第六十四話
馬車でウェルベンの街から駆け出して、私たちは街道を爆走中です。
そして、揺れまくる馬車の上で魔法陣を描きまくるシュザージ。というか、私の手。固定魔法陣を描くとかで、もらって来た紙に基本的な魔法陣をペンで描いて、魔石や神石の力を引き出して描くいつもの魔法陣を重ねるのです。
それを使った方が虚空に描く魔法陣より長く持つらしいです。
二度目に滅びの都に向かった時に、声を発する魔法陣を紙切れに描いて使っていたアレと同じですね。
本当は銀盤の方が効果が出るし、ペンもオーリー先生の家に守りの魔法陣を描いたあの特殊なペンの方が良いのですが、それらは宿舎に置いてきてしまったリュックの中です。もともと数がないので、タケユキさん救出に関わるいざという時まで使わない予定でしたので今はあっても使いません。
──魔王戦ではなく、ただの魔物なら必要あるまい。
心の中でそう言って、シュザージはただの紙にただのインクで魔法陣を書き上げました。
『魔属性魔法陣、影響阻害。神属性魔法陣、魔力干渉阻害』
魔力に当てられて魔落ちしないための魔法陣ですね。それを五枚。
『魔属性魔法陣、過剰神力流出抑制。魔属性魔法陣、術制御補助』
これは、中庭の対決の時に神術士のラッシュさんにかけたものですね。それは二枚。
神術を連続で使う時に自動で魔属性の補助が入るので神石の力の悪影響を抑えられるそうです。
シュザージの作業を、みなさん目を見開いて凝視しています。エランさんも御者を弟さんに任せて振り返っています。安全運転でお願いします。
『これを服の中にでも入れておけ。神術士はこっちと二枚だ。神術抑制魔法陣は低位の魔石と一緒に持っている方が良いのだが、まあ使えんことはない』
私が持っている予備は中位以上の石ばかりなので向かないそうです。貸してあげることはできません。
私は描き上がった魔法陣の紙を皆さんに渡そうとしましたが、みなさん揃って手を伸ばしあぐねています。そういえば、魔術にひどい忌避感を持っているんでしたっけ。
『帝国に行き着きもしていないうちに、其方らに死なれては困るのだ。クレオが持っていたお守りと同じものだと思って持っておれば良い』
「魔属性の物など神官が持てるか!」
スタングさんが叫びます。うるさいです。
「大体なぜ私まで一地方の魔物狩りに駆り出されるのだ!? 訳もわからず馬車に乗せよって!」
「訳は話したろっ、まだ頭寝てんのか!?」
話してましたね。
シュザージと私が揺れる馬車で四苦八苦しながら魔法陣を描いている時に。
「君たちの町のことなら君たちだけで対処すればいい! なぜ私までっ」
「自国の町が大変な時に自国が何もしないんだもの。自主的に自国のために用意した勇者を使ってやろうとして何が悪いの」
「そうだよ。それにテレシーさんもクレオも協力してくれているのに、スタングだけ仲間外れにするわけにいかないじゃないか」
アロさんもエレーナさんもラッシュさんも、悪びれずにいろいろ言いますね。
『いまさらゴネてどうする。お前らもだ。使えるものを利用すると言うなら魔法陣も利用しろ』
シュザージが念押しして紙を差し出します。
『これを持っていれば、神術が扱いやすくなるだけでなく、神石の使いすぎで突然死ぬことも避けられる』
シュザージの言葉で神術士二人がビクリと震えました。
「神術で死ぬってなんだよ。神力は魔力と違って魔落ちしたりしないんだろ!?」
『……そんなことも知らないのか。いや、神術士は知っておるな』
そのようです。
ラッシュさんもスタングさんも顔が少し青くなってます。
私はミリネラ様と一緒にいたので多少は知っています。
確か、魔力は使いすぎると魔に落ちて徐々に体が溶け出して大地に消えます。神力は資質の上限まで触りなく使えるけれど、上限を越えた途端光の塵になって消えてしまうんでしたね。
『魔術なら体に触りがある分、自身で用心して加減することもできるが神術はそうはいかん』
「自分の資質の上限くらい知っています! 私はちゃんと自分で加減して神術を使っているっ」
『其方は加減しすぎだ馬鹿者。神王石ですら扱えるだろう高い術資質を持っておるのに、中位術士程度の扱い方しかできておらんではないか』
「……え?」
スタングさんが目を見開いて絶句してます。息が止まってませんか?
