第六十九話
私たちが魔物退治のためホーケンの町までやって来た翌日。
お昼前まで魔物の掃討をしていたアロさんたちが、さすがに限界を超えてそれぞれの実家で倒れるように眠ってしまったそうです。
ラッシュさんの神術がよく持ったものだとシュザージが気にしていたのであとで尋ねてみたら、シュザージが魔傷治癒の魔法陣を描いてから神術は出来る限り控えて杖で魔物を殴り飛ばしていたそうです。ラッシュさんもやはりアロさんのお仲間ですね。
スタングさんも同じ頃にぶっ倒れたそうです。
そちらも神術の影響ではなく、一晩中立ちっぱなしだったことで足が痛くなったからとか。魔法陣を通した神術だったとしても、それだけやって足が疲れただけなら大したものだとシュザージが言っていました。
クレオさんは皆さんが休まれたので、同じ時間帯に普通にお休みされました。体力配分がうまく、戦いの合間にもちょくちょく休憩を取っていたそうです。
ちなみに、私は夜の間に休ませてもらいました。
魔法陣に何かあるとすぐに呼んでもらえるよう庁舎の仮眠室で、他の女性職員さんもいらっしゃる部屋で。
「みなさん、すごいですね」
──だが、ちょうど良い。今のうちに老学者と連絡をとっておこう。
今ですか!?
──この様子では夜に皆、起き出してくるだろう。そうなればまた余裕がなくなるかもしれん。あまり時間は取れんがな。
そうですね……
フレンディス国へ来てもう三日が経ちます。
本当なら到着したその日に連絡を取るはずだったのに、色々あってすっかり遅れてしまいました。先生もミリネラ様もトルグ様も、心配されているでしょう。
私はシュザージに同意して、庁舎の中で空いている部屋を探します。
不慣れな町の中を人気がない場所を探してうろうろしたら不審ですからね。
庁舎に避難していた人たちは、元気な人は自宅に戻り、魔傷が抜けてもケガが酷い人は町の病院へ移されました。庁舎の中は随分静かになっています。
私は残っている役人さんたちが片付けをしていらっしゃったので、お手伝いを申し出つつ人気のない場所を探しました。
「ここならどうでしょう?」
三階の片隅に書類などが置かれた物置がありました。ここなら人が来ないのではないでしょうか。
中の様子を見てサッと部屋に入ると扉を閉めます。すぐに私の両手を動かしシュザージが遮音の魔法陣を描き扉に貼り付けます。そして、次の魔法陣を空間に描き始めました。
『神属性魔法陣、空間振動。魔属性魔法陣、空中魔力……』
通信の魔法陣は、なかなか難しい魔法陣のようです。
オーリー先生の研究室に置いてきた物は銀盤に魔法陣を描いた物ですが、こちらから呼び掛けなければ発動しないそうです。もちろん発動時に誰かがそばにいなければお話はできないのですが。先生は研究室にいらっしゃるでしょうか?
『よし。この魔法陣に話しかけろ』
うなずいて、目の前に現れた魔法陣に向かって声をかけます。
「オーリー先生、いらっしゃいますか? テレシーです」
『おおっ、テレシーじゃっ!』
『テレシー!? 無事なのねっ』
『よかった、ちゃんと着いていたんだな』
呼び掛けた途端、皆様の声が魔法陣から響いてきました。
「ご心配をおかけしました。色々あってすぐにご連絡できず……」
『それはいいんじゃ! それより大変なことがあったんじゃよっ』
『テレシー、タケユキが帰ってきたのよ!』
「『は?」』
私とシュザージの声が被りました。
『昨日の朝早くのことじゃ、テレシーが勇者になったと言う話を聞いて飛んで帰って来たんじゃよ』
え? え? ちょっと、理解が追いつきません。でも──
「タケユキさんは無事なんですか!? 怪我は!? 今、そこにいらっしゃるのですか!?」
問えばなぜか沈黙が。しかも、ミリネラ様が鼻をすする音まで聞こえます。背中がヒヤリとして息を飲んでいたら、トルグ様の声が聞こえました。
『タケユキは無事だ。ただ、ちょっと……な』
『トルグ、事情はタケユキが直接話すじゃろうて。テレシー、タケユキはお前さんがフレンディスに行って連絡がないと伝えたら、迎えに行くと言ってすぐに飛んで行ってしまったんじゃよ。しばらく動かず、そこで待っていてくれんか? ウェルぺンの街にいるんじゃな?』
ホーケンの町に来てます!
