて回るのも怪しいし、心を探り歩くのも大変そうだ。
そんなことを考えながら大通りを歩いていると、領都の城門を馬に乗った騎士が駆けて来た。
「退け退け! 邪魔だ‼」
通りにいた人たちは大慌てで端に寄る。その空いた通りを馬に乗った騎士たちが何人も走り抜けていった。その先には神殿のような建物がある。
「また神殿騎士か」
「なんであんなのが神殿騎士なんだ? 昔はもっと……」
「しっ、奴らの耳に入ったらひどいよ」
あちこちから愚痴が聞こえたので、もう少し耳を澄ます。小さくなった愚痴を端々まで聞いてみよう。
「今の神殿長になってから最悪だよ」
「前のも大概だったけど、神殿騎士が無茶することはなかったよな」
「どっちも同じさ。神王国にへつらって民を蔑ろにする奴しか出世できないんだからな。チクショウっ」
神属関係者ばかりの国のはずなのに嫌われてるよ、神殿。
神殿騎士って神属騎士みたいなものかな。国によって呼び方が違うの? どうでもいいけど。
ろくな話がないな、と思って聞くのをやめようとしたらそれが聞こえた。
「今朝もすごい勢いで馬車が駆けてったろ。迷惑なこった」
「あれは領主様んとこに来てた勇者だろ?」
「おんなじさ、どうせ連れ立って遊びにでも行ったんだろ。女連れでいい気なもんさ」
んんんっ!?
勇者が女の子連れで遊びに行った?
それは女の子の勇者を連れて他の勇者が何処かへ行ったってこと?
それって、テレシーが勇者に誑かされて遊びに連れてかれたってこと!?
連絡が取れない理由ってまさかそんな──……
今聞いたとんでもない話にちょっとだけ目眩がした。
詳しく話を聞き出したいけど、今の人に聞いても無駄だ。悪い見方しかしてない奴に、詳しい話なんか聞いても意味がない。
領主の所に来てたってことは、領主の館に行けば詳しいことがわかるかも。誰かに領主の館を聞いて行ってみよう、と首を巡らせていたら、おでこにピタリと手を当てられた。
見上げたら怪訝そうな顔をしたリドルカさん。
「えっと、熱はないですよ?」
「今はまだ、な。そろそろ休息が必要ではないか?」
確かに、少し疲れは出てきているかも。
でもテレシーの情報を掴んだし、しかも聞き捨てならない話で。
「テレシーが悪い勇者に拐かされたかもしれないんです、助けに行かなきゃいけないんです」
「確かか?」
「街の人の声を拾いました。朝早く馬車でどこかへ出て行ったって……」
「朝早くに馬車……か。行き先は?」
俺は首を振る。
「街の人は知らないようです。もともとは領主の館に集められていたらしいので、そこに行けば詳しく探れると思います」
「お前の力は、体力を奪うのだろう?」
「まだまだ大丈夫ですよ。テレシーのことを考えると休んでいられません──あっ! リドルカさんは全く休息しないままでした!」
思えばリドルカさんは夜も眠らず飛んでくれたんだ。その上、小さいとはいえ化物と戦ったり、魔物退治したり、大変な一日だったんだ。
「俺は疲労しておらん」
「でもっ」
「テレシーの無事を確認するまで、タケユキは落ち着かんのだろう?」
「それは……」
「俺のことは構うな。タケユキよりは遥かに丈夫だ」
そう言ってニッと笑うリドルカさん。
……そりゃ、リドルカさんは逞しいですよ。気遣ってくれるのも嬉しいし。でもちょっとムッとする。
頬を膨らませてたら、フニっと摘まれた。
「無理をするなと言っても聞かんなら、急いでテレシーを見つけて保護するしかない」
「ううっ……はい」
「領主の館なら大きな建物だろう。あの神殿の隣あたりか」
「行ってみましょう」
今はリドルカさんの言葉に甘えよう。
テレシーを見つけて、話をして。休息はそれからだ。