『そっちの神術士は逆に、中位術士並の資質しかないのに上位術士並に神力を使いこなしているな。その分、危うい。常に資質ギリギリまで神力に当てられているようだ。よく今まで生きていられたな』
ラッシュさんはラッシュさんで、褒められて嬉しいのによく生きてたなんて言われて動揺が隠せず、変な震え方をしていらっしゃいます。プルルプルルと。
「ちょっとラッシュ! なんでそのこと言わなかったのよ‼」
「命に関わるだなんて、お前そんな危険なことしてたのか!?」
「い、いや、そこまでなんて、思ってなかったよ。神術士として、みんなを支えなきゃって、頑張ってただけで」
声まで震えているラッシュさん。
アロさんたちも本当に何も知らなかったのですね。神術頼みの国のはずなのに神術についてよく知らないなんて、へんなの。
『それだけ術の扱いに長けているなら魔法陣向きなのだがな。神術に偏りすぎていて今さら魔術の扱いは難しいかも知れんが、魔術士の相棒でも見つけて共に術を成せればかなりの使い手となれよう』
「ああ、ミリネラ様とトルグ様みたいにですね」
「誰だよそいつら」
「魔術士と神術士のご夫婦です。私のしゅ……姉弟子と兄弟子ですね」
ミリネラ様を姉弟子と呼ぶのは嬉しいやら、ちょっと恥ずかしいやら。お姉様と呼んでいいなら姉弟子もいいですよね。あ、それだとタケユキさんとお揃いになりますか!? あわわわっ
頭がよそに行ってしまった私を感じ取って、シュザージがため息をつきました。いいじゃないですか少しくらいっ。
私が一人もだもだしていると、ラッシュさんは意を決したようにひとつうなずいて私を見ました。
「あっ、あの、テレシーさん! 僕に魔法陣を教えてください‼」
「魔法陣に詳しいのはシュザージです」
「えっ!? そ、そうですか、じゃあシュザージさんっ!」
『様を付けよ』
「シュザージ様!」
シュザージってば……
「おい、ラッシュ! 本気か!?」
「あたしは賛成よ。それでラッシュの負担が減るなら大歓迎。アロだって意地はって反対したせいでラッシュが死んじゃったら嫌でしょ」
「そりゃ嫌だ‼」
御者台のエハンさんもうなづいています。
良いお仲間さん達ですね。
『教えてやるのは構わんが今はいかん。あと数時間で戦闘があるかも知れんのに、覚えたての術など使えるわけもない。それより、自分の上限が自覚できたなら使える術の種類や使い時や順番など、仲間内で相談する方がよかろう。其方の術は仲間と共にあるものなのだろう?』
シュザージの言葉に、ラッシュさんの顔に誇らしそうな笑みが浮かびます。アロさんもエリーナさんもエハンさんもです。
アロさんたちは、魔法陣の紙を受け取って服の中にしまわれました。
「まずは皆さん、お食事をしましょう。そろそろお昼でしょうし、朝も食べてないですからね」
「そういえば、そうね」
「言われたら腹が減ってきたな」
「いただきますっ」
「こっちにもくれよ、弟の分も」
私はパンとお水を皆さんに配ります。もちろんスタングさんにもです。
スタングさんは大人しくなりましたが、まだ何やら考え込んでいます。大丈夫でしょうか? パンと一緒に魔法陣の紙を渡したら、今度は受け取ってくれました。
じっと魔法陣を見つめながら、パンを齧るスタングさん。
それからも馬車は走り続け、途中の町で用意されていた馬に替えてもらいさらに爆走。
間も無く、クオスト山脈の峰が見えてきました。