いえ、急いでこちらへ向かってくださっているとしても馬車や馬でも何日かかかるんですから、ウェルペンで待てばいいのですね! 戻りましょうっ
「わっ、わっ、わかりました! タケユキさんを待ちます!」
そう返事をした時、廊下を歩く人の足音が聞こえました。
『すまぬ、今は余裕がないので通信を切る。また後日』
そう言って、シュザージは魔法陣を消しました。
私はひとつ息をつくと、ヘタリと座り込んでしまいました。ポロポロと涙がこぼれます。シュザージからも似た感情が伝わります。
よかった……
タケユキさんが無事で、本当に本当によかった。
「ふえぇ……」
『泣いている場合ではないぞ、テレシー。ウェルペンに戻らねばな』
「ふぁい」
『しかし……よかった』
「ふあいっ」
私は涙を拭き、立ち上がります。
タケユキさんに会えるんです。確実に。
帝国に行くまでどれだけかかるかわからない、行ったとしてもすぐに見つけられるかわからない、時間をかけすぎていてはタケユキさんの安否はますますわからなくなってしまう。
そんな、考えてもどうしようもない不安でずっとずっと息苦しかった心がスッと楽になりました。
ああ、気を抜いたらまた涙が。
『なんだか外が騒がしいな。今度は何があったのだ?』
「何があったってもう大丈夫ですっ。タケユキさんの無事がはっきりしたんですから!」
『そうもいかんだろう。タケユキが来ると言うのに面倒ごとになっては我々が巻き込んでしまうことになるぞ。さっさと片付けてウェルペンに戻ろう』
「そうですね!」
なんだかシュザージも浮かれているようです。
やっと会えるんですものね。シュザージにしてみれば百年越しに念願がかなうんですから。
「そうだ、タケユキさんの居場所、今ならわかりますか?」
それがわかればこっちからも向かえばもっと早く会えるんじゃないでしょうか? そう思って聞いてみたらシュザージはしばらく沈黙しました。
『……わからん。また何かに隠されているような感じがする。ただ、生きていることだけは間違いない』
「そう、ですか」
でも、元気で生きていて、しかも私のこと心配して迎えに来てくれるんですから! 数日待つくらいなんでもないですっ
『泣き顔でニヤけるでない。部屋を出るぞ』
「はっ、はい!」
もう一度顔を引き締め、遮音の魔法陣を消して、私は部屋を出ました。
通路に出てすぐに私に気がついた職員さんが駆け寄ってきます。受付のお姉さんですね。
「テレシーさん、どこにいたんですか!? 探しましたよっ」
「すみません、ちょっと迷ってしまって。あの、何かあったんですか?」
「それが大変なのよ。ウェルペンから援軍が来たの」
「は? 今頃ですか」
受付のお姉さんも呆れています。
「何もかも終わってから来ておいて、偉そうに勇者を集めてこいってうるさいったら。町長室に代表のお偉いさんがいるからそっちに行ってくれる?」
「はい」
受付のお姉さんも大変そうですね、と思って返事をして町長室に向かいます。階段を下りたところで、まだ眠そうなアロさんたちがやってくるのが見えました。
「ふあぁ、あ! テレシー」
「おはよー」
「もうすぐ夕方だよ、エハン」
「ちぇーっ、やっと眠れたとこだったのになんなんだよもーっ」
四人とも元気そうで何よりです。
合流して町長室の前まできたら騎士が数人立っていました。
「勇者アロとその仲間、それと勇者テレシーだな。入れ」
なんでしょう、偉そうです。
領主のお城で見たことある方々ではないですね。たぶん。
扉が開かれたので中に入れば、すでにクレオさんとスタングさんがいました。
そして、応接用のテーブルの上座にデデンと座る偉そうなおじさん。スタングさんより派手でやたら刺繍や宝石で飾り立てた神官服を着ています。ベルートラスで見た金ピカ神術士を思い出しますね。銀製品が多いので銀ピカ神官です。
その後ろに立っているの方はなんとなく見覚えがあります。確かウェルペンの領主さんの近くにいた人ですね。領主の側近の一人でしょうか。
更に両脇に騎士が二人。物々しいですね。
側面の席に座っている町長さんがイライラしているのがわかります。
私たちが部屋に入ると扉が閉じられました。背後には一緒に入って来た騎士が二人、扉の前に立ちました。なんでしょうね、嫌な感じです。
──結界の魔法陣でも描いておくか。
頭の中でシュザージがそう言い、下を向けた指を動かそうとした途端、背後から腕を掴まれねじ上げられました。
「いたっ!」
「ふんっ、腕を封じれば魔法陣は描けんのだろ? こうすれば貴様などただの小娘──ひっ」
背後の騎士の笑い声が突然引きつったので、横目で見れば剣を抜いたクレオさんがいました。剣先が騎士の首に少し当たって血が出ています。
「手を離しなさい。その方をどなたと心得る?」
「我が師に触れるな愚か者! 神殿騎士でも容赦せんぞ‼」
反対側にはスタングさんが杖を突きつけています。ちょっと聞き捨てていいのか微妙なことを言われた気がしますがまあいいです。
アロさんたちもハッとして身構えます。私も頑張って騎士を睨みつけました。
「離してください」
騎士は「くっ……」と唸りながら銀ピカ神官を見ます。銀ピカ神官はフンっと鼻を鳴らして手を振りました。
「良かろう。だが、次に怪しい動きをしたらその腕を切り落としてしまえ」
「貴様!」
「この世の至宝になんてことを言うんでしょうね」
スタングさんもクレオさんもどうしたんでしょうね……
騎士が手を離してくれたので、スタングさんは杖を引きクレオさんは剣を鞘に戻しました。
「勇者様方に手出しはしないでいただきたい。この方々がいなければ今頃ホーケンの町はまるごと魔に落ちていたかもしれないのですよ」
「はんっ、大袈裟なことを」
町長のトゲトゲした言葉も通じないのか、銀ピカ神官はかったるそうに背後の領主の側近さんをジロリと見ました。側近さんは慌ててこちらに向き直ります。
「こ、こちらはウェルペン神殿の神殿長補佐官、アンゾル様。そしてこちらは神殿騎士団長。ホーケンの危機を知り、神殿騎士及びウェルペン領騎士を率いて救援に来てくださいました」
「今更来といて、何言ってんだ」
吐き捨てるようなアロさんの言動に、騎士団長は眉をぴくりし動かします。
「町の者と少数の勇者様だけで対処できたなら大したことなかったのでしょうな。魔物の大群などと大嘘を吐いた者には相応の罰が必要か」
「なっ、なんだと!?」
エハンさんも怒りで声を上げます。それを制したのは片手を上げた町長さんでした。
「魔物の規模や被害に関しては今、職員がまとめております。明日にでも領主様に報告できるでしょう」
町長さんも怒ってますが、銀ピカ神官はどこ吹く風です。
「終わったことはもう良い。それより、早く国王からの命令を告げよ」
「は、はい」
領主の側近さんが恐縮しています。
なんでしょうね、フレンディス国王の命令って。
めんどくさいです。




